40×18


「あっ、サンジさんだ!」

夜ごはん用の白米を炊飯器にセットして、ボタンを押したその時。玄関のドアがゆっくり開かれる音がしんとした室内で響いた。
愛おしい愛おしいこの音に、胸がどきんと波を打つ。この世で最も愛おしい彼の帰宅になまえは頬をゆるっと緩めて、玄関へと駆けて行く。

「おかえりなさい、サンジさん!」
「ただいま、なまえ。おいで」
「サンジさんっ」
「あっはは、可愛いなあ…よしよし」

鞄を床に置いたサンジは、子犬のようにきゅるんと瞳を輝かせて尻尾を振っているなまえに大きく腕を広げ、すぐさま飛びついた彼女をしっかりと受け止めて背中を優しく撫でる。
その仕草は付き合いはじめてからの彼の癖のようなもので、一度「子ども扱いしないでよ」とほっぺたを膨らませたこともあったが、それはどうやら子ども扱いをしているわけではなく恋ゆえに生まれる彼の行為のようで、今はうっとりとそれを受け入れることができる。
まあ、20歳以上も離れているものだから当然こども扱いをされることも時にはあるけれど──。

「サンジさん、お疲れ様」
「ありがとう。今日はすっげェ人でいつも以上に疲れたが、なまえの可愛いお出迎えにすっかり癒やされちまったよ」
「えへへ、よかった。サンジさん、先にお風呂にする?」
「あー…どうしようかな。飯の先にさっと汗だけ流してこよっかな」
「うん。今ね、ごはんを仕掛けたところなの」
「おっ、助かるよ。ありがとう」

大きな手で頭をほわほわと撫でられ、なまえの表情も緩やかに蕩けていく。
その顔にサンジも目尻を細めて、少しからだを屈ませた。「サンジさ…、」呼びかけた名は、大きな口で塞がれて、喜びに舞い上がっていたからだは大きな腕にぎゅうっと抱きしめられる。
唇に触れるやわらかな熱、自分よりもずうっと大きな体、たばこの匂い。その全てに包まれて、胸がずぐんと唸りをあげた。

幼少期からずっとずっと大好きだった人。初恋であり、最後の恋を捧げようと決めた人。
両親と同じ歳のひとを好きになった自分の恋を時に恨んだことがある。一生埋まることのない歳の差があるから、きっとわたしが20になっても30になっても、彼の中ではずっと歳の離れた子どもなのだと。一人の女として見てくれないと思っていた時もあった。

だけど、今は──。

「なまえ、あとで一緒に風呂入る?」
「…ん…、サンジさんが何もしないなら、」
「あははっ。なまえが乗り気じゃねェのなら何もしねェよ。ただ、なまえはあまりにも魅力的だから…今日はキミのからだを洗えねェかもしれねェが」
「ん……、」
「ごめんな」

こうしてひどく意識をしてくれていることがあって、それが嬉しくて唇がむずむずしてしまう。
一生埋まることのない歳の差があるけれど、こどもをすっかり拭ってくれて…彼は、サンジさんは…わたしに恋して、わたしを選んでくれた。
それがあまりにも夢みたいで、夢を見ているのかしら。と自分の意識を疑ってしまうこともある。その度にサンジさんは、わたしをそっと抱き寄せて脳みそが溶けてしまいそうなほどに甘い甘いことばを送ってくれる。

「…サンジさん、」
「おっと、」
「すき…サンジさんが大好き、」
「……おれも。大好きだよ、なまえ。おれにはキミだけだ」
「…うん、」

くるしくなって、またさらに好きが募って、なまえはこの奇跡みたいな恋の瞬間を逃さないように、世界でいちばん大好きな大好きなサンジの背中に抱きついた。
よろけもしないで、背中に感じる愛をサンジもしっかりと受け取って、お腹で交差している彼女の小さな手を自分の手で包み込む。
ずいぶんと大きさの違うことに感動しながら、これまで幼少期からずっと味わいさせていた苦く苦しい不安をもう二度と彼女に感じさせないように、心の奥底から天使のような無垢な彼女に熱い恋をこぼした。