恋と推し

「うっ…ぶ、ぐじゅ…っ、」
「泣きすぎだろ……」
「そりゃあ泣いちまうよなァ。ったくまりもはなァんも分かっちゃいねェな、なまえちゃんのこと」
「あァ? 女と見りゃあ誰構わず尻尾振ってるてめェよかはよっぽどこいつだけを見てる自信はあるが」
「うるせェ、おれはな。全てのレディーを愛してるが、唯一の愛を向けてるレディは彼女だけだ! だからなまえちゃんのことは誰よりこのおれが見てるんだよ、おめェはもういいからおねんねしてろ、まりも」

傾倒してやまないウタの姿を生で見れていることに、彼女はすっかり取り乱して全ての感情を先ほどからぶちまけていた。かわいいすきしぬ。推しに会った人間の語彙力思考力の低下をロビンが興味深げに見ていたくらいに、なまえは取り乱し、今はありったけを吐き出すようにひたすら涙を流している。

綺麗にお化粧した顔をぐっちゃりと歪ませ、濡らし、えぐえぐと泣き続ける彼女にサンジはかわいいなあって、笑みを描きそっと近づいたが、彼女の隣に腰を下ろしお酒をあおっているゾロにけっ、と突っかかられ、二人は喧嘩をはじめてしまった。

「ううっ、ウダざま…ッが、さっき近くに、」

けれど、彼女の聞いたことのないような切なる声にはっとして、ふたりは言い合いをぴたりとやめる。

「なまえちゃん、ウタちゃん近くに来たよ。見えるかい?」
「おら、肉眼でしっかり見える距離だぞ。今のうちに焼き付けとけ」
「む、無理ぃぃいっ、認知されたら、しぬ」
「なァにが死ぬだ。大袈裟な奴だな」
「そりゃあ死ぬほどドキドキするよなあ。ずっと大好きだった子が目の前にいて、目が合うかもしれねェもんな」
「んっ、」

サンジの同調になまえはこっくりうなずいて、手の甲で涙を拭う。
ぺとりと座り込んだ白い太ももの上にはたっぷりしずくが落ちていて、吸い寄せられるように二人はそこに視線を向けた。
やっぱり、どうしても立てないようだ。少し震えているようにも見えて、サンジは愛おしそうに双眸を細めるとサングラスを外してしゃがみこみ、彼女の顔にそっとやさしくかけてあげる。

「ん…、サンジくん?」
「サングラスっていうガードがあれば少しはウタちゃんのこと見れるようになるかなって。視界、ちょっと悪くなっただろ?」
「グズ、うん…」
「…じゃあ、おら」
「ん、おさけ?」
「強ェ酒だ。シラフじゃ無理だろ、これでも飲んで落ち着かせろ」
「おいバァカ。なまえちゃんにンな度のきつい酒を渡すんじゃねェ、彼女が倒れちまうだろ」
「てめェこそ。そんなチャラチャラしたもん、なまえに渡すんじゃねェよ」

なんだとコラァ、また二人の低い声が鼓膜を揺さぶる。
さっきからなまえを挟んで、声をかけては喧嘩をしてる二人がおかしくって。手渡してくれた応急処置のものが可愛くって。なまえの滾りすぎた心情はすこし、落ち着きを取り戻していく。
サンジの温もりが宿っているカラーサングラスに、ゾロの温もりが宿っている酒瓶。
やさしいプレゼントが愛おしくってありがたく受け取って、

「えへへ、ありがとう。サンジくん、ゾロくん」

にっこり笑みを描くと、ふたりはぴたっと動きを止めて、頬にほんのり赤みをのせると「いやあ」だとか「ああ…」だとか参ったような低音が空気を熱く揺らした。


「“推し”って呼ぶのとはまた違うんでしょうけど、あいつらも似たようなもんよねぇ」
「ええ。首っ丈で盲目なところは恋も推しも一緒なのかもしれないわね」

鼻を啜ってるなまえの目はサンジのサングラスに覆われ、胸にはゾロのお酒のボトルを抱いていて。自分のものを身につけているその姿を心底愛おしそうに見つめているサンジとゾロの表情は、このフェスでいちばん輝いているように見えた。




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