番外編 1/3P


公開前に書いたものなので捏造妄想のみでネタバレ一切なしですが、REDが舞台で映画に触れています。ご注意下さい!








「お待たせサンジくん!」
「ううん、全然…え、嘘だろかわい…っ、」

きいい、とドアの開く音が波の揺れる合間に響いた。
早めに支度を終えたおれは甲板で一服しながら愛しの恋人を待っていたところだ。レディー専用である花園から出てきた彼女の姿を視界で受け止めた途端、おれはこの目を疑った。
いつもは柔らかい空気を纏っていて、この世に舞い降りてきた天使ちゃん。と表現するにこの上なくふさわしい彼女が、今はたっぷりとした光を携えた女神に変化しているからおれはもう危うくそのギャップに久しぶりに鼻血でも出しちまうところだった。フウ危ねェ。サングラスしてて正解だったぜ。心底安堵しちまうくれェにこっちに向かってきている彼女は可愛い。
おれも恋人とのデートのため、そして彼女が大ファンである歌姫ウタちゃんの初のライブのためにせっかくのおしゃれをしてるんだ、この服を今血で汚すわけにはいかねェ。

「アリエラちゃん…、うわ、うわ…女神がおれの元に駆けて来る…ああっクソ可愛い…!」
「ごめんね、サンジくん。ちょっと時間かかっちゃった。みんなもう行っちゃったみたいね」

普段とは打って変わった露出多めのセットアップ。メイクはいつも以上に色使いが豊富で、ラメもたっぷり光らせて。目尻にはナミさんとお揃いで買ったらしいシールをぴたりと貼っている。髪の毛は軽く巻いてて、フェスらしいヘアアレンジに仕上げていた。髪にも専用のスプレーを振ってるみてェで太陽光に反射して細かいラメがキラキラ輝いてる。

「ううっ、そんなにも可愛くって大丈夫かアリエラちゃん……」
「サンジくん…え、わ、素敵…! ヘアスタイルからファッションまで…どれをとっても似合っててとっってもかっこいいね。えへへ、こんなにもおしゃれでかっこいい彼とフェスに行けるなんて…、夢みたい…」

この世界を滅亡できるんじゃねェかってくれェに可愛い彼女は、おれをみてすこし目を大きく見開かせたが、すぐに華やいでおれを見つめ褒めてくれるもんだから、熱にやられてくらっと倒れちまいそうだった。それと同時に、おれの腹の底にとんでもねェ黒い感情が湧き出てしまった。
こんなにも可愛くおしゃれした彼女を、おれァ誰にも見せたくねェ。だからこのまま船でデートをしてェ。と、そう独占めいたことをおもっちまって、だがそんなこと彼女に言えるわけもなくおれはぐっと欲を拳の中で押し殺した。

アリエラちゃんと出会ってからはもうずいぶんと長ェが、お付き合いをはじめてからまだ数ヶ月しか経ってねェものだからデートもまだ数えるほどしか経験してねェ。その中でも今日は一段と気合いを入れてくれてるのは、おれとのフェスデートのためか、それとも待ちに待っていたウタちゃんのライブのためか。
そわそわと浮立った表情をしているからきっと後者だろう。どうやら彼女はウタちゃんに相当お熱みたいで、今日を心待ちにしていたようだ。おれもウタちゃんの曲はほとんど聴いてたし、どんな美女なんだろう、と美声から想像を膨らませたりもしていた。噂に聞きゃァ、そりゃもうすんげェキュートな美少女らしく、おれもドキドキ楽しみにしてるんだが彼女の浮ついた様子を見たらきっとおれ以上のドキドキ楽しみを弄んでるみてェだ。
そわりそわりとフェス会場の方に目をやったり、ぎゅうっと服を掴んでは離したりしているからよっぽど待ちきれねェみてェで、そんな仕草ももうくそ可愛い



「よしじゃあ行こうか、アリエラちゃん」
「うん…、行こ」

さっき生まれた黒い感情は正直まだ消えてはねェが、おれのそんなわがままに大切な彼女を付き合わせるわけにはいかねェ。
船を降りてからは珍しく、おれの手を引いてフェス会場へと向かっていく彼女はやっぱりおれの倍、楽しみにしてるみてェだ。ああ、推しに会うのを楽しみにしてるアリエラちゃんかぁわいいなあって、おれのやさぐれた心も蕩けていき、引っ張られるまま着いていく。
あ、地味に手ェ繋いじまってると、ふいっと視線を下げた先、おれの手をつかんでいる彼女の右手首には先日おれが選んだ華奢なバングルが揺れていて頬が緩んだ。
おれも、きょうは左手首に彼女が選んでくれたバングルをつけていた。お揃いのものではねェが、お互いに選び合ったアクセサリーをつけてるって恋人らしくて気分も上がっちまう。

