adoration

 今日はなまえにとって特別な日だった。
 “特別”になったのはごく最近のことだが、それでもこれほどにまで愛しく感じる日は他にない。
 彼は果たして今日≠意識しているのだろうか?
 一味でも特に、イベントや行事ごとに疎い彼が──。
 なまえはそんなことを思案しながらも、彼がいる見張り台へと足を運ぶ。
 本来ならば、今日の不寝番はナミだったのだがここ最近ローテーションをゾロにバレないようにそれとなく理由をつけて変えてもらい、今日この日付が変わった瞬間彼が1人で見張り台にいるように仕組んでいた。その小さな計画を知っているのは、ナミとロビンとサンジだけ。なまえはもう一度、心の中で礼を言いひょっこりと顔を覗かせた。
 
「こんばんは、ゾロ。ご機嫌いかが?」
「おう、なまえ。お前、随分慎重に登ってきたな」
「あら、バレていたの?」
「なまえの音だ。すぐ分かる」
 
 海賊であり剣士なゾロは普段から些細な音や気配を察知することに長けているが、相手がなまえだとそれがより発揮されるみたいだ。
 言葉ではなく、こういうところに心から愛されているんだわ。と頬が緩む。
 
「ゾ〜ロ
「ん?」
 
 可愛らしく名前を呼ばれて、ゾロは口をつけていた酒瓶を離し彼女に顔を向けると、ちょこんと腰を下ろしたなまえに両手で頬を包まれ口付けを落とされた。
 もう、随分と堪能してきたなまえの柔らかくてふわりとした唇は何度重ねても未だに胸を熱くさせる。目を開けたまま、彼女からの長いキスを受けぼんやりと胸に愛が溜まっていくのを感じるゾロ。
 
「…珍しいな、こう突然」
「うふふ、愛しくてたまらないの」
「へェ。…確かに頬がだらしねェ」
「もうっ、いじわるね」
 
 こちらにきゅるんとした愛をたっぷり含めた表情を向けているなまえ。可愛くて可愛くて仕方がないからこそ、ゾロは意地悪を言って平常心をなんとか保たせるのだ。
 
「私からのキスはとっても嬉しいでしょう?」
「おめェのは甘ェな」
「ん……ゾロが、激しいだけだもの、」
「だが、悪くねェ。好きだ」
 
 なんて、いつものようにがぶっと噛みつくようなキスをしながら、なまえの顎を掴み超至近距離で告げるゾロ。この人はあざといわ…と悪態つきたくなってしまう。ひとつひとつの動作に胸がドキドキして仕方がないのは、お互い様だった。
 
「ところで……そりゃ何だ、なまえ」
「え……?」
 
 愛を囁かれ、激しいキスにくらくらふわふわしているなまえの頭を優しく撫でながら、気になっていたものに目を向けて尋ねるゾロに、まだ上手く頭が回らないなまえはふにゃんとしたまま小首を傾げる。
 ああ、蕩けてんな。
 簡単に落ちてしまうなまえにゾロは喉で笑いながら、ぽんぽん頭を優しく撫でる。
 
「あ……もう見つかっちゃったわ」
「そりゃ目につかねェサイズではねェからな」
 
 ゾロが気にしているのは、なまえが背中に隠しながら持ってきた大きな白いビニール袋。それとは別に、サンジが作り置きしていた2人分の夜食がバスケットにぎっしり詰まっていた。ゾロの分は大きなおにぎり、なまえの分は野菜たっぷりなサンドイッチ。それぞれの夜食の定番となっているものだ。
 サンジは何も言わずにこれを用意して、そっとなまえの目のつく場所に置いていてくれていたのだ。本当に彼の心遣いと優しさには頭が下がってしまう。
 
「ゾロ…。今日何の日か知っている?」
「今日? さァな。何日かも知らねェ」
「……そんなことだろうと思ったわ」
 
 なんとなく予測はついていたけれど。それでも、ゾロの誕生日への執着の無さになまえはぷっくりと頬を膨らませてみせる。
 
「今日はね、11月の11日よ。私の愛するお方がこの世に誕生してくれた大切な日」
「…ん? あァ、もうそんな時期だったか?」
「何月かさえも分かっていなかったのね、ゾロったらカレンダーをみていないの?」
「あァ、見てねェ。日付が分からなくとも生きていけるしな」
「……ふふ、そうね。ゾロらしいわね」
 
