秘境・海のヘソの大冒険


古い洞窟のなか 、禍々しい赤い光がぐにゃりとうねりを見せた。
大きな階段を登った先に祀られている祭殿の中央部。水のカーテンに隠された赤く丸い光は黒味を帯びて、一瞬強大な光を放った。

その祭殿へと続く大きな鉄製のドアが先ほどから、どんどんと丸太に打ち付けられている。
「そーれ! そーれ!」とけたたましく響くのは男たちの野太い声。
祭殿内へと続く扉を真ん中に、それを囲むように3つの洞穴が広がっていて、その暗闇からは二つの赤い小さな光がぎろりと輝いた。まるで、龍の瞳のようだ。

「もう一度行くぞ!!」
「おう!!」

リーダーの呼びかけにもう一度男たちは力を込めて丸太を扉にぶつけていく。
神聖なる場所へと続くこの鉄壁は外部からの攻撃を守るように仕掛けがかけられているのだが、埋め込むパーツどころか謎解きさえままならないためこうして強行突破に出てから数時間経った今。
流石の鉄製の扉も長丁場の物理攻撃には耐えられなかったようで、ぶつけた場所から亀裂が生まれた。びきびきと音をたてて、それは鮮やかな線を増やして描き、波紋を広げていく。手助けをするようにもう一度鐘をつく要領で丸太をぶつけると、亀裂は決壊し、扉が開いた。

真っ先に洞窟内に入るのは、リーダーであるマントコートを羽織った大男。彼に続き、部下達も丸太を置いて中に踏み入れる。階段の先にある水の流れる祭壇のおかげで、ひんやりとしたすこし湿っぽい空気が身を撫でた。
祭壇の中で丸い赤い玉が不穏な動きを見せる。一瞬ぱっとひかり、洞窟内に赤い光線を産んだ。四方の壁に彫られている龍の像の双眸が赤を宿す。それをみた部下達の心臓がどくりとうねった。まるで伝播したように彼らの目が朱に染まり、野太い雄叫びを響かせながら、彼らは腰から剣を抜き、赤い玉を求め階段を駆け上がっていたリーダーの心臓に鋒を突き刺した。

ぽたぽたと階段は血に染まり、リーダーは胸を抑えながらその場に倒れる。
残った力でうしろを振り向き、熱い吐息を血まじりにこぼしながら部下達をみつめる。彼らは目から赤い光を放っていて、口元も卑しく緩んでいた。

「貴様ら……ッ、……裏切ったか、このおれを──!!」

ひどく動揺した声が洞窟内に反響する。
3本の剣に体を貫かれたリーダーはそのまま男たちにより高々に掲げられる。そのおかげでズブズブと肉が刃を突き刺していく。男たちは苦しげにうめく大男を嘲笑い、そして銃を放った。



   ◇ ◇ ◇


「んふわぁぁああ

東の海のとある海域。
ぽかぽかとした春先の気候の中、ゴーイングメリー号は穏やかな航路を楽しんでいた。
昼食後のあまりの穏やかさにルフィは船尾の欄干に腰をおろし、釣り糸を垂らしながら豪快なあくびを先ほどから繰り返している。

ゾロはメイン甲板の上でお昼寝、ウソップはその付近で何か発明をしていて、サンジは船首の横で海を眺めながらたばこを吸っている。ナミとアリエラは女子部屋で海図と日誌を書き、たまにおしゃべりしながら楽しく過ごしていたのだが、突如聞こえてきた音に二人はぴたりと手を止めて顔を見合わせた。

「ん……ルフィくんね」
「はあ……もうあいつは!」

じょぼじょぼと響く重たい水音にアリエラとナミはげんなりと表情を変えた。
驚くことにこの船の男性陣はトイレをほとんど使わない。サンジだけは使用しているみたいだけど、他の3人は構わずに海に排泄するのだ。航海をはじめてからそれなりに立つため、もう慣れてきてはいるのだけど。
さっきルフィに頼んだことを思い出したナミとアリエラは、顔色を変えて勢いよく立ち上がった。

