燦爛たる花遊戯

「ん? 何だ?」

両手に大きな紙袋を4つ下げているサンジが足を止めたのは港に面して立っているこの街の掲示板。アルバイトの募集やオープンしたお店の情報など日常的な情報の紙が乱雑に貼られている中に、でかでかと美しい文字で見慣れない単語が並んでいた。

「花火大会?」

やけに目を惹かせる存在感のある広告の4文字。
もちろん、サンジもこれまでに何度か花火は見たことがあるがそれは数えられるほどの回数だ。 お客がいるバラティエの船上で放つわけにもいかなかった為に、たまに付近の海原に停泊した海賊達が宴でもしていたのだろう、静かな夜空に飛ばしたあの雑な出来なものしか拝んだことがない。

「へェ、花火か……」

無事に雪山を抜けて訪れたこの島は中規模な貿易を営んでいる中々賑わっている場所だった。
街と人口を見る限り、恐らく立派な花火が上がるだろう。そこまで頭を回転させると、次に浮かんでくるのはやっぱりレディこと。

「花火大会、祭りと言や浴衣!! うお〜〜ッ!ナミさんとなまえちゃんの……っ!」

和服には馴染みのない東の海(イーストブルー)でも祭りには浴衣という結びつきは一応備わっている。
キュートなナミとラブリーななまえの浴衣姿はそれはもうたまらないだろう。想像してみただけで、幸せ気分。

「こうしちゃいられねェ! 早速ナミさんとなまえちゃんに知らせねェと!」

ぜひ一緒に屋台をまわって花火を愉しみたい。 サンジは妄想と興奮に目をハートにしてご機嫌に掲示板の前をあとにした。

向かう場所はとりあえずGM号。 ルフィはアーロンの件で賞金首になってしまったが幸いにも手配書が出回ったのが数日前の朝刊なためにまだそこまで名と顔が広まってはいない様子で、いつものごとく真っ先に飛び出してしまった。

そして、船長のみならずウソップとナミとなまえもそれぞれ自分の目的のショッピングをしに街へと繰り出している最中。この街は中々に広いため、船で別れてから一度も会っていない。

「食糧も早く冷蔵庫に入れねェとな」

サンジはいつものように、自分の仕事でもある食糧調達のためにこうして街に赴いていた。船員(クルー )の体調管理、体力作りはコックである自分の大切な役目。
自分の手で船員(クルー )全員のそれらが左右されてしまうから、もちろんレディには消費期限等、細心の注意を払っているという差はあるがこれには男女関係なく全力で取り組んでいる。おまけに自分達は海上でお尋ね者という過酷な生活をしている身、絶対に気を緩めることはサンジ自身が許さないことだ。そこに何よりコックとしてのプライドを持っている。

両手いっぱいにさげている袋は全てパンパンで中身はもちろん食材のみ。 うちの船長も剣士もよく食べるため得た金のほとんど食費に費やされているがそれでもかなりギリギリなもの。
サンジは毎度島に着くとナミから手渡されるお金と店々に並ぶ食材と値札を交互に睨めっこしてなるべく良質な安い食材を手に入れることに勤しんでいた。今回もそれは無事に成功し、こうしてたっぷりと買い込むことが出来たのだ。
通常ならこれほどあれば、1ヶ月は持つのだが──やはり巨大な胃袋を持つ船長がいる船では持って1週間。頭を悩まされる。

そんな思考をしながらGM号に戻ってみる。 梯子を登って静かに甲板に降り立つと、一応声を上げた。

「おう、戻ったぞ。誰かいるか?」

だが、シーンと返事が返ってこない船内。いつもいつも留守番なゾロも今日は珍しくふらりと島に足を運んでいたことを思い出す。

「なんだ、誰も戻ってねェのか」

ナミやなまえにはもちろんだが、仲間で共有するのも楽しいもの。誰かいたら教えてやろうと思っていたのだが……いつも賑やかなGM号の中は航海中では考えられないほどに不気味なほどに静かだった。

「誰もいねェとこんなに静かなのか……」

甲板で立ち止まっていたサンジだが、その静けさが何だかむず痒くて急ぐようにラウンジへと向かっていく。
こんな静かなのは初めてではないだろうか。バラティエに入ってからは感じたことないくらいの静けさ。それがどこか居心地が悪かった。

ラウンジに入ると、新鮮の内に下処理が必要な食材の下ろし作業に入り手早く済ませると、それらを丁寧にラップで包み冷凍庫に突っ込んだ。
これでコックとしての仕事はとりあえずは終了だ。
サンジは手を洗ってエプロンを脱ぐと、今度は荷物無しの身軽なまま町へと繰り出していった。

美しさにこだわっているのが伝わってくる、赤煉瓦造りを基調とした町風景。 のどかな町が多い東の海(イーストブルー)では都会に分類されるこの町は、観光客も多くやはり人を探すのは一苦労だ。

「ナミさんとなまえちゃん、やっぱいねェな」

お店が立ち並ぶ通りを見渡すと、あちこちにあらゆる美女がいるがお探し中のレディではない。
やっぱり都会は美女が多いなぁ〜。と鼻の下を伸ばしつつも、しっかりオレンジの髪とピンクがかった金髪の美少女2人を頭に入れて歩いていると、ふと視界に珍しい髪色が飛び込んできた。