 相変わらずな様子に今では彼らしさを感じて。なまえは頬の空気を抜いて、くすくす可愛らしく笑う。
 ああ、こんな彼もまた大好きだわ。
 
「だから、そのお誕生日プレゼント第一弾よ お誕生日おめでとう、ゾロ!」
「すっかり忘れてたが……なまえに祝われるのは嬉しいモンだな。ありがとう」
 
 にっこり綺麗に微笑みながら両手で渡された愛しい女からのプレゼント。ゾロは先程の愛の言葉を思い返しながら、つい緩んでしまう頬をそのままに受け取る。随分と重みのあるものだ。袋に包まれてまだ分からないが、中身は長方形の木箱だというのは手触りでなんとなく察する。
 
「空けていいか?」
「ええ、もちろん! あけてあけて
 
 中身を知っているなまえなのに、まるで自分がプレゼントを貰ったかのように嬉しそうにわくわくに満ちた表情をみせる。まだあどけなさが残るなまえを心底可愛いと感じながら、ゾロは袋の中に手を伸ばす。
 
「重てェな。よく持ってこれたな、お前」
「海賊なのよ。そのくらいどうってことないわ」
「そりゃ頼もしいモンだ」
「信じてないわね?」
「信じてるよ。出会った頃は心はともかく、見かけがお嬢なお前が海賊なんか出来るのかと不安だったが、意外にも体力もあるしな。今ではすっかり頼りになる船員(クルー)だよ」
「…! 本当? わあ、ゾロからそう言っていただけるのってとっても嬉しい…! もっと自分に出来ることを精一杯頑張るわ!」
 
 小さくて一見おっとりしてそうななまえだが、体力も身体能力も高く、まあ力はない方だがゾロが背中を預けられるほどにしっかり戦える船員(クルー)だと認識はしている。
 それが嬉しくてなまえはもっと自分磨きをしなくちゃ、と拳に力を込める。
 その間、ゾロは袋の中からプレゼントを取り出して、彼のイメージカラーでもある緑色のラッピングをゆっくり開けていく。性格上、雑に破くタイプだがこれはなまえが包んでくれたものらしい。悔しくて情けないが、こういう部分にまで愛しさが募ってしまっていて、丁寧に開けたくなるのだ。
 
「えへへ。可愛い」
「うるせェ」
 
 それはなまえにも伝わっているみたいで。
 彼女もくすぐったそうに可愛らしい笑い声を漏らしている。この世で唯一可愛くて仕方のない音を耳にしながら、ゆっくりとラッピングを剥がし終えたゾロ。包まれていたプレゼントの中身は本当に長方形の大きな木箱だった。気品漂うクリーム色の美しい板面にはゾロもよく知る酒の名が筆文字で豪快に記されていた。
 飲んでみたいとずっと願っていた強い酒。偽物がまわるほどの代物だが、これにはきちんと金印が押されてあり紛れもない本物だった。
 
「ヘェ…! こりゃ随分上等な酒じゃねェか、どうしたんだ?」
「だいぶ前に2人で町の酒場でご飯した時に、飾ってあったこのお酒飲んでみたいって言ってたでしょう?」
「あァ。確かに言ったが……独り言みてェなもんだったろ。よく覚えてたな」
「だってゾロのことだもの。お気に召していただけたかしら?」
「当然だ。ありがとう、なまえ」
「…いいのよ、だいすき…
 
 飲みたかった酒の中でもゾロの大好きな辛口なものだ。酒の好みもばっちりもう把握されていて、つい頬が緩む。
 この極上の酒を愛しい女が特別な日にプレゼントしてくれたのだ。ゾロの胸は高まり踊っていた。そして、なまえも真っ直ぐに嬉しそうに顔を輝かせて礼を言うゾロが可愛くって可愛くって。愛しさにきゅーんと胸を締め付けられていた。
 
