Stock

入籍に合わせて新調した木製キャビネットの上に飾られているのは、豪奢な金のフレームに縁取られた結婚式での写真とデルフィニウムとストックのハーバリウム。
きらりと輝くそこはこのおうちのなか隅々にまで染み込んでいるものと同じく、ふわふわあまい新婚空気が漂っている。

可愛らしい小窓から伸びる陽光はふたりの幸せな朝の風景を包み込むようにして、柔らかく照らしている。今日はいい小春日和。

「ああ、もう少しで家出ねェと」
「朝の時間ってあっという間ね」

ゆったりと紅茶を飲みながら何気ない会話を楽しんでいた二人だったけど、朝のニュースが占いコーナーに変わったのを合図に、サンジは惜しむようにして立ち上がる。それに合わせてなまえも。

「今日は早く帰れそうだから、なまえちゃん。一緒に晩飯食おうな」
「うん。お味噌汁作って待ってるね」
「うれしいよ、ありがとう。なまえちゃんの味噌汁を楽しみに仕事頑張るな」
「えへへ」

向かい合って立つ彼女の低い位置にあるほんわりとしたほっぺたに手を添えて、キスをするとなまえはくすぐったそうな笑い声をこぼす。結婚前と変わらず、長く同棲していた家に住んでいるけれど、愛の誓いを交わしあった後とではやはり空気も違って感じられる。
恋人同士から夫婦になったのだ。そのぶん、愛の重みもふわりと増えた気がして、サンジの心は甘ったるくくすぐられる。

彼女の薬指に光る結婚指輪は今日も輝かしい。
料理人である故、仕事中は外さなくてはならない指輪はなくすのが怖いから、という理由でいつもハーバリウムの隣にちょこんと置いてある指輪ケースにしまってから職場に向かうサンジは今朝も同じように、赤い箱にそっと指輪を抜いておさめた。
隣のフレームにはにっこりと幸せそうに笑っている花嫁姿のなまえがいて、「ああ、おれの奥さんは今日も世界一クソかわいいな」とまた頬が緩む。

彼女と出会ってからもう10年以上経つけれど、日に日に好きが募っていくから自分でもその愛の深さに驚くほど。だけど、そのぶん。彼女からも惜しみなく愛情が注がれているんだなあ、と愛しさと同時に尊さもうまれるのだった。

「サンジくんサンジくん」

背中でかわいらしい声が弾む。
何度聴いたって飽きない愛らしさに胸を高鳴らせながらくるりと振り返ると、手に青いネクタイを持った彼女がきらりと瞳を輝かせて立っていた。

「ネクタイ締めてくれるのかい?」
「うん! えへへ、奥さんみたいでしょう?」
「奥さんみてェ だけど、なまえちゃん。きみは正真正銘、本物のおれの奥さんだぜ。みてェ、じゃなくってな」

彼女の華奢な手を取って、微かに体温の感じられる指輪にそっと口付ける。
こぼれるようなお砂糖まじりの微笑みを頭上で聞いて、サンジはそっと背筋を伸ばした。

「そうね、わたしはサンジくんの奥さん

ゆったりと呟きながら、なまえはサンジの襟元にネクタイを通していく。
身長差のあるふたり。ちょっぴり背伸びをするその仕草があまりにも可愛くってまた懲りずに頬がゆるっゆるになる。このままだと筋肉がなくなってしまうのでは、と本気で思うほどに、彼女のいる日常はあまりにも幸せだ。

いい匂いのする小さなからだに腕を伸ばしながら、彼女が締めてくれるのを甘い心地で待つ。なまえちゃん、まつ毛長ェよなあ。陽光に照らされたそこが美しく光っているのを見て、目尻を垂らしていると、蕾のような小さな唇がふわりと動いた。

「今日ね、お花屋さんに行こうと思ってるの」
「お、いいね。何のお花買うの?」
「デルフィニウムとストックよ」
「おれ達の花だね
「ふふ、うん。わたし達のお花

ちらりと視線を移す先は、ガラス瓶のなかのプリザーブドフラワー。青いデルフィニウムとピンクのストックが幻想的なオイルのなかで美しく華やかに寄り添っている。これは、ロビンからの贈り物だった。
青いデルフィニウムがサンジのお花、ピンクのストックがなまえのお花。種類は違うけれど、花弁の咲き方がよく似ているこのお花は素敵な具合に調和されていて、他人だけど家族のようにひとつの瓶の中で美しく輝いている。
お花に詳しい彼女が、「あなた達をイメージしてみたの」と言っていた。それが嬉しくって、それから二人の間でこの二種の事を「自分たちの花」と呼ぶようになった。
花言葉も、愛の絆と言うらしい。

「食卓に飾ろうと思って」
「生花も、綺麗なんだろうな」
「かわいく生けるから楽しみにしててね、サンジくん」
「うん、すっげェ楽しみだよ。今夜はなまえちゃんと、おれ達の花を囲っての晩飯だもんな」

あしたで結婚式を挙げてから一ヶ月。
あの夢のような華やかな式からまだそれだけしか経っていないのか、と思うのは穏やかに愛おしくゆったりと、毎日が流れている証拠だろう。
こんなにも人生に幸せをプレゼントしてくれる彼女のほっぺたにもう一度キスを落とすと、なまえは困ったように眉を寄せて「サンジくんこら、ぐちゃってなっちゃう」とこぼした。
こら、こら。あーかわいいなんて、朝っぱらからまたゆるむ口元はもう仕方がない。

新婚気分なんて今だけ、と思われるだろうけど。10年近く同棲した上でこんなるんるんな新婚生活を味わっているのだから、いや、それ以上に。こんなにも宇宙一大好きな女の子が傍にいるのなら、いつまでも新婚気分ラッブラブに暮らせること間違いなし、だろう。
きっと、この先に赤ちゃんができても、だ。

「なまえちゃん」
「なあに?」
「今夜、ケーキ持って帰ってくるな。なまえちゃんの好きなチェリーのケーキ」
「わあ、嬉しい! 楽しみに待ってるね」
「ん。ありがとう。ああ、ネクタイ外すのもったいねェなァ」

綺麗に結ばれた青いそれをするりと撫でてから、なまえにお礼を込めたキスをする。
朝から何回キスしてんだろうな。と笑いが込み上げてくるほどに、そうでもしないと離れられないみたいに、同棲をはじめた頃からずうっと朝のキスは二人の愛の習慣になっていた。

「じゃあ…そろそろ行くな」
「うん、気をつけてねサンジくん」
「なまえちゃんも。気をつけてお花屋さんに行くんだよ」
「はい。またお昼休み連絡してね」
「うん、必ず」

ソファーに置いていた鞄を手に取ったサンジは、気を引き締めたけど、でも離れたくねェなあ、としくしくこぼした。そんな彼が可愛くって、ぎゅうっとハグをしてパワーを送る。

「…なあ、なまえちゃん。行ってきますのちゅー 今日はきみからしてくれねェか?」
「ん…いいよ」
「たあっぷり、お願いね」
「ふふ、じゃあ目つむってサンジくん」

ゆったりと閉じられた甘い目元を確認すると、するりと頬を撫でて、背伸びでキスをする。
小窓からこぼれる陽光に照らされ、きらりと光を帯びたハーバリウムのガラスが色鮮やかにふたりのからだを包み込んだ。



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