朝に溶けゆくふたりのこと

「ん……」
 
 少し開いたカーテンから輝かしい朝日が差し込んで、薄暗い部屋を柔らかに照らしていく。
 
「……ふわぁ」
 
 その光にふと目が覚めたなまえは気持ちの良い微睡とともに身体に圧迫感も感じた。 ふと目を向けてみると、何も身に纏っていない自分の身体をしっかり抱きしめている大好きな逞しい腕が。
 共に夜を過ごした翌朝のこの体勢はもう当たり前になりつつある。
 もぞもぞ身体を動かして、ゾロから脱出を試みると回されていた腕により強く力が入り、彼が目を覚ましたのだと察した。
 
「おはよう、ゾロ」
「おう。……早ェんだな」
「ええ、目が覚めちゃって。 ごめんなさい、起こしちゃったかしら?」
「いや、たまたま目が覚めただけだ」
「うふふ、貴方は不器用なのに変なところで優しいの」
「何だそりゃ……ふあァ」
 
 明らかに起こしてしまったのに、そう答えるところになんだか私しか知らないゾロ≠感じてくすぐったさに見舞われる。
 まだ眠たいのだろう、あくびをするゾロに愛しさが芽生えて後ろから回されている腕にぎゅっと抱きついた。
 
「柔らけェ」
「もう……おバカ」
 
 逞しい腕に当たる重たい柔にゾロはちょっぴり嬉しそうな声色を見せるが、そこから襲おうとする気配は窺えない。
 なんと言っても、ゾロはなまえを溺愛していて命そのもの。彼女が嫌がるようなことは絶対にしない。
 
「身体は平気か?」
「ちょっと腰が痛いけれど、それだけよ。大丈夫」
「そうか。揺さぶり過ぎちまったもんな」
「そうよ? 2人きりだからって」
 
 昨夜、遅くまで深く激しく身体を重ねていた2人。 愛はたっぷりこれでもかというほどに込められているが、男らしく野生的でおまけに経験もテクニックも持ち合わせていないゾロに抱かれるのはとても激しく本能そのもので。
 それが彼らしくて好きなのだが、やはり身体に痛みが出てしまうことがある。
 ゾロもそこを把握しているようで、毎朝こうして細やかに気遣ってくれるのがまた幸せなのだ。
 
「こうしてゆっくりするの、久しぶりだな」
「ええ。最近奇襲とか航海が多くて中々だったものね。 ねえ、昨夜で私不足は解消できた?」
「あ? あれだけで出来るわけねェだろ。いくら愛でても満たされねェよ」
「んっ……もう、本当に私のことが大好きなんだから」
「あったりめェだろうが」
 
 徐々に目が覚めてきたゾロは後ろから強く抱きしめたまま、なまえの後頭部にキスを送る。大好きな金の色の髪の毛。珍しい方な髪色だが、2年前偉大なる航路(グランドライン)に入ってからたまに見かけるようになった。それでも彼女の金髪はゾロにとっては何よりも特別で愛おしいもの、美しく輝いてみえる。
 
「うふふっ」
 
 与えられるたくさんの愛につい笑い声を漏らしてしまう。胸が苦しいほどに惚れた男にこれほどにまで愛されて、幸せじゃないはずがない。
 ずっとこうしていたいが……10時までにはこの宿を出なくてはならないのだ。
 
「ねえ、ゾロ。 もう8時半だわ」
「それがどうした」
「このお部屋、10時には出なくちゃ。それにナミからもお昼までには戻るようにキツく言われてるわ」
「あー……そういやそうだったな。だが、まだ1時間半もあるじゃねェか。急ぐ時間じゃねェ」
「ゾロは男の子だもの。 それも身嗜みを全く整えない」
 
 ぎゅうぎゅう抱きしめて離そうとしないゾロになまえはちょっぴり唇を尖らせた。 男らしくよく整った顔しているのに、整えることをしないなんて勿体ないわ。と思うけれど──
 
「……うう」
「あ?」
 
 首だけ何とか後ろに回して、愛しい男を目に入れてみる。と、男らしい大好きな顔が超至近距離に映って、理解する前に胸が熱くなった。
 ああ、このお方が私の恋人なんだわ。こんなにもかっこいい男の人が──
 
「なァに照れてんだよ」
「──! だって、だって……貴方がカッコ良すぎるんですもの。 照れちゃうわ」
 
 身体を重ねた後、交えた素肌のまま後ろから抱きしめられながら眠り、翌朝こうして他愛のない短い会話をして。ふと振り返れば大好きな大好きな彼が目に。
 もう恋人になってそれなりに時間も過ぎ、彼だということが当たり前になりつつあるのだが、こうふとした時に、こんなにもかっこよくて素敵な惚れた男性に愛されているなんて何て素敵なことなのかしら、かっこよくて可愛くてたまらないわ。とぎゅんぎゅんする。
 
「そりゃこんないい女に言われると嬉しいもんだが、今更過ぎるだろ」
「なんだかね、ふと感じるのよ。ゾロ、あなたはとびきりカッコいいわね、大好きよ。愛しているわ」
「へェ、今日はメロメロだな」
 
