花が宵

 ひらりひらり。白桃色の薄片が風に乗り舞う今宵。
 町屋と呼ばれる和造りな建物が軒を連ねる華やかな道をゾロはふらりと歩いていた。片手には先程、酒屋で買った酒を持ち、時にそれを口に含めつつ大事な女との逢瀬を成すため、待ち合わせ場所である赤い木橋へと赴いていた。
 
 大事な女──なまえは、国民になりすますために着物と髪の毛のセットをしてもらっている最中。本日無事に辿り着いたここは鎖国国家であるワノ国、カイドウ達にバレないようルフィ達が来るまでに身をひそめていなくてはならない。
 その中、なまえはその美貌を持つ故に目を引かせる者であるため中々昼間は出歩けない。そのため、夜にこうして落ち合うことを2人決めていたのだった。
 
「ごめんなさい! 待たせちゃったかしら?」
 
 美しく散ってゆく桜の花びらを見つめながら、アーチ型の橋に身体を預け酒を楽しんでいると、耳に愛しい音が届き自然とそちらに目を向ける。
 カラン、と音を鳴らしながら長い袖を片手で押さえながら手を振るなまえ。彼女は白と紅の美しい着物を身に纏っていて、美しい金の髪を後ろでひとつにまとめ花の簪をつけている。
 
「へェ………似合ってんな」
「うふふ、ありがとう。貴方もとっても素敵よ」
 
 華やかで上品なワノ国の衣装──着物は彼女の気品をより引き立てて、もうすっかり見慣れているというのに、無頓着なゾロでも感じるくらいに眩しく息をし忘れてしまう程に絶美だった。
 女神の生まれ変わりだと、夜明けの女神だと最近知ったばかりだがそれを無しにしたって、彼女の光は計り知れないほどのもので。
 
 ゾロは何とか眩みを解き、彼女を褒めた。それは自然に口に出たものだった。
 
「貴方に褒めていただくのが何よりも嬉しいわ……ん、」
「あ?」
 
 花のように微笑んでいたなまえが、こちらを見上げた途端に困ったように眉を下げて頬をピンクに染めた。
 
「……ゾロったらかっこよすぎるわ」
「ほお、こういうのも好みか」
「ゾロなら何だって大好きよ。でも一段と素敵だわ」
 
 とろんとした目でゾロにぎゅーっと抱きつくなまえ。
 再会してからまた更に逞しくなった彼はもう腕を回すのも一苦労。だが、その分厚い身体がとても安心するし、抱きしめられるときゅんとして仕方がないの。
 
「人がいねェからいいが……お前、ちったァ自覚しろよ」
「もちろん、しているわ」
 
 最後に強く抱きしめたあと、ゾロから離れると彼女は彼の大きく分厚い手に自分の手をくぐらせて歩き始める。
 着物を着ているから、ただでさえ小さいなまえの歩幅はそれをより増していて、ゾロは何気なく彼女に合わせながら隣をゆっくり歩いている。
 
「あのね、ワノ国にあまりにも美しくって見た者が失神してしまうくらいの花魁がいるんですって。私もその花魁と肩を並べるくらいに美しいって言われちゃった
「ふぅん……何でもいいがお前、目立つってことだろ。シャボンディでも早々大騒動になってコックを何度も殺しかけたくらいだ。顔何とかしとけよ」
「そうなのよ、困ったものだわ」
 
 着付けをしている時に、店の者に大変驚かれたものだ。花魁小紫太夫と同じ位に美しい女性がワノ国にいるはずがない。と
 そこで、なまえは慌てて「山の奥の奥で育ったからはじめて町に降りてきたの」と嘘をついたのだ。
 不法侵入だなんて騒がれては、とんでもない事態になってしまう。信じてくれた店の者にヒヤヒヤしながらも感謝した。
 
「騒いでなきゃいいがな」
「私はとびきり美しいんですもの。当然、みんな騒いじゃうわ」
「もしバレてもおれァ、知らん顔しとくぞ」
「まあ、最低だわ。こんなにも愛しいレディが大変な目に合うっていうのに!」
 
 むっすりと頬を膨らませるなまえにゾロはけらりと笑う。大好きな酒に大好きななまえ、その2つを美しい満月と花弁が散る中楽しめてご機嫌なのだろう。
 カランカランとなまえの下駄の音が静かな河沿いの町屋道中に響いて心地が良い。
 
「でも、本当に花魁っているのね。本の中だけだと思っていたわ」
「名は知ってるが詳しくは知らねェ」
「超高級遊女よ。殿とこうしてお散歩出来るなんて…わちき、幸せでありんす…
「何だそりゃ」
「って廓詞を使うんですって。サンジくんがきっと大喜びするわね、遊郭まであるなんて」
 
 花の都には花魁を筆頭に綺麗な芸者がたくさんいるという。だからふとサンジのことを思い出して、何気なく口にしたが……次に襲ってくるのは不安だった。
 仲間を信じていないわけではない、2年間の修行でみんな見違えるほどに力をつけているのも当然知っている。
 だが、やはり相手が相手なため心配してしまうのだ。サンジの身に生まれに何があるのかは分からないが、だからこそ。
 
「何の心配してんだ、お前は」
「……みんな、きちんとワノ国にたどり着くかしら。またみんなで宴出来るかしら」
「……」
 
 らしくない彼女の発言。
 いつもなら、ルフィちゃんがついてるから平気だわ!と前向きなのに。
 ゾロもまあ分からなくもない気持ちに、酒を流しながら口にする。
 
「あのヘボコックがそう簡単にやられはしねェだろ。おれは別にいなくたって構わねェがな」
「もう、またそんな強がり言っちゃって。サンジくんのこと大好きなくせに」
「強がりじゃねェし好きでもねェ!」
 
 ムキになって怒りを見せるゾロが何だか面白くって、なまえはくすくす袖で口元を隠して笑う。西洋人形のような風貌な彼女だが、意外にも着物を上手く似合うように着こなしているから感心なものだ。
 愛しい女をつまみに、ゾロは残り少なくなった酒をぐっと呷る。
 
「……仲間を信じろ。おれ達が今出来るのはそれだけだ」
「…ええ。そうね!」
 
 次に向けたなまえの笑顔は力強く、うちの船員(クルー )にぴったりなもの。ゾロも満足したように頷いた。
 これまで仲間を信じることでたくさんのピンチを切り抜けてきた。今回だって、きっと。
 
「ふふ、安心したら何だかお腹が空いてきちゃったわ」
「ウソップが食料買いに行くっつってたな。戻るか?」
「う〜〜ん……。まだ、ゾロと一緒にいたいわ…あ、ゾロ十郎様と
「ああ。ならこのまま散歩するか」
「ええ。ねえ、ゾロ十郎」
「あ? へいへい」
 
 立ち止まったなまえは背伸びをして、ゾロの着物をぐいぐい引っ張った。息を飲むのも忘れてしまいそうな綺麗な愛しい顔をちょっぴり近づけるなまえ。
 もう長年の付き合いであるゾロはすぐに察しがついた。
 自分も丁度欲していたものだ。この通りは幸いにも、誰もいない。見ているのは満月と桜の花びらだけ。
 
「うふふ、早くほしいわ
「ああ…。桜がついてた」
 
 ほら、と綺麗に結ってある髪についていた桜の花びらを取ってやると、ゾロはそれを指に摘んだまま愛しいなまえへと少しだけ身を屈める。
 ゾロの着物の襟をギュッと掴み、なまえは彼からの優しい口付けを受け幸せそうな笑みと吐息を美しいワノ国の夜の空気に漏らした。
 
 
 
 END...
 (2020.09.21)

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