甲板に出ると、ヒール音を響かせて二人はルフィの元へと距離を詰めていく。
船尾甲板にみえるうしろ姿。排泄音がちょうど止み、ぶるりと震えたルフィはすこし下げていたズボンをよいせと持ち上げ、ボタンを閉めた。

「あんたね! 釣りしながら用を足すのやめてよね!?」
「本当よ、ルフィくんっ!」
「なんで?」
「なんでって……釣った魚が食べられなくなるでしょうが!」
「うめェぞ?」
「最低! 信じられないルフィくん」
「あんたにはうまいかもしれないけど! ったくもう」

全く反省の色がなく、にへらと笑って釣り糸のロープを握るルフィにナミとアリエラは眉を寄せたまま深いため息をこぼした。
衛生観念がおかしいルフィにこれ以上何を言っても無駄なようだ。

「大体いつになったら釣れんだよ、ルフィ!」
「んおっかしいなァ」

メイン甲板からウソップの声が飛んでくる。
ルフィはひょいっとロープを軽く持ち上げて海中の様子を確かめたが、魚の気配も影も感じられずにむむむ、と表情を顰めて唸りをこぼす。

「一匹も釣れてないの?」
「ああ。餌はいっぱいつけたのに……まだ足んねェのかな?」
「ウソォ!?」

不思議そうに首を傾げるルフィの釣り糸を眺めていたアリエラは、ナミの悲鳴に似た驚愕に驚いてふいっと顔を彼女に向けた。
ナミはルフィのそばの樽の中を覗いて、真っ青な顔で戦慄いている。

「どうしたの、ナミ」
「餌ってあんた! たわしじゃないの!」
「ええっ!?」
「ルフィ、あんたまさか朝からずっとこの餌で釣ってたの!?」

欄干から離れて樽の中を覗き込んでみたら本当にぎっしりたわしが詰まってて、アリエラも「ルフィくん」とどこか心配げに船長の背中を見つめる。
餌がたわしなことに何の疑問を抱いていないルフィは太陽のような輝かしい笑顔を浮かべてこっくりと頷いた。

「ハンバーグみたいですっげェ美味そうだろ?」
「たわしを美味そうだと思う生き物は世界中であんただけよッ!」
「ルフィくんは逞しいわね。逆に感心しちゃう」

腰に腕を当ててぷりぷり怒るナミの隣でアリエラはたらりと眉を下げて呆れ返った様子で小さく言った。これほどまでにポジティブならば、ルフィはこの先何があっても前向きに明るく生きていけるだろうと、そう思うと彼らしくて笑みが溢れてしまう。

その時。海中に垂らしていたロープがぐいっと動きを見せた。まさかたわしに食らい付いたのか、メリー号は引っ張られるようにして大きな揺れを起こした。
ナミとアリエラは思わずよろけて転けてしまい、ウソップはせっかく組み立ていた発明品が飛び交い、サンジもよろりとバランスを崩す。横になって寝ているゾロだけは唯一被害が及ばなかったみたいだ。顔から倒れていたルフィは立ち上がると、キラキラ目を輝かせてロープを強く握り直した。

「きたきたァ! かかったぞォ! 大物だァ!!」

それそれと掛け声を上げながらルフィは綱引きのようにロープをぐいぐい引っ張って魚を引き上げようとするが、相手の力の方が優っているのか、魚は影すらも見せない。
それでもルフィは負けずにロープを引き上げていく。一体どれほど長いロープを投げたのだろう。甲板の上でモリモリと渦を巻き上げていく。
魚は姿を見せぬまま、メリー号は前進をやめない。誘われるように突き進むうちに次第にあたりは霧がかり、むくりと体を起こしたナミとアリエラは不思議そうに海面を見下ろしている。

