オレンジブロッサム

「お前ら、ホント仲いいよな」
「え、そう?」
 
「べったりだな、お前ら」
「あら、そうかしら?」
 
「ああ…ッ! とっても仲良しなお二人はいつ見てもかっわいいなあ
「はいはい」
 
「また一緒にいんのか、仲良しだな〜おめェら」
「うふふ。ルフィちゃんだってウソップとよく一緒にいるじゃない」
 
 
 ココヤシ村を出航してからナミとなまえの仲が今まで以上に深まって、お互い自分のことをしている時以外は基本的に一緒にいるようになった。それは強制ではなく、二人一緒に時間を過ごしたいからこうして自然と寄り添ってしまうのだけれど。
 
 ふと見てみるとナミとなまえは二人でいることがあまりにも多いため、最近各クルーがこうしてぽんと口にしているのだ。その度にナミもなまえもきょとんと目を丸くして小首を傾げている。
 
 
 そんな言葉を全員からもらった夜。
 ナミとなまえは女部屋に最近設備されたバーでお酒を飲み交わしながら、ぽつんと呟きあった。
 
「私たち、ホント仲良し。だって」
「ゾロとルフィちゃんにも言われたわ。お前らべったりだ。って」
 
 ナミが作ってくれたオレンジブロッサムを数口含み、二人は顔を見合わせて笑い合う。爽やかなオレンジの香りがすうっと鼻から抜けて、次いでアルコールがふわりとかおる。
 昼間もお茶をしたり、ビーチベットを並べて読書をしたり、みかん畑や花壇のお手入れをしたりとほとんど同じ時間を過ごして色んな話をした一日だったが、ほろ酔い気分だとまた雰囲気も変わってお喋りの口が止まらなくなる。
 
 カットフルーツをつまみながら、もう一口飲むと、ナミは不思議そうに呟いた。
 
「そんなべったりかしら、私たち」
「どうかしら? 確かにこの中だとナミといる時間が一番多いけど」
「んー……でも確かに。よく考えてみると一緒にいる時間長いかもね」
「うん。同じくよく考えてみると、私ナミのこととおっても大好きだわ」
「……ああ。私もだわ」
 
 話も気も本当に合うから、時間もするりと過ぎていく。だから、こうしてクルーに指摘されるまで気が付かなかったのかもしれない。そう思い、口にすると何だか“恋人”みたいで。ちょっぴり照れ臭くなったナミとなまえは、ひょいと指でぶどうを掴んで口に放り込んだ。
 ぷちっと弾ける果実と、こくりとしたお酒に徐々に思考も溶けていく。
 
「でも、本当。私、ナミのこと大好きよ」
「バレンタインのチョコもあいつらじゃなくて私が本命だったものね」
「ええ、あれは本当の本当にナミが本命だったから
 
 一晩中、なまえの本命のことで悩んでいたゾロとサンジを思って苦笑いを浮かべたことを思い出して、ふふ。と笑いを口の中で転がした。ずっと。自分の運命を背負っていた時からずっと。なまえとは本当に気が合うし、このままずっと仲良くしていたい。と思っていたから、あのバレンタインのチョコレートはとてもうれしかったものだ。そして、彼女も自分と同じように自分のことを「気が合う大好きな人」と思ってくれているのが、くすぐったくて心の柔らかいところをふわりと撫でる。
 
「私ね、女学院に通ってるって言ったじゃない?」
「エルバート女学院よね」
「ええ。その時、私は“エトワール”だったから憧憬の眼差しをもらってばかりで。慕ってくれる女の子たちはたくさんいたけど、こうして私を呼び捨てにして平等に接してくれる友達と呼べる子は一人もいなかったの」
 
 ふっと視線をグラスに向けているなまえの長い金色のまつ毛を見つめる。
 “憧憬”その気持ちはよく分かる。彼女は類い稀ない美しさを持っている。だから、きっとそこに美しさ故の恐怖に似た感情があって気圧されていたのだろう。
 
「ふぅん…。こんなにも気さくで話しやすいのに。みんな勿体無いことしてるわね」
「ふふっ、嬉しい
「私もさ、ノジコがいたけど。彼女は友達じゃなくて家族で姉妹だから、ほらちょっとニュアンスが違うじゃない?」
「ええ。素敵なお姉さまよね、ノジコさん」
「うん。ノジコは私にとってずっとずっと大切な姉なの」
 
 チラリと写真縦に目を向けるナミの美しい横顔をなまえも目を細めて見つめている。
 ナミがベルメールさんの手を握りしめて、ノジコはにっこりとみかんを手にしている、まだ幼い頃の写真だ。大切なものだというのが、そのセピア色から伝わってくる。
 幼い頃の姉の姿を眺めながら、ナミはグラスを口につけた。
 