おれ達は恋人同士に見られてるのかなァ、なんて、あちこち行き交う人々に視線を巡らせながら思いを馳せてみたりもする。その間も、アリエラちゃんはずうっとおれの手を引っ張って先へ先へと急ぐからその思考も弾けて、疑問が浮かんだ。

「アリエラちゃん、何かほしいものがあるのかい?」
「あ、えっと…うん」

話しかけるとびくっと肩を揺らして、前を向いたまま頷くから相当お目当てのものがあるみてェだ。彼女がほしいものはおれもほしい。喜んでもらいてェから、おれも連なって立ち並ぶ屋台に目をむける。

「お目当てのものはなあに、アリエラちゃん。おれも一緒に探す…あ、」

彼女に声をかけながらもしっかり屋台を確認していくと、見覚えのあるマークが見えておれは足を止めた。ピンクのカラー天幕のその中央に大きく印刷されているそれはウタちゃんのマークだ。隣にはグッズ売り場を示す旗が立てられているからきっとここがアリエラちゃんの目的地。ウタちゃんのライブを観るってんだから、こういうグッズは必須だよな。だが、足を止めたおれの手をまた引っ張っていこうとする彼女に、はっとして声をかける。どうやらこの店に気づいてねェみてェだ。

「アリエラちゃん、待ってくれ! ウタちゃんのグッズあったぜ、あれ探してたんだろ。ほら、あっち、あの店に並んでたよ」
「ウタちゃんのグッズ…、」
「うん。サイリウムとかうちわとかライブで使えるものも売ってるみてェだ、入ろっか。アリエラちゃんがウタちゃんのサイリウム振って応援する姿きっとすんげェ可愛いんだろうなあ

想像しただけでにやけちまって、おれはようやく足を止めてくれた彼女を見下ろすが、彼女の顔は下げられたままだ。そういえば、さっきから一度もこっちを向いてくれてねェ気がするのは気のせいか…。

「アリエラちゃん…? どうしたの、もしかして体調悪ィ?」

おれの胸元あたりにある頬にそっと触れながら訊ねてみるが、彼女はぶんぶん首を振って無言の拒否を示す。それでも顔を上げてくれねェから、おれは確信した。彼女、おれを気遣って我慢してくれてるんだ、ってな。ほんと、優しい子だよなあ。
思い返してみれば、ここ最近の気候はえれェぐちゃぐちゃだった。レディの体は繊細だ。だからきっと堪えちまったんだろうな…。

「アリエラちゃん、体調がよくないんだね。ごめんな、おれも気付けなくて…ついフェスデートに浮かれちまってた。つれェなら我慢しねェで言ってくれ。おれはフェスよりもきみ自身の方がよっぽど大事だよ。つらいならウタちゃんのライブがはじまるまではとりあえず船で休んでよう。な?」
「ちがうの、サンジくん」
「アリエラちゃん、もし怖がらせちまったり、気を遣わせちまってるならすまねェ…おれ怒ったりなんか死んでもしねェよ。だから、顔を見せてくれるかい?」
「やだ、」
「ええッ、やだ…??」

いつもいつも素直でやさしくて聖女な彼女は、サンジくんサンジくんっておれにたっぷりの愛を届けてくれるからおれもそこに甘えちまってて、だからこうして強く拒否を示す彼女が新鮮でちょっぴりどきっとしちまった。体調が悪ィかもしれねぇってのにこんな感情を抱いてこのクソコック。と自分自身に怒りを感じていると、ふっと彼女の髪の毛が揺れて、意識をそちらに戻した。

「だって、だって……もう、死んじゃいそうなの、わたし…!」
「し、死ぬッ!?!? アリエラちゃっ…そんな、辛かったのかっ!? あ、だから駆け足で、チョッパー探してたのか…? ごめん、ごめんなアリエラちゃんそんなしんどかったんだな…。なのにおれ気付けねェで、彼女がこんな苦しんでるってのにおれァなに浮かれて…いや、こんなこと言ってる暇はねェ! とりあえず船に戻って…え、いてっ、?」
「…もうサンジくんったら。わたしちょっとサンジくんの鈍感なところ恨んじゃいそう。ふふ」

世界で一番大切なレディの緊急事態にパニックになっちまったおれは情けなくあわあわしていると、アリエラちゃんの百合の花のように綺麗なおててがおれの背中にどんと当たった。触れた手の小ささ、腰にじんわりと響く痛みすら愛おしくて、おれはぐっと喉を熱くさせながら、視線を下げた。
ようやくご尊顔を拝めたことにホッとしつつも、やっぱりどうしようもなく可愛くって胸がドキドキいっちまう。