 彼女からの愛ももっちろんひしひし伝わってくるし、心から惚れてくれてんだな。と自覚はとてもあるのだが、自分の方が愛がやはり大きいようで。
 だから、こうしてなまえがメロメロになってくれているのが目に見えて分かるのは心が踊ってしまう。 もちろん、いつもなまえからもこうして言葉や態度でたっぷり伝えてくれるのだが、今日は一段とそれを感じる。
 
「ゾロ〜〜えへへ、大好き」
「……」
 
 振り向いたまま、なまえから触れるだけの柔らかなキス。 甘くてふわりと上品なローズの香りが鼻腔をくすぐる、ゾロにとってなによりも愛しい匂い。
 可愛い……。なんて思いながら、受けていると驚く展開に。
 キスをして高まったのだろうなまえがゾロの薄い唇を割り、ぬるりと温かな舌を差し込んだのだ。少しだけ絡めてゆったりと離すが、この様子はなまえのおねだりだ。
 
「……ゾロ」
「ほお、朝っぱらからお前の言うエロいキスすんだな」
「してほしいの」
「ああ。分かってるよ」
 
 くるりとこちらに身体を向けて、甘えるように逞しい身体にしがみつく。 ああ、本当に愛しくてたまらねェ。
 なまえをよく見ているゾロだから、してほしいことや言葉や態度の裏に隠したものがよく分かるのだ。 こんな可愛いおねだりを断るわけなく、今度はこちらからがぶっと噛み付くような野性的なキスをくれてやるとなまえはすぐにとろんとおちた。
 
「ん……っ、」
「なまえ……」
「ゾロ、だいすき」
 
 キスとキスの間に告げられるなまえからの甘い言葉。昨夜、朝方まで散々もらい与えたものだというのに何故足りないのか。それは言うのも貰うのも同じだ。これほどにまで膨らんでしまった愛というものは、完璧に伝えるのは無理なのだろうか。
 あたたかな舌を身体を感じながら、幸せに満ちたまましばらくキスを交わしていたのだが──
 
「──あっ!」
「……あ?」
 
 突然、なまえが顔を離して短く悲鳴に近い声を上げた。 ゾロも少し驚き、彼女との熱いキスのせいで濡れた唇をそのまま互いに見つめ合う。
 
「なんだ、いきなり」
「大変だわ! 時間忘れちゃってた」
「時間? ああ……まださっきから20分くれェしか経ってねェが」
「くらいじゃなく、20分も経っちゃったわ! 大変、はやく準備をしなくちゃ!」
 
 ばっと身体を起こしたなまえは、きょとんとしたままのゾロの前に座りもう一度、ベッドサイドに置かれている時計に手を伸ばして時刻を確認する。 何度みてももう少しで9時だわ。大変だわ。
 
「結局準備するのかよ。 このままもう1発と思ったんだが」
「そんなに抱かれたら身体が持たないわよ。私はか弱いレディなんだから」
「か弱いレディねぇ……」
 
 巻きついているゾロの太く重たい腕を払うと、力なくそれは温もりが残る柔らかなシーツの上にどさっと落ちた。 シーツに染み付いたなまえの体温まで愛しいと感じてしまうのは、もう仕方がないことだ、目を瞑ってほしい。
 
「とりあえずさっとシャワーを浴びてくるわ。待っててね」
「おれァ寝てるぞ」
「ええ。また起こすわ」
 
 横向きで横になって肘をついてるゾロの頬にちゅっと小さくキスを落とすと、なまえは布団からするりと抜けて真っ裸のまま隠すことなく鼻歌を歌いながらシャワールームへ向かっていく。
 
「……」
 
 真っ白で程よく肉ついている柔らかそうな肌に大きな胸にとてもよくくびれた腰にふっくらとしたお尻。何度みても色っぽく、目が惹かれてしまう。最初は目のやり場に困ったものだ。
 シャワールームに入る前になまえは髪を纏めながら、ゾロの方に顔を向けた。
 
「ふふっ」
 
 目を細めて美しく笑うなまえにどきんと胸が高鳴る。 シャワールームに足を伸ばし、姿が見えなくなるとじわり愛が溢れる。それにプラス寂しさも。
 ガキか、おれァ。と情けなさを感じる。だが、それほどにまでなまえはいい女だから。
 
「ふう〜ただいま
「へェ、随分早かったな」
「ええ、超スピードで洗ったのよ」
 
 いつも長風呂ななまえがたったの15分程度で上がってくるなんて、正直驚きだった。まあ、これも愛し合いすぎて時間を忘れてしまったせいなのだが。
 バスタオルに身を包み、濡れた髪を乾かしながら、なまえはドレッサーの前に腰を下ろす。
 浴室で保湿してきた顔に日焼け止めやクリームを塗っていき、薄くお粉を叩いてからメイクに入る。
 
「……めんどくせェな、そりゃ」
「え? ああ、お化粧? そんなことないわよ。お顔に色を乗せていくのってとびきり楽しいわ」
「ふ〜ん……そんなことしねェでも綺麗だがな、アリエラは」
「まあ……えへへっ」
 