「飲んでもいいか?」
「ええ、どうぞ。ゾロったらお酒を漁るから、冷えてはいないけどね」
 
 涼しい場所で保管しておきたかったのだが、ゾロはたびたび酒漁りに走るから、女子部屋のバーカウンターの奥に隠しておいたのだ。ゾロや他の男性陣が、女子部屋に入ることは余程の緊急事態でもない限りまず無いため。
 
「冷酒もいいが……こりゃ常温でも十分イケるもんだ」
「うふふ、ならよかったわね」
 
 それでも、こうぱあっと可愛らしい笑みを見せるゾロに本当にお酒が大好きなのね。と愛しく感じる反面、少しばかり嫉妬を憶えてしまう。酒を豪快に開けて流し込むと、また美味しそうに唸って笑顔を作る。もう、大好きでたまらなくて、なまえは思わずゾロに抱き着いた。
 
「おい、コラ。いきなり抱きつくな」
「ごめんなさい。でも、またプレゼントしてあげるわ」
 
 なまえからの突然のハグに大きく腕を揺らしたゾロ。その衝撃に酒を少し溢してしまった。それになまえも気がついていたため、詫びたのだがどうやら少し違ったみたい。
 
「そうじゃねェ。溢れちまった分はもったいねェが…お前の頭に酒瓶が当たったら危ねェだろうが」
「……優しい、ゾロ」
「…大事にしてェんだ。気ィつけろ」
 
 もちろん、海賊だから怪我や負傷は避けられないのだが、だからこそゾロは自分からは絶対になまえを傷つけたりしないと心に決めている。それは剣と一緒だ。大切なものには絶対に一切傷一つつけない強い剣。
 なまえもゾロの気持ちを、大切にされていることを嫌と言うほどに知っているがこうして改めて口に出してくれるとくすぐったくて。分厚い胸板に顔をうずめる。ゾロの匂い、大好きな彼の愛しいもの。
 
「ゾロは言わないの?」
「何を」
 
 胸に顔をくっつけたまま、尋ねると彼の男らしい低音が頭から全身に響いた。それにまたぎゅん、と愛しさが疼く。
 
「プレゼントはなまえがいい。って」
「あァ、言わねェよ。お前はもうとっくにおれの女だからな。……だが、そっちでの意味ならそうだな。なまえも欲しいところだ」
「もう……」
 
 さらりと言ってくれる言葉、それから続いた大人なものになまえはちょっぴり頬を染めたが、お誕生日だからこちら側から誘うつもりだった。なまえの反応にゾロも察しがついたらしく、ほお…。と片眉を上げてニヤリと不敵に微笑む。
 
「へェ、抱いていいのか」
「だって、お誕生日だもの。…頑張ってあげる
 
 なんて、上目遣いで微笑むなまえは小悪魔だった。この女はこういうところがある、小悪魔にあざとく翻弄する。
 ゾロは引っかかってたまるか、と心をしっかり持つことを心掛けているのに悔しいことに毎度ながら見事にぐわっと心臓を掴まれやられてしまうのだ。何とか耐性をつけねェと、と思うがその努力も無駄に終わるのが目に見えている。
 だって、この世で唯一愛しく感じるこの女にだけは一生勝てる気がしないから。惚れるが負けとはよく言ったものだと感心すらしてしまう。
 
「素敵なお誕生日の幕開けになったかしら?」
「おう。世が羨むほどの女を独占して上等な酒を飲んでんだ。これ以上はねェな」
 
 今日の夕方あたりからゾロの誕生会としての宴も繰り広げられる。それを含めて、ゾロは楽しそうに嬉しそうに笑っている。この人がこうして幸せそうに過ごしているのが、なまえにとって何より嬉しくて幸福なことで。自分のことのように、いやそれ以上に嬉しい。じわりと胸に火が灯る。
 
「お誕生日おめでとう、ゾロ。貴方がこの世に生を享けてくれたことに誰よりも、心から感謝するわ」
 
 もう一度、深く口付けを落として甘く美しい声色のリボンを結んだプレゼントを彼に囁いた。
 
 END.
 


 2020.11.11
 ゾロのハッピーバースデー
 タイトルは11月11日の誕生花、白椿の花言葉から。



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