「えっ…と? …大丈夫なのかい、アリエラちゃん」
「…死にそうなのは、本当。…サンジくんのせいでね」
「えっ…、おれ?」
「そう、サンジくんのせい。だって、そんなにもかっこいいなんて、聞いてないもん。髪の毛もいつもと違ってゆるふわで、サングラスも、服も、なんかもう全部に色気があって死んじゃいそうなほどかっこよくって、わたしサンジくんのこと直視できなくて、でも誰にも見せたくなくて…」
「えっ、え…ええっ!?」
「だから、早足で歩いちゃってごめんね。お姉様達がサンジくんのこと見てそうだったから、妬いちゃった」

ぽつぽつとこぼされたことばに、おれは腹の奥がかっと熱くなるのを感じた。
そんな、そんな…こんな可愛いなんてものじゃねェおれの愛おしいレディが、おれの唯一のレディが、おれのことをそんな風におもってくれていたなんて全く気付けなかった。
おれが彼女にお熱すぎたのも問題だったのかもしれねェが。
ああ、本当だ。彼女は体調が悪いわけじゃねェみてェだ。胸のうちを打ち明けてくれたその表情はいつもの様子にもどってて、でも、おれをみる目はひどく熱に浮かされてる。

かわいい。ほんっっっと、可愛すぎて好きすぎておれァどうにかしちまいそうだ──。

「そりゃ……何つーいじらしさだ、アリエラちゃん」

邪魔にならねェように避けてはいるが、人が行き交う通路の傍。屋台の空いてるスペースでおれは人々の視線を厭わずに彼女の小さな体をそっと抱きしめた。ヒュウっと冷やかすように口笛を鳴らす野郎どもにこの可愛い可愛い天使を見せねェように、そして、くすくす可憐な笑みを浮かべる綺麗なお姉様方の瞳におれの顔が見えねェように。通路に背を向けるような形で、おれは彼女をかき抱くように強く、つよく抱きしめた。

「さ、サンジくん…、」

人前だからか、それとも“死んじまいそうなくれェ、な”おれを近くに感じているからか。アリエラちゃんは耳まで真っ赤になって潤んだ瞳をおれに向けている。胸元から覗かせるその小さな顔のいじらしさに、おれァもうぶっ飛んじまいそうなほどの衝撃を脳でガツンと受け止めた。

「おれも…。おれもだよ、アリエラちゃん」
「え、なにが?」
「…きみが可愛すぎて死んじまいそう」
「んっ、」

ひみつをこぼすように、小さな耳で低くささやくと、彼女は小さく肩をふるわせた。ああ、可愛すぎてつい火が入っちまう。

「ほんとはな、こんな可愛い姿誰にも見せたくねェって、そう思っちまってた。だからアリエラちゃんの気持ちが聞けて嬉しいよ。おれにそんなにもメロメロになってくれてたんだなァ。頑張ってセットした甲斐があったよ」
「…も、サンジく…離して死んじゃう、」
「だぁめ。人通りが増えてきただろ? だから今は離せられねェなァ。アリエラちゃんのこの可愛い姿が公になっちまう。そんなの、おれが妬いちまうからだめ」
「む、う…それを言うならサンジくんだってそうだもん。わたしが妬いちゃうよ、いいの?」
「ああ、アリエラちゃんの妬いてるとこぶっ飛んじまうくらいに可愛いし嬉しいからおれとしちゃまだ拝みてェとこなんだが……そんな気持ちを味わって欲しくねェから…ほら、おれもレディーたちにはみせねェように背を向けてるから大丈夫さ」
「…後ろ姿からでもサンジくんは色男なのバレちゃうよ。だって色気がだだ漏れだもの」
「その色男は目の前のレディ。アリエラちゃんにしか興味はねェぜ?」
「ふふ…じゃあ、安心」
「ああ…かわいいな。なあ、アリエラちゃん」
「うん?」
「この体勢なら、キスしてもきっとばれねェよ。しちゃう?」
「…ん、」

やっぱり見つめ合うのは照れくせェのかすっと視線を逸らしたが、でも彼女はしっかりと頷いたからおれの胸にはさらなる薪が焚べられ、愛の炎火ぼうっと勢いを増していく。
 あーかっっわいいなァ。ほんっとたっまんねェ…夜までこのまま、閉じ込めてェほどに。
小さな顎に指を添え、こちらを向いてもらうように動かすとぽっと濡れてる大きな目とばっちり視線がぶつかって、おれは噛み付くように激しく求めるように小さな唇を奪った。


バレねェなんて真っ赤なうそ。キスしてるってバレバレだ。おれのジャケットにしがみついて、愛を受けてくれる彼女があんまりにも可愛いものでおれの鼻の奥はツンと痛み、ひさしぶりに血の味が喉の奥に広がった。