真っ白に包む

るぐる。ぐるぐる。
一体、何往復したかなあ。足首に巻き付けられていく真っ白の包帯をみつめて、なまえはそんなことを思った。綺麗な、けれどしっかり節くれたっている男の、大きな手はかすかに震えているようにもみえる。

「固定、できたかな。ああ…ううっ、こんな細い足首が…折れてねェのかな? あ、折れてたらおれが触れるだけで痛ェよな。だからそりゃ大丈夫か、んじゃァやっぱ捻挫…チョッパー、早く帰ってきてくれェ…」

いつもの甘さのある低い声も頼りなく震えていて、海を思わせるような青をした瞳もさっきからうるうる潤みっぱなしだ。怪我をした本人よりも激しく堪えている彼の様子に、じんじん襲っていた鈍い痛みもいつの間にか吹き飛んでいた。

それは、数十分前。
一緒にショッピングしていたナミとロビンと別れ、ひとりで町をぷらぷらしていた時。おろしたての、ヒールの高い靴を履いていたのがよくなかった。煉瓦畳に整備された町は建物の外装も美しくって、まるで御伽の国みたいってご機嫌に歩いていたところ、可愛いけれど細いヒールとなるとやや歩きにくいレンガ道でバランスを崩してしまって、ぐきっと盛大に足首を捻っちゃったのだ。
どんどん紫色を帯びて腫れていく足元はグロテスクで、痛みも次第に増していく。まともに歩けずに靴を脱ぎ、ひょこひょこ足を引きずりながらサニー号に帰船したところ、たまたま食料調達を終えたサンジがいて「サンジくぅん、」って、彼氏でもあるコックさんに泣きついたのだった。

それからはもう大変。
足元を見て瞬時に事を察したサンジはお姫様抱っこをすると、半泣きで医務室に向かい、怪我がつきものな海賊船には腐るほどに積んでいる包帯をありったけ取り出すと、「ごめんなごめんね、なまえちゃん…っ、おれァ、おれァ…! 彼女がこんなにも痛ェ思いをしてたっつーのに、おれァなに呑気に船で寛いでたんだ…ッ! おちおちたばこなんか吸ってよォ…、その間なまえちゃんは足引きずって帰ってきてたんだよな…あああーっ不甲斐ねェ! ほんっとすまねェ、ごめんねなまえちゃん!痛かったよな、泣きたかったよなァ…っ」しくしくしおしお、涙を流しながらも、とりあえず冷やして固定しねェとな。ってある程度冷やし、次いで包帯を巻いていく間中ひたすら彼の謝罪が医務室に響いていた。

「もう、サンジくん! サンジくんは何一つ悪くないんだから謝らないでよ」
「だっでよお…ッ、こんなほそくて綺麗な足首が大変な目にあってたっつーのに、おれァ…うううっ」
「ほらもう、サンジくんお顔がぐしゅぐしゅよ。はい、お鼻ちん」
「…うっ、すまねェ。なまえちゃんは天使のように優しいな。自分が痛ェ思いしてる中、おれの鼻水のことまで気にかけてくれるなんて…」

形のいい鼻にそっとティッシュを押し当てると、サンジは目をぱちりとさせてそれを受け取った。ああ、なまえちゃんの綺麗なおててを汚すわけにはいかねェって、彼女の柔らかな手のひらが離されてからサンジは目元を拭い、ぐじゅっと鼻をかんだ。ほんのりと赤くなった鼻の頭が可愛くって、つい笑ってしまう。きっと軽い捻挫なのに、こんなにも心配してくれる人がいることに胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
もう足の在処もわからないほどにぼんっと巻かれた包帯だって、彼の愛の証で、ふっと口角が緩んだ。

「ふふっ、天使なのはサンジくん。サンジくんがたっくさん愛情込めて包帯巻いてくれたから足首の痛みもすっかり消えちゃった」
「すっかり…?」
「うん。ありがとう、サンジくん。ほら、立てちゃうくらい」
「あ、ああっ。ダメだよなまえちゃん。ほら、座って。チョッパーが帰ってくるまでここで安静にしてよう。おれの愛情が効いてくれたのは嬉しいが、でも無理してますます悪化したらおれァもう…心臓が張り裂けちまう」
「もうサンジくんは大袈裟なんだから。でも…サンジくんのそういうところわたしだいすき
「え、へへ…ッ」

世界一優しい人。ぎゅうっと、たばこと海の匂いのする金色の頭を抱きしめて、おでこにキスをするとサンジはふわりと柔らかな笑みを描いた。

「手当てしてくれてありがとう、サンジくん。ごめんね、一服の途中だったのに」
「とんでもねェさ。一服よりもなまえちゃんの方が100倍、いやもう!比べ物にならねェほどに大事だ! ──あ、そうだ。なまえちゃん喉乾いただろ? きみの好きな茶葉を手に入れたんだ。お茶、淹れてくるからちょっとだけ待っててくれ」
「わあ、嬉しい。ありがとうサンジくん」
「どういたしまして。おれの…プリンセス」

立ち上がる前、そっと足首を手にとって、大量に巻き付けられた包帯に大事そうにキスを落とす。暫くそうしてからゆったりと唇を離し、ふっと色気たっぷりの笑みを浮かべて、彼は隣のキッチンへと行ってしまった。
まるで、魔法みたい。キスを受けた包帯の下は、本当に治ったんじゃないかなって思うくらいに軽くなったような、気がした。



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