しみ透る光

「ルフィちゃん。帽子のリボン、取れかけていたから直しておいたわ」
「おう、ありがとう!」
 
 お昼寝をしている時、船長が大事そうに胸に抱いていた麦わら帽子の朱色のリボンがひらひらと風に踊っていることに気がついて、夢の世界で冒険をしている船長を起こさぬようにそっと帽子を引き抜いたのだった。
 
 大切な大切な宝物である麦わら帽子に触れていいのは仲間だけ。
 眠っているルフィの表情は、一船の船長とは似ても似つかぬあどけなさと19歳という年相応の純粋さが全面に出ていて、なまえの頬も思わず緩んでしまった。それは、船長の可愛らしい表情だけでなく、宝物を取っても夢から醒めないことへの嬉しさもじわりときたから。ああ、この偉大な彼に信頼されているんだわ。と胸がくすぐったくなったのだ。
 
「ルフィちゃんの宝物なのよね、この帽子」
「ああ。おれが憧れてる偉大な男、シャンクスからもらった大切な帽子だ」
 
 さまざまな戦闘や冒険を超えて、強くなるたびに成長するたびに、麦わら帽子も汚れを増していく。それは勲章であり、きらりと輝きを放っている。
 なまえから受け取った帽子を頭にぽすんとかぶせて、にっと白い歯をみせて微笑する船長に、またなまえも自然と笑みを浮かべた。
 
 彼が笑うだけで、暗澹がからっと晴れて世界はひかりに包まれる。
 “太陽みたいなお方だわ”
 オレンジの町ではじめて会った時に抱いた彼への印象は、共に過ごせば過ごすほど陽だまりが強くなっていった。一体どれだけの人々と命がこの人に救われてきただろう。
 
「…なんだか、冠みたいね」
「かんむり? この帽子か?」
「うん。ルフィちゃんによく似合うわ」
「にししっ、王様みてェか?」
「うんうん。王様みたいよ!」
「そっかァ、王様みてェか〜!」
 
 だったら、マントもほしいよな! 王様といえばマントだよな!
 にっしっし、と楽しそうに笑って「なまえ作ってくれよ」と目を輝かせる。あんなにも強くて凛々しくて、大きな大きな力を持つ男の人なのにこうして振りまく表情は愛おしいくらいに無垢でやわらかく、あたたかい。
 
「王様みたいなマントは、ルフィちゃんが海賊王になったらプレゼントするわ」
「おう! あ〜楽しみだなァ。おれは赤が好きだから赤くてでっかくてかっちょいーマントがいいんだ。キラキラしててよ、海賊王らしいやつを頼む!」
「ええ、任せておいて!」
 
 ──夢の果て。
 彼は、海賊王になった夢の果てに何を望んでいるのだろうか。全てを知り、何を思うのだろうか。
 ふっと目を瞑ってみると、海賊王になって大きな笑みを浮かべているルフィが真っ暗な世界に鮮明に浮かぶ。王冠のような麦わら帽子を頭に乗せて、今と変わらぬ姿でにっかりと笑みを浮かべる。すると暗海な世界は徐々に光に照らされていく。悲しみも、苦しみも、正義を掲げているはずの世界政府が隠している問題も全て、ひかりに晒されて、きっと世界はひっくり返るのだ。
 
 この太陽のような男が世界をひっくり返して、海の王となるのだ。その未来がはっきりと見えてなまえはふわりと微笑をうかべた。
 
「ねえ、ルフィちゃん」
「ん?」
「私、あなたに出会えて本当によかった。ルフィちゃんの仲間になれて本当によかった…。私を見つけてくれて、仲間に誘ってくれて本当にありがとう」
 
 突然、そんなことを言われてルフィも僅かに目を丸めてみせたがすぐに大きく頷いた。
 
「当たり前だろ! なまえはおれの大事な仲間だ」
「ふふふ、」
 
 Dを持ち、かつての海賊王の意志を継ぐ者。
 夜明けの女神の生まれ変わりで、生きたロードポーネグリフだと比喩される者。
 二人の邂逅は、必然であり運命であった。
 
「お前が何であろうとそれだけは絶対に変わらねェ。心配すんな、おれたちが絶対に守ってやるから」
「…うん、ありがとう」
 
 なまえの居場所は此処だ。と強い瞳が訴えている。
 モコモ公国で明かされた“なまえが夜明けの女神”だったという事実。あまりにも衝撃で、そして不安の種がなまえの心の隅に芽生えてしまった。それはにょきにょきと芽を出し、不安に絡まっていく。
 『もしかしたら、この麦わらの一味にいられなくなるかもしれない。』
 そんな恐怖が全身を襲って魘されることもあったのだが、またしても最も簡単に船長がその芽を刈ってくれた。たった一言、強いことばで光を照らし、しっかりと手を握ってくれた。
 
 女神の力。というのが何なのかまだ自分でも全く分からない。これまで生きてきた19年間、そんな逸した力など使ったことも感覚を抱いたこともない。
 だからまだまだ疑わしい部分はたくさんあるが、もし、もし。本当にいつか女神の力を使うとなったら、この身がひかりの彼方に消えることになっても、船長を…大切な仲間を守りたいとおもった。
 それで船長を海賊王にさせられるのなら、本望だ。
 
 『ルフィちゃんは海賊王になる男よ』
 
 心のなかでそっと呟くと、透明な風がすうっと麦わら帽子をなびかせた。
 
 
 END.
 
 ルフィお誕生日おめでとう。21.5.5

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