「ルフィくん、このロープどのくらいの長さがあるの?」
「さあ?」
「あんた一体何釣り上げようとしたわけ?」
「腹一杯食えるやつ!」
「ふふ、ルフィくんらしいわ」
「はあ。ほんとそれ。聞くんじゃなかったわ」

頭を抱えて呆れるナミにアリエラはにっこり笑って、もう一度樽の中をのぞきこんだ瞬間。
霧に包まれて前方が見えなかったために、メリー号はそこに巨大な岩石が伸びていることに気が付かず、思いっきり衝突してしまった。
欄干にいたルフィとナミはその反動に外に飛び出てしまい、アリエラはその場に尻餅をつく。

ナミの悲鳴にサンジは真っ先に駆けつけ、ロープを手綱にぶら下がっているナミの手を掴んだ。ウソップも慌ててもう片手を掴み、能力者であるルフィの安否も確認する。
運よくルフィは岩の上に伸びていて、海水もかからず無事なようだ。

「ナミさん! 大丈夫かい?」
「ええ、何とか……」

ふうと一息ついて、サンジとウソップに引き上げてもらおうとしたが、ルフィの不思議そうな声が響いて動きを止め彼を見つめる。

「なんだぁ、これ」

岩の上であぐらをかいているルフィの腕の中におさまっているのは大きな宝箱だ。型はすこし古いが、形状はしっかり保っていて側面に鎖がつけられていた。その先は岩にくっついている。
一同の注目を浴びながらも、ルフィはそれに迷うことなく歯を立てた。ガチーンと響く金属音。げんなりとした仲間の視線には気づかずにルフィはガジガジ宝箱を齧ってみるが、一向にヒビも生えないためにすっかり飽きてしまったのだろう。

「まじっ、いらね!」

ふんと眉を持ち上げて怒りのまま海に宝箱を投げ捨てるから、ナミが悲鳴をあげてサンジとウソップの手を振り払い海の中へと飛び込んでいった。

「あっナミさん!」
「ん?」

綺麗に水飛沫をあげて飛び込んだナミは、海底に落ちる前に宝箱をキャッチしてそれを抱きながら再び顔を出すとともにルフィへと怒りを見せる。

「捨てんなッ!! あんた!! お宝が入ってたらどうすんのよッ」
「でもそれ美味くなかったぞ?」
「食える食えないの問題じゃないっつの!」
「ルフィくんはそれでしか判断ができないのかしら……」
「たぶんね。アリエラちゃん、お怪我は?」
「うん、わたしは平気」
「そっか。よかった」

ナミに怒られてもキョトンとしているルフィのことを見つめぽつりと言葉をこぼすと、隣のサンジがたばこに火をつけながらやさしく言った。

「食えなくてもまずいのは嫌だ! そう決めたんだ、おれは! うんうん」
「もうあんたには何を言っても無駄なようね」

変な持論を解くルフィにナミはやれやれと首を振って、海の中で宝箱を抱きしめたままアリエラを見上げる。

「アリエラ! ごめん、ナイフ取ってきてくれない?」
「ええ、わかった!」

倉庫へ向かい、ナミ愛用のナイフをとってきたアリエラはひょいっと海の中の彼女へとそれを投げた。受け取ったナミはお礼を言いながら鞘を外し、待ちきれない様子で鋒をこんこんと南京錠にぶつけると、それはすぐに栓を外した。

「わあすごい!」
「さっすがナミすわぁん
「中身は何かしら

うふふ、とご機嫌にナミは宝箱を開けてみたが目に飛び込んできた内容にすぐに表情をしかめっつらに変えてしまった。深いため息が宝箱にあつく触れる。

「おいナミ! 中身は何だったんだ? おれにも見せてくれよ」
「はいはい。ほら!」

古い宝箱に男のロマンがくすぐられたウソップはたまらずに明朗に声を張り上げる。それにナミはゴソゴソと中を漁って掴むと、弧を描いてウソップに投げ渡した。

「オーライオーライ!」

飛んでくるそれをサンジとアリエラも興味深げに目で追っている。わくわくと弾む胸のまま、ウソップは両手でそれをキャッチするが、ざらりと乾燥した肌触りとカラフルなバンダナの巻かれた下に覗くふたつの虚空に目を見開かせてゾッと身を震わせる。

