恋は狩人

「ナミすわ ロビンちゅわ 紅茶のおかわり、いかかですか?」

春島の穏やかな海域をゆらりゆらりと航海している私たち。
時たま花の雨が降る程度で海には何の異常もなく、せっかくの心地の良い午後だから。と、のんびりとしたティータイムをロビンと過ごしていたところ。サンジ君が絶妙なタイミングで紅茶のおかわりを持ってきてくれて、いつものように呆れるほどの甘い言葉を吐きながら丁寧にティーカップに注いでくれたまではよかったんだけど。

私の分と、ロビンの分。程よい量を満たしたサンジ君は、黙ったままその場から動かない。どうしたのかしら?って、顔を持ち上げてみたら。ロビンも異変に気付いたみたいで、本から視線を持ち上げて微笑ましそうにサンジ君のこと見つめてる。
困ったように私が眉を下げてみれば、ロビンはフフ、と小さな笑みをこぼした。

「サンジ君、見過ぎ」
「へ、?」

呆れまじりに私がこぼすと、サンジ君はびくっと肩を揺らして明らかな動揺を浮かべる。慌てて視線を逸らしたけど、その先を私たちはバッチリ確認していた。船首甲板の方、トランプで盛り上がってるルフィ達の間でちょこんと揺れる小さな後ろ姿。
そう。彼のおあつい恋のお相手、なまえのことをサンジ君、私たちでも見たことないほどの甘ったるい顔して、見つめていた。

言い訳を探ろうとしているけれど、じいっと突き刺さる私の視線と、ロビンの穏やかな笑みに負けたサンジ君は持っているティーポットを揺らして私たちに向き直り、ほんのりとピンクに染めた頬をゆるりと持ち上げた。

「……おれ、そんなに見てた?」
「そりゃあもう睨みつけるように。ね? ロビン」
「ええ。欲しくて欲しくてたまらないって顔してたわ、サンジ」
「あー…そりゃ、ヤベェなァ。おれ、そんな顔には出してねェつもりだったんだけどなあ」

あんだけ蕩けきった顔しといてよく言うわよ。と、思ったけど。ポーカーフェイスに長けてる方のサンジ君があんなにも表情を崩しちゃうってところに本気を感じて何だか嬉しくなっちゃう。そういえば、なまえに恋を始めたばかりの頃のサンジ君も意識してます!って丸わかりな態度で接してたわねぇ。なんて、二年も前のことを思い出して私の頬は緩んだ。
それでも気付かないあの子もどうかしてるけど、でもまあ仕方ないか。サンジ君、はたからみれば恥ずかしいくらいに分かりやすいけど、でも根は無類の女好きだから上陸するたびに女の子を口説いてるものね。なまえも自分に向けられるそれをサンジ君の愛する数多のレディーたちの内のひとりとしての意で受け取っているから、彼の恋は恐ろしく進展していない。

あ、でも──。

開き直ってそう口にしたサンジ君は片手で口元をそっと隠してて、でもちらりと見える頬はゆるっゆるに弛んで、口角もふわりと持ち上がっているから私の背中にぞっとしたものが走った。
恋の進展はしてないけど、でもほんっとこいついい表情するようになったわよ。なあに? ほらあの、“狩人”ってやつ。あれも伊達じゃなかったのね。ってような顔してるわ。
ロビンもやっぱり気がついてるみたいで、面白いものを見つめるような好奇心に満ちた瞳をサンジ君に向けている。私は呆れと恐怖半分の心持ちで紅茶を啜り、まだニヤついている彼を見上げる。

「…サンジ君、あんた最近隠さなくなってきたわよね」

私の言葉にサンジ君は、あー…、と少し迷うような低い声をこぼしたけど、言い逃れはできないと悟ったみたいでへにょりと特徴的な眉を下げて、紫煙を揺らした。

「うん……日に日に好きが募っちまってさ。…隠さなくなったというより、隠しきれなくなっちまったみてェで」
「うわあ…」
「あら素敵ね」

ほら見てよ、この顔。狩人ってよりもう狼よ。口角をくいって持ち上げちゃって。私たちに向けるようなメロリンじみた顔とはまるっきり違うから、ああ本当に好きなのねなまえのこと。って思わせるようなそれが逆に恐ろしく映っちゃう。サンジ君、本命相手には全く違う一面を見せるみたいね。甘さの中に牙を顰めてるっての? ああ、怖い怖い。
なまえに同情しちゃうわよ、私。あんたとんでもない男に惚れられたわね、って。

「サンジ君って本命相手にはほんっとしつこそう」
「はは、さっすがナミさん …うん、おれ相当しつこいよ」
「…もし。もしよ? なまえが一生振り向いてくれなかったらどうするの?」
「あーどうするかなァ。それはそれで…燃えちまうな。彼女がおれの愛に頷いてくれるまでアタックし続けると思うよ」
「…思う、なんて優しいもんじゃないでしょ。確定よ、絶対」
「あはは、ナミさんには敵わねェや。おれ諦め悪ィからなァ」
「応援してるわよ、サンジ」
「ありがとう、ロビンちゃん 嬉しいよ」

さっきのなまえに向けたものとは全く違う、優しく紳士的なさらりとした笑みをロビンに浮かべてるサンジ君。
 なまえ、あんた一生サンジ君の愛から逃げられないわよ。
純粋にトランプを楽しんでいるなまえのあの横顔がこの男によって真っ赤に染められる未来が見えて、私はやっぱり同情せずにはいられなかった。



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