月の沈む深海

「ねえ、ゾロ。私が憧れているもの、何か知っている?」
「憧れてるもの?」
「そう。何だと思う?」
 
 夏島海域特有の焼けつくような日差しの中、ひとつに結んだウェーブかかった金髪を揺らしながら尋ねる愛しい女の透明が鼓膜を揺らす。ゾロはふと目を開けて隣で浮かんでいる彼女に顔を向けた。あまりにも暑いから、GM号とロープを結び海にビニールプールを浮かべて2人水遊びをしている最中。なまえは能力者なため、浮き輪でぷかぷか浮いたりたまにプールの端に座ったりして能力者なりの楽しみ方で満喫している。
 
「さァな。ああ、魔女か?」
「魔女?」
「魔法使いてェんだろ。よく言ってるもんな」
「ふふ、魔女にもなってみたいけど」
 
 常識ではあり得ないものだったり不思議なものを見ては、魔法かしら?と目を輝かせることをゾロは知っている。
 質問の答えに自然とそのなまえが浮かんでくるくらいに随分と時間を共にしているのだと感じられて、不覚ながらも頬が緩んでしまうのだ。だが、残念ながら外れのようだが。
 
「そうね、魔女は2番目かしら? それよりもなりたいものがあるのよ」
「分からねェな。何だ?」
「ゾロでも私のことで分からないことあるのね」
「そりゃそうだ。だから教えろ、知りてェ」
 
 最近はやけに素直になってくれることが多くなったゾロ。上向けに浮かんだまま真っ直ぐ強い瞳に見つめられたら動けなくなってしまう。それは、恐怖からではなくその内側から温かい愛を感じるから。目を合わせるだけで、この人から寵愛を受けているのだとじんわり伝わってくる。その度に幸せになれるの。おまけに、なまえのことなら何でも。という部分が隠されて見えて余計ににっこりしてしまう。
 
「私ね、小さな頃に絵本で読んでからマーメイドに憧れているの」
「マーメイド……あァ、人魚か」
 
 あまり聞きなれない単語を結びつけることに僅かな時間が空いてしまったが、彼女の憧れに対してはなるほどな、とすぐに頷けた。
 
「あのピチピチな尾びれで海を自由に泳いでみたいのよ。とっても気持ちいいはずだわ」
「だったら、お前は芸術家なんだ。自分で作った尾びれつけて浮き輪で海に浮かべばいいだろ」
「まあ、そういうことを言ってるんじゃないの!」
 
 全く的外れなことを言うゾロになまえは膨れっ面。こういうムキになって膨れるところは少女のままで、無垢で可愛い。ゾロの好きなところでもある。喉で笑いながら、なまえの頬を指で突いてやった。
 
「そう膨れるな。冗談だ」
「お顔が本気だったもの」
「人魚になる方法はそれしかねェだろ」
「…そうだけど〜。あ、でもここは偉大なる航路 (グランドライン )だもの! どんなお願いでも叶う願い玉とかがあるかもしれないわ
「あァ。そりゃ随分と夢物語だな」
「あら、だって何が起こるか分からない海じゃない。ないなんて言い切れないでしょう?」
「まァな。そりゃとんでもねェ額がつきそうだ」
「うふふ、ナミが見つけたら大興奮するわね」
「違ェねェ」
 
 想像つく航海士の目をベリーに変えた姿に2人、顔を見合わせて笑い合う。
 
「だがまァ、なまえなら似合うだろうな」
「え……似合う?」
「あァ。人魚ってのは美しい生き物なんだろ」
「あら……」
 
 驚くほどに意外な発言だが、人魚と美はあまりにも有名な話だからさすがのゾロでもそういう認識は持っているのだろう。
 そして、するりとなまえを肯定したことにも。やはり彼からこうして言われると嬉しいもので、あの美貌に無頓着なゾロが愛故にそう感じてくれていることがとてもなまえの胸を温かくするのだ。
 
「あァ、だがお前が人魚として生まれてたら今頃泡になって消えちまってるだろうな」
「あら、どうして?」
「そりゃおれに惚れてるからな」
 
 にやりと自信たっぷりに口角を上げるゾロ。それが何だか可愛くって胸がきゅんと高鳴った。自惚れているくらいに私も彼に愛を捧げているのね。
 
「ゾロ、人魚姫のお話知っているの?」
「知らねェが、コックがたびたび騒いでるから何となく頭に入ってる」
「ふふ、サンジくんも人魚に夢見てるものね」
 
 男部屋でサンジはたまにマーメイドの話をして、アドルやウソップと盛り上がっていることがある。聞きたくなくても同じ部屋、勝手に耳に入ってきて彼らが語る人魚の童話というのも自然と覚えてしまっていたのだ。
 
「ふふ、でも私が人魚で生まれた世界線で貴方に出逢うとは限らないわ」
「いや、出逢ってるだろうよ」
「どうして言い切れるの?」
「これ程愛しい女なんだ。お前がどう生まれて来ようが、邂逅っつーのか。会ってるだろうよ。おれの魂は絶対海に出てるからな」
「まあ…。ゾロったら意外にもロマンチストなのね」
「っ、誰のせいだ!」
 
 もしもなお話やお伽話や童話も好み、よくその話を聞かされているゾロ。長い間一緒にいるからか、ついそういう部分がうつってしまいおそろい≠ノ変わってしまっていたのだ。そんなゾロにますます愛しさが芽生えて、なまえは大切な彼への気持ちを抱きしめるように胸の前で両手を組んだ。
 
「ふふ、そうね。私の魂は貴方を探すでしょうね」
「だから、人魚じゃなくて良かっただろ」
「ええ。こうしてゾロと愛し合える私に生まれて……この上ない幸せだわ」
 
 海を綺麗に自由に游泳する海に愛されているマーメイドは、大好きな海に嫌われてしまったなまえにとって最も憧れる存在だった。
 一度でいいからなってみたいと星に願ったこともある。だけど、ゾロとのこの関係が美しく泡となって消えてしまうのならば大好きな海に嫌われたままで構わないと思えるの。こうして、愛しい彼に手を貸してもらったら海と遊ぶことだってできるから。絶対に手放したくないのは、彼だ。
 
「知ってる? ゾロ。特に強く光り輝く真珠はね、人魚が結ばれない恋を想って流した涙って言い伝えがあるのよ」
「へェ。そりゃまた幻想的な話だな」
「この世界の海のどこかにきっとたくさん沈んでいるんだわ。だから、こんなにも海は輝いて見えるのかもしれないわね」
 
 光を吸収し、美しい宝石のように輝いているブルーの海面。それをじっと見つめるなまえの瞳も、同じ色で同じように強く美妙に煌めきを乗せている。ゾロは彼女の青くキラッキラに輝いている目が大好きで、もしかしたら海と一緒で彼女の胸底に大きいな愛が存在しているからこんなに綺麗なのかもしれねェ。なんて、またなまえに似た思考に苦笑を浮かべながらもその思考に愛しさすら抱いてしまうのだった。
 
 END.
 2020.10.23

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