ふるえる心臓

『こんばんはなまえちゃん!隣のクラスのサンジです。ライン教えてくれてありがとう、すっげェ嬉しいよ。友達追加してくれたら嬉しいな』

数行にも満たない文章を1時間かけて打ち終えたおれは、震える手でスマホを持ってメッセージ画面を見つめていた。絵文字つけた方がよかったか、と、吹き出しの中の殺風景な語句の羅列を眺めているうちに後悔がふわりと顔を覗かせたが、いやでも! ほ、本命の…子には堅実さをアピールしてェから、これでいい。
絵文字をつけては消す行為をもう何度したかもわからねェ。送信してから、一分経過したところで、おれははっとする。かっわいいレディー相手にいくらなんでもこれは殺風景すぎるよなァ?、と。
だから、二分遅れにおれは彼女が好きだと言っていたマスコットキャラのスタンプを送信した。なんの変哲もない、ぺこりと頭を下げているもの。

女の子相手ならハート中心の絵文字に、必ずハートやすきのスタンプを送るのになァ。まるで染み込んじまった習慣みてェに。指が勝手に絵文字やスタンプ選び、送信してる、んだけどよォ。ああ…なあ、おれってこんな、こんな…弱気になっちまうのか本命相手には…おいおい嘘だろ。おれはだってよ、ラブコックだぞ!?…ああ、これもだ。あの子に恋をはじめてから何度悩んだことか。もう、ああ。なあ知ってるか、恋っつーのはどうやらな、甘ェだけじゃねェんだ。
おれァ、甘さとかもう考えられねェほどにあの子に夢中だよ。あーううークソぉッ好きだ……。

メッセージを送信してから10分経過しちまった。ちらりと画面に目を向ける。返事はまだ、ねェ。まだ10分しか経ってねェもんな。そうだ、まだ忙しい時間帯だしな。女の子はスキンケアとか入念にするし、髪を乾かすのも時間かかるもんな。レイジュだってそうだ。風呂に1時間かけることもあるから、うん。10分なんてまだまだ焦る時間じゃねェさ。

つってもなァ…。自分に言い聞かせてもなんかこのままじっと待ってるのが怖くなっちまって。液晶画面を消して、ぼふっと枕に顔を埋める。数分そうしていると、ぶぶっと音が鳴った。おれは光の速度で身体を起こしてスマホを手に取る。バックバク、心臓が高鳴って仕方ねェ。震える指で画面をスライドさせて、アプリを起動させるが。
1のバッジがついているアイコンと名前は彼女のものじゃねェ。
それを見た途端、胸の高鳴りが一気に憤怒へと変わっていくのがよくわかる。全身の血がな、煮えたぎるように熱くなった。

「こんっっ…の、っ、クッソマリモ……ッ!! ふざけんな!! 期待させやがってこのっ…!」

さっきとは違う感情で、スマホを持つ手が震えちまってる。
普段ラインなんざ滅多によこさねェ癖に何っでこいつはこういう時に限ってこのタイミングで…ッ! クソッ、明日覚えてろよお前…! つーかなんだよ、明日、昼飯って。開いてみても送られてきたメッセージはたったその一言だ。いやいらねェだろこんなライン!
おれァよ、月に何度かルフィたちに弁当作ってやっててよ。それが明日に当たるんだが。ンなこたァ、作ってやるおれが一番知ってんだよ忘れるわけねェだろ!、つーかいつもこんなラインすらよこさねェ癖に何っで今日に限ってこの野郎は…ッ。

あまりの腹立たしさに乱暴にタップ操作しておれは怒りマークのスタンプを送信してやった。

ったく、つかそもそも単語で命令されんのも腹立つんだよな。おれはベッドから降りて、デスクに置いていたたばこに手を伸ばす。一服して頭冷やさねェとな。そうだ。今から、あの子から返信が返ってくるかも、しれねェんだ。

唇にたばこを引っ掛けたとき。またぶぶっと短い通知音が部屋に響いた。スタンプ送信後すぐに既読がついたからどーせあのマリモだろ。と、期待しねェでスマホをみる。だが、液晶画面にうつったその名とアイコンを見た瞬間。おれはこの目を疑っちまった。

「あ……っ、…なまえちゃんだ…ッ!」

ぶるりと、全身に衝撃が走った。なんか、電撃みてェなでけェもんがゾワゾワと身体を駆け抜けていく。喉が、あつくって、
な、お、おい…なあオイ世界中のみんなーーー!!!聞いてくれ!!!!おれ、おれ!!ついに!天使なまえちゃんとら、ラインを!交わしちまった!!!返事が、返事が!!!返事が返ってきたァァァア!!!
なんて叫びながら家中を走り回りてェほどの衝動に駆られちまう、すげえ、すげェ、すっげェ嬉しい!あーもう、泣いちまいそうだ!!なまえちゃんが、おれにラインを返してくれた…っおれのために、文章を綴ってくれた…ううっ幸せだ、こんな嬉しいことって他にねェよォッ。

ああ、なんかしらねェどっかのまりもからも返事が来てるみてェだがそりゃもう後だ。
ぷるぷる震える指先で、今度こそ彼女とのトーク画面を開いてみる。
かっ、う、かわいい…っ!! なあみんな聞いてくれ、なまえちゃんすっげェ可愛い絵文字使ってるぜ!!女の子だなァ、かっっっわいいなあ

『こんばんは、サンジくん。ラインありがとう、わたしもサンジくんとライン交換できてとっても嬉しいな。すぐに友達追加したよ これから改めてよろしくね!あとね、そのスタンプわたしも持ってる!』

メッセージの後におなじスタンプを返してくれた、その下に『これがね、お気に入りなの』って一言と違う種類のスタンプがふたつ並んでいる。なまえちゃんこのスタンプが好きなんだな、ああクッソ可愛い。おれもこのスタンプ好きだァ!
絨毯の上に正座して、おれはもう一度彼女の文章をしっかり確かめるように目で追っていく。もう文章まで狂っちまいそうなくれェに可愛いからどうにかしちまいそうだ。今、おれの顔は緩みっぱなしでたぶんひでェ表情してるはずだが幸いにもここは自室。存分に緩ませた表情で、返信の前にトーク画面のスクショをした。
記念すべき、なまえちゃんとの一通目のライン。返信したらな、これをロック画面にする予定だ。



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