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 父は誰だと、女に問うた事があつた。女は苦い顔をすると、知らぬと言つた。
「唯抱かれた男達が誰れも何も言わなかつたから生んだ、だからお前の父親は知らぬ」
 女は娼婦ではなかつたが貞操というものに無関心であつた。子を成すことを何も知らないというふうであつたのだ。孕んだのは私一人では無かつたであろうが、何はともあれ、私はたつた其れだけの為に生まれたらしいと知つた。それからの人生は他人からすれば目も当てられぬやうなものであつたと思う。行きずりの男に身体を売り、心にも無い愛を囁き、挙句その男の喉元を掻き切つて殺したのだつた。私もあの女のやうに何も知らぬ内に子を生み落とし、又あの女のやうに父は知らぬと言うのであろう。だからこの殺しは復讐である。名も知らぬ父親達に対する、ささやかだが重大な復讐であつたのだ。
 だがしかし私はそうやつて殺しをしていく内に、此れは復讐なのではなくて私の願望なんぢゃなかろうかという気になつてきた。見たことは無いが赤子は血の海から生まれると云う。もしかしたら私は生まれ直したいのか。今日も男を一人殺して、其れからその血溜まりの中で丁度胎児のやうに蹲つてみた。もう止まつている筈の男の鼓動が聴こえる気がして、次に私は誰れか女でも殺してみようかしらと考えながら、其処で眠つたのだつた。
 いつか其れが自分の腹からの音だと気付いた時、分かつてゐたつもりだのに堪えられなくなつて、崖から飛び降りて海で死んだ。このままではフラクタルだ。娼婦紛いの女が、淫らな人殺しの女を生み、そしてまた行きずりの男に抱かれたがるやうな女を生む。この腹からは疑うべくも無く女が出てくるだらう。だからせめて此処で断ち切らねばなるまいと身を投げて私は死んだ。日暮れの海は赤いと言うがしかし血とは程遠い色をしてゐた。
 もしも生まれ変われるならば男になつて、私のやうな子供の前に立ち、「私が父だ」と言つてみたいとさへ今は思う。
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