待ち合わせ


構内に響くアナウンス。行き交う人々の足音、ざわめく話し声。雑多な音があちこちで反響する中。わたしは一人、時計台の下に立っていた。
コンコースに位置するこの時計台は、お土産屋さんに囲まれていて、キャリーケースやボストンバッグを持った人々が頻繁に行き交っている。これから地方にお出かけしたり、帰ったりするのだろう。まだその時間ではないから彼はそこにはいない、と、わかってはいるけれど。高いところで少しウェーブのかかった金髪を認めると、つい手繰るように目を向けてしまう。

「サンジさんの新幹線が到着するまであと十分…」

金色の大きな時計を見上げて、時間を確認する。もうすこしで、サンジさんに会えるんだ。
サンジさんのことを思うとより心がそわそわしちゃって、もっと改札付近の方へと向かおうとしたけれど、彼からの言いつけを思い出して、はっとする。

『そこからあんまり動いちゃダメだよ。なまえはすっげェかわいいから、ナンパされちまうだろ?』

メッセージアプリを開き、待ち合わせ場所を決めたときのやりとりをスクロールして、ふっと口元を緩めた。愛されてるなあ、とくすぐったいくらいに実感する。サンジさんは余裕たあっぷりに見えて、その実とても子どもっぽいところがあったりする。特に、わたしのこととなるとサンジさんはとびっきり可愛らしい一面を覗かせてくれる。
ナンパなんてされないよ。と返しても、『だぁめ、されちゃうよ。おれが一番になまえとお話してェから、声かけられちゃだめだよ』なんて、愛おしい独占欲を見せられては、わたしもご機嫌になっちゃって。彼からのご要望を守るため、イヤホンをして、好きなアーティストの曲を聴き続けている。ぜんぶ、恋愛の曲。どれもきゅんとする歌詞ばかりで、わたしはいつもサンジさんに当てはめて、甘酸っぱい妄想を広げたりしちゃう。

スマホを開いたついでに、また、時間を確認してみる。あと、五分。ちょうど曲が変わって、この曲が終わる頃にはサンジさんと一週間ぶりに会えるんだ。何度、この瞬間を夢に見ただろう。サンジさんの一週間の出張が決まったとき。わたしはお風呂でぐずぐずに泣いてしまった。サンジさんにはお見通しされていて、お風呂から上がった途端「ごめんな。寂しい思いさせちまうな」って、ぎゅうっと抱きしめられ低く甘い声で何度もよしよししてくれたことが、もう遠い昔のように感じる。
そんな回想をしているうちに、時刻は刻々と近づいてくる。新幹線が到着したのだろう。多くの人々がこちらの方へと流れてきた。そこで、わたしは慌ててイヤホンを抜いて音楽を止めた。

「あ、最終チェックしなくちゃ」

きれいに巻いた前髪を指先で整える。サンジさんが「よぉく似合うな。すっげェ可愛いよ」って褒めてくれた、白いリボンのハーフアップも完璧に仕上げて、お洋服もお気に入りのものを選んできた。メイクだって気合十分。
たったの七日だけど、でも体感は一ヶ月…ううん、半年、一年。もうとにかく長いことサンジさんに会っていないようで。口元が緩みっぱなしだけど心臓は激しく高鳴っていて、会いたすぎて会うのが怖いくらいになっちゃっている。
毎晩、通話をしていたけれど、直接顔を合わせるってやっぱりすごいことだ。
映る自分の姿をしっかりと確認して、ふう、と軽くため息をこぼすと緊張もすこしだけ和らいだ気がする。サンジさんと、待ち合わせ。えへへ。サンジさん、また一段とかっこよくなっているだろうなあ。あのかっこよさにあの色気だもん、きっと目立っているに違いない。うん。
ぐっと増えた人混みのなか、金色を探していると。ふわっと背後からバニラやスパイスのような甘く芳醇なにおいが漂って、はっとする。かすかにタバコのにおいも混じるそれ。見なくても、すこし鼻についたこの匂いだけで、わたしの胸はぎゅうううっと激しく締め付けられた。