 チークで頬を染めていた手を止めて、鏡の中のゾロに目を向ける。 あまり口にしないが、こうしてまっすぐ告げてくれることもあるゾロ。それが嬉しくて、もっと綺麗に可愛く色っぽいレディにならなくては。と思わせてくれる。
 それから睫毛にマスカラを丁寧に塗り、最近ナミとハマっている偏光ラメのアイシャドウをまぶたに煌めかせ、仕上げにピンクレッドのリップを塗る。
 
「うふふ、今日もとびきり美しいわ」
 
 なまえだって自分の美貌には気づいている。そのせいで嫌な思いもたくさんしてきたし。
 だから、海賊になって自由になれてようやくこの顔が好きになれたのだ。 にっこり微笑むと、鏡の中の自分も美しく微笑みを浮かべた。 鏡の中の私のずっと後ろのベッドで横になったままのゾロはじっとさっきから見つめっぱなし。
 
 なまえはそれに気が付きながら、ピンクゴールドの小さなピアスをつけて乾いてきた髪の毛をシニヨンに結い上げる。
 
 (器用なもんだな……)
 
 髪を編んで後ろで綺麗にひとまとめに、なんて自分には絶対に無理だろう。なまえの髪の毛を何度も触ってきたが、つやつや絹のようなそれはするりと指から抜けてしまいそうだったから余計に。
 赤色のドライフラワーが埋め込まれたバレッタをつけると、そのまま立ち上がりゾロが見てるにも関わらず何の躊躇いもなくバスタオルを剥ぎ取った。 水分が消えた肌に下着をするりと通し、着てきた白いワンピースをすっぽりかぶる。
 
「はい、完成
 
 くるりとターンするなまえに少し遅れてバルーンスカートの裾がふわりと揺れた。
 いいところのお嬢様のような彼女からは先ほどの色気と妖艶は想像もつかない。 そういったなまえが見れるのは、世界中自分だけだと思うと気分もいい。
 
「キラキラした花みてェ」
「ありがとう。 ゾロ、あなた用意する私に釘付けだったわね」
「……」
「うふふ、ばればれよ」
「…チッ」
 
 ついつい目が離せられなかった。
 何もしないでもあんなにも美しい女がまた更に輝きを乗せていくのだから。
 二度寝しようと企んでいたが、この女が内側から放つ光に眠気だってぶっ飛んでしまった。
 
「ほらゾロもはやく〜! もう15分前よ?」
「おれァ、服着りゃもう終わりだ。1分もいらねェよ」
「もう……あなたらしいけれど、呆れちゃうわ。お顔も洗わないだなんて」
「チョッパーが言ってたぞ、顔を洗いすぎると乾燥するんだってよ。 なまえはちと洗いすぎだろ」
「トニーくんの言ってることは正しいけれど、あなたは洗わなさすぎだわ」
 
 ゾロの生活力の低さはもう何を言っても改善されないだろうけれど。 呆れたり、むっすりしてみせるがなまえは密かにそんな野性的な彼が彼らしくて好きだったりする。
 愛の力って怖いわ……。 とゾッとするけれど。
 
「おら、着替えたぞ」
「……ふふ、今日もとびきりかっこいいわ」
 
 腹巻を潜めたいつもの緑のローブに赤い腰布を巻き、深緑の長ズボンと長ブーツを身につけたゾロ。
 変わらないこの姿が、愛おしい。 ホテルのスリッパから高いヒールに履き替えたなまえは少し背伸びをしてゾロの唇を奪った。
 
「おいコラ、紅がつくだろうが」
「きゃ〜かわいい
「てめ、わざとつけやがったな」
「うふふっ」
 
 ついちゃった口紅を手の甲で拭うゾロだが、その表情は愛しさに満ちていた。
 
「ねえ、ゾロ。 手を繋いでいきましょう
「あ? ああ、好きにしろ」
 
 恥ずかしがると思っていたけれど、ゾロは意外にも好きにしろ。と許してくれる人だった。
 まあ、いちいち人の目を気にするタイプではないし評価や噂も興味がないと知らん顔だし、そこからくるものなのだろうか。
 
「忘れ物してねェか?」
「ええ、大丈夫! きちんとバッグにつめたわ」
「じゃあそろそろ行くか」
「ね〜ねぇ、私お腹減っちゃった。 船に戻る前にカフェに寄りたいわ、いいでしょう?」
「酒は?」
「ないわよ」
「ねェのかよ」
「昨夜、あんなに飲んだじゃない」
「そりゃ昨日の話だろ。今日はまだ飲んでねェ」
「もう、おじさんみたいだわ。まだ21歳なのに」
「歳は関係ねェだろ」
 
 なんて、仲良くお話しながら部屋をあとにする2人。 忙しく戦いが続いた中のささやかな愛の休息時間。
 たっぷりたっぷりコイビトを堪能したゾロとアリエラはきらきら輝いていた。
 
 
 END.

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