「あと……私が泥棒やってた時にね。カリーナっていう生意気な女の子がいたの。あんたと同じくらいの歳で、いつもお宝を奪い合ってたっけ…」
「カリーナさん…。綺麗なお名前ね」
「確かに名前通り、かわいい子だったけど、ほんっとムカつくのよ。私が狙ったお宝のほとんどをカリーナも狙ってたんだから! 全く、どうやってあの海賊の宝の存在を嗅ぎつけたのかしら…」
「それで、ナミとカリーナさんはいつも鉢合わせしてお宝を奪い合っていたの?」
「そうよ? 譲ってくれるどころか引っ掴んでくるんだから。泥棒猫、女狐なんて言い合ってやり合ったこと何度もあったわ」
 
 懐かしいあの日のことを思い出して、ナミはそっと口元に弧を描く。最後にあったのは──そう、あの拷問の末に死を覚悟した夜の西の海岸だ。海賊に挑発的な笑みを浮かべた月下の姿が今にも鮮明に蘇る。
 その一連の出来事を短く話すと、なまえは涙ぐんで「よかったわねえ」とハンカチを手に取った。そっと涙を拭く仕草に、「大袈裟ねえ」と笑ってみせる。
 
「…カリーナとはそんな泥棒仲間だったの。顔を合わせたら喧嘩するようなね。そして、彼女の他に同世代の女の子となんて関わる機会がなかったから……私もあんたが初めての友達よ、なまえ」
「わあ…本当?」
「ええ。まさか、私にこんな美女で才媛な親友ができるなんて少し前まで思いもしなかったけど」
「え、えへへ〜ッ。私もよ! こんなにも素晴らしい女の子が…私のしん…親友だなんて」
 
 ぽぽぽと顔を赤らめるなまえにナミもくすくす笑う。こうしてちょっぴり照れ屋さんなナミが素直に吐けるのは、お酒の力となまえの力があるからだろう。
 
 ナミの明るい笑い声を鼓膜で受けながら、なまえはほう。と息を吐く。
 改めて、これは奇跡だと思った。こんなにも広い広い海の中、外れの島の小さな町で偶然ばたりと出逢ったなんて──。あれから色々あったけど、ナミといる時間は海賊であり女友達であり、ずっと等身大の女の子でいれて、居心地の良さを感じていた。
「私ったら酔ってんのかも」なんてくしゃっと笑う彼女は華麗でオレンジのように眩しかった。
 
 (私の、親友……)
 
 こんなにも明るくて、光を纏っていて、真っ直ぐで優しくて。男の子には厳しいけれど、女の子や子供にとても甘いところがあって、才能があって、聡明で努力をしてきた故に自己肯定感がきちんと高い人。本当の強さを知っていて、それを持っている人。
 おまけに、とっても美人で可愛くってキュートでスタイルも誰よりも抜群だ。女学院にいたら同じく数百年に一度のエトワールになれたでしょう。と思うくらいの才色兼備な文句なしの女の子。
 
 (本当に……こんなにも美しい人が私の──)
 
 夢みたいな心地に、心がふわふわ〜とそよいでいる。これは、きっと酔いのせいじゃない。
 心から幸せだと、こんなにも気分が良くなるのね。ああ、とっても厳しい女学院の生活だったけれど、そのおかげでナミの隣にきちんと立てる女性になれているんだもの。
 やっぱり、あの日々には。先生方には感謝感謝だわ。
 昔の私のままだったら、きっとナミとは親友になれなかったし、ましてやこの一味に入ることだってできなかったはずだもの。
 
「…さっきから何一人で笑ってんのよ」
「え? ふふ…だって、改めてみるとなんだかとっても嬉しくて」
「なにが?」
「ナミと仲良くなれたこと」
「それで笑ってたの? なんか変なことでも考えてるのかと思ったわよ」
「まあ、そんないやらしい女じゃないわ」
「何それ、どういう意味?」
 
 顔を見合わせてまたくすりと笑い合う。
 
「私も髪伸ばしてみようかな。なまえ見てると長いのが羨ましい時があるの」
「わあ、いいわね! 今のナミももっちろん可愛いけど、長いのも絶対に可愛いわ! だってこんなにも美人なんだもの」
 
 あったりまえでしょ〜!なんてけらけら笑うナミにつられてなまえも大きく笑う。こういうところもとっても気持ちが良くって大好きだ。本当に“いい女”と称される女性だと思う。
 
「でも、私が美人なのは当たり前のことだけど。美女のあんたにそう言ってもらえると嬉しい。ありがとう」
「ふふ、あったりまえでしょ〜!」
 
 けらりけらり。深夜の女部屋に似つかない明朗な笑い声が空気を幸せに満たしている。
 隣の男子部屋にも二人の笑い声は届いたみたいで、むくりと起き上がったゾロとウソップは「まだあいつら話してんのかよ──」と大層驚いたそうな。
 
 
 END

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