「ぎゃああーッ! しゃ、しゃれこべ……ッ!!」
「わあ本当だぁ! こんなお宝を見つけるなんて何だか海賊みたいね、わたしたち
「ああ……怖気付かないアリエラちゃん勇敢でかっこいいなあ

ウソップの両手の中の髑髏を興味津々に見つめながらアリエラはきゅるんとこぼし、それにサンジは目をハートにしてくねくねしている。
岩のうえであぐらをかいているルフィはその中身の“お宝”につまらなさそうに唇を尖らせて、「なあんだ。やっぱり食い物じゃなかったか」とぽつりこぼした。
ナミもつまらなさそうに宝箱の蓋を閉めて上がろうとしたとき、突如穏やかだった潮の流れが速くなり、ナミの持っている宝箱の鎖がピンと伸びた。そのまま彼女も流されるが、岩につないである鎖のおかげで助かっている。

「潮が引いてる……。それに、今まで気が付かなかったけどこの音──」

足を動かしながらナミは耳を澄ましてみた。
自分の周りでちゃぷちゃぷなっている水音や潮の音に加えて、すこし先の方からザアア……と雨のような細やかな流れの音が聞こえてくる。すこし嫌な予感がナミの胸をざわりと撫でた。

「何の音だ?」
「あんたも聞こえる?」

岩の上から立ち上がって首を傾げるルフィにナミもはっとして彼を見上げ、もう一度音のする方に視線を向けた。

「あら? ねえウソップ、その骸骨に何か書いてあるわ」
「ほんとか?」
「うん、裏見てみて」

ゆらりと揺れはじめたメリー号の上でじっとドクロを観察していたアリエラは、側面に伸びている黒い文字に気がついた。ウソップも驚いてひっくり返してみると、綺麗な字で数行の文章が記されていた。それは後頭部から続いているようで、バンダナをめくってみると、そこには銃を撃ちつけられた形跡が残っている。

「えっとなになに……? “海のヘソに飛び込むべし。そこに夢叶う秘宝眠りし キャプテン・ジョーク”」
「海のヘソ……?」
「海のヘソ……」

ウソップの読み上げた内容にアリエラは気になった部分を反芻してみる。ウソップも、彼女と同じくそこが気になったみたいで言いながらキョトンとお互い顔を見合わせた。

「海のヘソに飛び込むべし──」
「って何かしら? サンジくん知ってる?」
「いや……聞いたことねェなァ」

むむむ、と眉を寄せてウソップはもう一度そこを読み返していく。聞いたことのないものにアリエラもサンジもこてりと腕を組んで考え込んでいると、ナミが小さな悲鳴を響かせた。

「ちょっと……! なによ、あれ……! なんで海に穴が空いてんのよ!!」

霧が徐々に霧散していき、視界がより鮮明になった今。すこし目を凝らしてみればその先に巨大に開いた、まるでダムの穴のような空洞が伺えてその脅威にナミは目を見開かせながら身震いをする。本能的に吸い込まれてしまうという恐怖が体に走り、ぞくりと肩に嫌なものが這う。
先ほどから聞こえていた水の流れる音はこれが原因だったのだ。まるで滝のように海水が穴の先へと落ちていっている。

「そこには夢叶う秘宝眠りし……。ま、まさかアリエラ。このドクロって──」
「宝の地図だったんだわ!」

髑髏が示す宝の暗号。先に開いている巨大な海のヘソ。
それは海賊として心躍る冒険のはじまりで、クルーは早速目の前に現れたそれに向かうべく準備に取り掛かった。


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