「やあ、なまえちゃん」
「あ……、あ、」

ふと、低い声が頭を撫でた。蠱惑的なあのにおいがより濃く近く漂う。胸を鷲掴みにされたような心地に、乾いた喉がひくついた。

「さ、サンジさん…、」

くるりと振り返ってみると、スーツ姿の彼がにこやかに立っていた。夢にまでみたこの瞬間。一週間ぶりにサンジさんの姿を見てすっかり安堵しきったわたしの瞳にはじわりと涙が浮かんで、視界がぼやける。滲む中にいるサンジさんは、相変わらず色気を更新していて、もう本当に死んじゃいそうなくらいにすべてがかっこよくって、反則だ。

「ただいま、なまえ」
「…っ、おかえりなさい、サンジさん!」

人のたくさん通る場所。けれど、サンジさんは惜しむことなくぎゅううっとわたしを抱き寄せて、前髪にキスをする。なつかしくって、うっとりするけれど。でも、同時に恥ずかしさも沸いて出て、顔にぽっと熱が集まった。

「もう、サンジさんっ。こんな人がいる前で、」
「ごめんな。一週間ぶりにこう顔を合わせたもんだから、たまらなくなっちまって。だけど、ああ…うん。相変わらずすっげェ可愛い反応してくれるよなあ。今日も世界でいちばんかわいいぜ、なまえ」

わたしが驚いたままにむっすりと頬を膨らませても、サンジさんは悪びれる様子もなく、甘いことばを並べ、あのいつもの、わたしをとろりと溶かすような笑みを浮かべるから、その色気にくらくらしちゃって何も言えなくなってしまう。
ひさしぶりのこの攻撃は威力も半端なくって、ぼーっとしてしまいそうなわたしに、サンジさんはすっと瞳を細めた。そこにはたっぷりの愛情が孕んでいて、それを向けられていることにかっと身体は燃えるように熱くなる。

「なまえちゃん、誰にも声かけられなかった?」
「あ、うん。イヤホンしてたから」
「そっか、いい子。おれのお願い聞いてくれてありがとな」

また肩を抱いて、今度はこめかみにキスを落とす。二度目の愛撫にサンジさんは満足げに笑って、腕時計を確認する。

「日も暮れてきたし…メシ、食って帰ろっか?」
「わあ賛成! サンジさんあのね、わたしサンジさんとお話したいことがたっくさんあるの」
「おれもだよ。いい店、予約しておいたんだ。そこでたくさん聞かせてくれるかい?」
「うん!」
「さあ、お姫様お手を」
「…えへへ、」

少し腰を落としすっと片手を差し出すサンジさんの、いつもながらの王子様っぷりもどこか懐かしくって頬が緩んでしまう。導かれるまま大きな手のひらの上にちょこんと手を乗せると、指先からサンジさんの温度が伝わってくる。

「お腹すいた?」
「うん、ちょっと緊張しちゃって胸がいっぱいかも」
「あは、久しぶりにおれに会うから?」
「うん、」
「もおいじらしいなァなまえは 今から向かう店はな、ドリンクメニューも豊富なんだ。だからそっちメインにしてもいいな。いきなりアルコールを飲ませるのはちょっと躊躇っちまうが…まあ、おれがいるから大丈夫か。きっとなまえも、お気に召してくれると思うぜ」

ぎゅうっと恋人繋ぎをしてくれる大きな手、ゆっくり合わせてくれる歩調、低く甘い声、くすぐるたばこと香水の匂い。近くにあるその全ては当たり前にサンジさんそのもので、あたたかくって、恋しくって。待ちに待ったこの瞬間、七日ぶりの彼の温もりを味わうように、むずむずと動く口元をだらしなく弛ませて、力強く大好きな人の手を握り返した。