「ん?」

それは、ピンクがかった金髪……ではなく、まりもを彷彿とさせるどこかムカつく緑色。 そう、よりによって見つかったのが珍しく船から降りたゾロで。サンジはげんなりして肩を落とす。

「……ん?」

キョロキョロして歩いていたゾロもまたすぐに目の前の金髪に反応した。 それは、惚れている女に似た髪の色だからだろうか。
サンジの方が濃い純な金髪なのだが、それでも同じ金。どうしても反応してしまう。

「チッ、何だまりもか」
「ああ?」

会った瞬間に舌打ちをされてうんざりした声を上げるサンジにゾロも立ち止まり、眉をひそめる。
だがまあ、今にはじまったことではない。
突然嫌味を吐かれたゾロも「そりゃこっちのセリフだ」と言い返してやった。

「ナミさんとなまえ様にお会いしたかったってのに! 何でよりによっててめェなんだよ!」
「ああ? あいつらならさっき会ったぞ」
「何ィッ!?」

ものすごい食いつき様に、ゾロはちょっぴり退いてしまう。 彼がナミとなまえを崇拝し、またなまえには自分と同じく惚れていることももちろん知っているが、それにしても驚きすぎだろ。

「花火大会に行くんだと。だからか? 機嫌良かったな、あいつら」
「えっ……花火……」

ゾロからその名を聞いた途端にサンジはぴたっと固まってきょとんとした目を向けた。
ナミさんとなまえちゃんはやっぱり知っていたのか。そして機嫌が良いということは祭り用におめかしをしてもらうからではないのか?
先程、期間限定出店と垂幕を掲げていた小さな店を通り過ぎたことを思い出す。ちらりと目で追った店内にはたくさんの浴衣が並べられていて色んなレディが中でそれらを手に取っていた、恐らく祭り用に出された着付け屋さんだろう。

「じゃあ、お2人は……浴衣を……っ
「浴衣?」

目前のゾロのことは見えていないのだろう。サンジはすぐにそこに結びつき語尾に高まりを添える。 
2人は海賊だが、おしゃれが好きな年頃の女の子。それはもう、珍しい浴衣を着たいに決まっている。極めて美少女な2人のその姿にサンジはますます燃え上がっているのだが、ゾロはそれとは正反対な態度を見せていた。腕を組んで、眉をひそめている。

「この暑い中、浴衣着て喜ぶか? ありゃ意外にも暑ィんだぞ」
「てめェはほんっとロマンのねェ奴だな。 なまえ様の浴衣姿だぞ、拝みたくねェのかよ!? ああっ……女神のようにお美しいんだろうなァ、ナミさんになまえちゅわんっ」
「……暑苦しい野郎だな」

想像して目をハートにしているサンジのレディへの愛。ゾロはまだまだ慣れはしない。
女に対して鼻の下伸ばすなんざ軟派で情けねェ野郎だな。と思うのだが、サンジが言ったことに少しばかり反応してしまったのは事実。
自分も同じくなまえに惚れている。 惚れた女の浴衣姿、興味ないと言えば嘘になるのだが……。

「(コイツらに見せるってのが気に食わねェ……)」

当然のように浮かんだ感情に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、自分自身に驚愕した。
まだ自分の女にもなっていない相手に対して、何て独占欲を抱いているのだろうか。
なまえはサンジと仲がいい。もしかしたら、この先こいつらは──。 

そこまで思案して、ふと我に返る。
欲しいものには手を伸ばすタチで、なまえにもそのうちこの想いを告げるつもりだが、チラつくのはなまえの想い。 どうにか彼女を自分の女にしたいのだが、それと同時に彼女の幸せを願っている自分がいて。
こんなにも惚れたで大事な女。幸せになってほしいとそこは素直に思う。だから、無理になまえからサンジへの気持ちをねじ曲げるのは──。

最近ゾロを悩ませている問題。またかよ、情けねェ。と小さく舌打ちをして思考を飛ばした。

「ああっ、こんなところでまりもに構ってる暇はねェ! おれも祭の用意をしねェと!」
「てめェから話しかけてきたんだろうが」

猛スピードでGM号を停めている海岸へ走っていく騒がしいコックにゾロは呆れつつも、その後ろ姿をただぼーっと見つめている。

「花火大会ね……」

夕方が近づくにつれ、徐々に賑わいつつある町。
カランカラン、と下駄が地に掠れる音はゾロにとっては懐かしく感じるもの。 ちらりと目を向けて見ると、綺麗に髪を結い華やかな浴衣を身に纏った若い女の子2人が楽しそうに歩いていて。

この音を立てながら歩くなまえを無意識のうちに想像をしてしまう。

「あの女は顔が派手だからあんまり柄がねェ方が映えるかもしれねェな。」なんて考えたところで、サンジに似た思考回路に途端に小っ恥ずかしくなってゾロは拳を握りしめてずんずん、行くあてもなく歩き始めた。

あたりはもう幻想的なオレンジから、ラベンダーを帯びた薄闇へと姿を変えはじめていた。

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