追掛ける恋掛ける


「おれだっつってんだろッ!!」
「うっせェ、おれだッ!!」

コンマ一秒おれの方が速かった! ハッ、よく見ろクソコック!足はおれのが一歩近ェぞ。だからおれのがどう考えても速ェ! んだよそんな理屈が通るわけねェだろ! なんだ、負け惜しみか? あァ!?違ェわ!

上陸二日目の朝。
もうすっかり恒例となってしまった言い合いが晴れ渡る空の下、刻刻延々絶え間なく繰り広げられている。いつも仲裁をしてくれるナミも最近は「あーもうご勝手に」とうんざりしきった様子で、目を向けることもなくスルーを決め込んでいる。

「あんた。いい加減あいつらどうにかしなさいよ」

そう言われたことを、遠のいて行くオレンジ色の髪の毛を眺めながらなまえはぼんやり思い出していた。
ええわたしが、と思ったけどこの喧嘩の原因は紛うことなく自分であることはわかっているため反論できずに、ううっと頼りない声を彼女の胸に落としたことも。

目の前で行われているのは“なまえとデート権”をめぐっての争いだ。
今はまだおでこぐりぐりしながらの口喧嘩で済んでいるが、ヒートアップするとゾロは刀を構え、サンジは脚に炎(彼曰くなまえちゃんへの恋の炎だから消しようもねェ、らしい)を宿すものだから、サニー号は時に傷を残すこともある。
そのたびに船大工が「オイオイ、サニーおめェまァた鞘当ての流れ弾を喰らっちまったのかァ?」なんてけらりと呟きながら修繕に入っていくのも、またここ最近の麦わらの一味でのお決まりの流れだった。

「どうにかって言われても……、」

ギャンギャンよくもそんなに言葉が出てくるわ、と半分感心しながらなまえは垂れ眉を作って背の高いお兄様方を見上げた。おれだ、おれだ。とやっぱり譲る気配はないし、なまえもどっちも全く同じくらいに大好きな人だからどちらかを悲しませる選択ができるわけもなく。

「三人で行きましょう?」

と呈しても、

「おれはなまえちゃんと二人っきりでおデートをしてェんだ!」
「なァにが悲しくてこのアホコックと出かけなきゃならねェんだ!」

って強い意志で返されてしまって。それじゃあ、じゃんけんを。と勝負をしてもらうように持ちかけても何の奇跡が働いているのか、何度出してもあいこで終わってしまうからふたりも余計モヤモヤしているのだろう。
サンジは舌打ちをしながら新しいたばこに火を付け、ゾロなんて鯉口を切ってしまっている。
わ、またフランキーに迷惑かけちゃうわ。と止めに入ろうとしたところ。男子部屋の扉が開き、可愛らしい足音がこちらに近づいてくるのが聞こえてきた。

陸に垂らしているはしごの前まで来ると、ちょこりと止まって、よいせと欄干によじ登るその姿はとびきりキュートなもの。大柄の青年が低い声で言い合いを繰り広げているのをじいっと見つめていたなまえにとって、彼は天使かつ救世主そのものできゅるんと胸がうわずった。
連動するよう、彼の元に足が動いていたらしい。気がつけば目の前にふわふわな毛並みがあった。

「トニーくんどこいくの?」
「新しい医学書買いに行くんだ。なまえも一緒に来るか?」
「わあ、いいの? じゃあお供させてください。わたしもね、本屋さんに行きたかったの」
「じゃあ一緒に行こう!」

えっえと笑う小さな船医が愛おしい。先に降りていいぞ、ってレディーファーストしてくれる紳士さはサンジから教わったものだろう。お礼を言って、なまえは逃げるように上陸を果たした。


「おい…あいついねェぞ」
「ええッ、ちょ、なまえちゃん!?」

そんなふたりのうわずった声が少し離れた船の上から飛んできて、途端に愛おしさに包まれる。
まあ、喧嘩に夢中でわたしが上陸したことに気がつかないなんて。と、おひとつ乙女ぶった愚痴をこぼし、「それじゃあね!」とチョッパーと手を繋ぎながらぶんぶん腕を振ってスカートのプリーツを翻すと、背中に追ってくる恋の気配を感じて。手を繋いでる船医さんとはまた違った意味の可愛さに、胸を高鳴らせてしまったのはここだけの秘密。