ONE PIECE 1/13P


 東の海のとある海域。波も穏やかで天気も快晴、時化もなくひたすらに優雅な航海を愉しんでいるのは麦わら帽子をかぶったドクロを掲げたゴーイングメリー号。
 シロップ村を出発してから2週間経った頃、元々人懐っこく明るい性格のウソップはもうすっかりこの仲間に馴染んでいて日々楽しそうに憧れだった海賊生活を過ごしている。
 
 一見とても平和な航海をしているGM号だが、今ひとつ生死に関わる大きな問題を抱えていた。それは──
 
「ああ〜〜っ、腹減ったァ〜……」
「最後に食ったのはもう1週間前か……」
 
 重度な食糧不足だった。シロップ村でカヤとメリーにたんまりと食糧を譲ってもらったのだが、この船の船長の胃袋は底なしブラックホール。1ヶ月は持つほどの食糧はたった1週間で空っぽになってしまった。 今ではもうパン屑すらも残っていない。
 
 甲板に大きく寝そべっているルフィとゾロはすっかすかの胃を押さえながら空を仰いでいる。
 
「美味そうな雲〜……」
「もうヨダレも出ねェぜ…」
 
 ぐ〜んと雲に向かって腕を伸ばしてみるが、当然届かない。わたあめのような魅力的な雲は優雅にぷかぷか浮かぶだけ。またグゥゥ…と激しく腹の虫が鳴り響く。
 
「ねぇ、チャンピオンウソップ〜。マグロはやく釣って下さいな。私お腹と背中がくっついちゃいそうだわ…」
「よーし、ちょっと待ってろよ! たらふく食わせてやる、世界釣りチャンピオンのことおれ様の腕にかかればこんなもん……!」
 
 ここ数日間、ずっと釣りをしているウソップだが絶望的な大不漁。ここの海域は魚が住むにあまり適していない温度だとナミは言っていたが、微かな希望を信じて釣りに励んでいる。
 アリエラもだら〜んと船縁に身体を預けながら、ウソップの釣りをひたすらにぼ〜っと見つめていた。もうお腹が空きすぎて絵を描く集中力もない。
 
 釣りに励むウソップの隣でナミは双眼鏡をつかい、辺りを注意深く観察していた。風が心地よくGM号を撫でる航海しやすい海域。
 
 (…ウーナンが宝を埋めたという黄金の島。私の集めた情報が正しければこの辺りなはず……あとは宝の地図さえ見つければ……)
 
 ニヤリと口角をあげるナミ。彼女が探しているウーナン≠ニは東の海(イーストブルー)で大きく名を上げた大海賊。その異名は黄金の海賊=B
 激しい戦いを繰り返し、悪どい者どもから黄金を奪い取ったウーナンは身の船団に積み上げられた山のような黄金が夜の海を昼夜さながら照らし出したという伝説まである。
 黄金の大海賊の消息はパタリと途絶えてしまったが、宝の全てを小さな島に隠している。という噂がまことしやかに囁かれていて、海賊達はみんな血眼になって探し求めているのだ。
 
 そのウーナンという情報をナミはあちこち泥棒している間にこっそり耳にしていて、次こその狙いが彼──山のような黄金だった。夜を昼夜に染めてしまうほどの輝かしい量の黄金があれば目標の1億ベリーは余裕で到達する。その上にお釣りが出るほどだ。だから、なんとしてでもこの海域にあると言われているウーナンの島と宝の地図を見つけ出さなくては……。空腹に頭は回らないけれど、躍起になっているとのぞいている双眼鏡ににゅっと大きなくりっとした目玉が飛び込んできてナミは「キャア!」と大きな悲鳴を上げた。
 
「見つかったか? 食いモン」
「脅かさないでよ、ルフィ!」
 
 やっぱり、そんな悪戯をするのはこの船の船長しかいなくて。ナミはばくばく高鳴る心臓を押さえながら目の前の欄干に腰を下ろした麦わら帽子に牙を向ける。
 
「何考えてんのよ、あんたはッ!!」
「うわうわッ!」
 
 意外にも力持ちなナミはルフィの肩を両手でがっちり掴むと持ち上げて左右にぶんぶん揺らして怒りをぶつけている。男の子の中では細身で小柄なルフィだが、インナーマッスルはしっかりしているために見た目以上に重いのだがそれでもナミはまるで紙切れのように揺らすから、アリエラも「すごいわ」と茫然と見つめている。──と。
 
「きたきたきたァァア!!」
 
 すぐそばでウソップが歓呼の声を上げた。反応してそちらに目を向けてみると、竿はぴくぴく大きく力強く弧を描いていて、ウキも忙しなく動いている。
 
「これは間違いなく世界一のエレファント大マグロだァア! 見てな、アリエラ! 腹いっぱい食わせてやるぜ!」
「世界一の、エレファント大マグロ…」
 
 よろりと立ち上がりアリエラは海に視線を流してみる。うう〜ん。エレファント大マグロ……。
 
「よし、今だァアア!!」
 
 ひょい、と竿を引き上げたがあがったのは世界一大きい伝説級のマグロではなくエメラルドに輝く小さな小瓶だった。釣り糸から離れてからん…と音を立て船尾に転がる。
 
「なァんてな」
「そのギャグ何回やってもウケないんだけど」
「でも、今回は当たりよ。この小瓶で何か作品が作れそうだわ」
 
 海水をたっぷり浴びたエメラルドの小瓶は太陽に反射してきらりと光る。白魚のような指を伸ばして、アリエラは嬉しそうにそれを拾った。ルフィを持ち上げたままのナミはうんざりして、えっへん。と胸を張り世界釣りチャンピオン≠フ経歴を語っているウソップに白い目を剥ける。
 なんせ、このギャグはもう99回目になるのだから。90回目まで毎回ルフィは「マジかァ!?」と騒いでいたがさすがに学習したのだろう。ナミに拘束されたまま無反応。
 
「よし、次こそは……!」
「ほんとうに次こそはお願いね、ウソップ」
 
 アリエラの可愛らしいおねだりに「おう、任せろ!」と張り切るウソップだがこの温かな海域にはエレファント大マグロは生息していない。雲を掴むような話だ。
 
「このままじゃあと2日で全員餓死ってとこか……?」
 
 筋肉はまだまだしっかりついたままだが、随分と薄くなってしまった腹を撫でながらゾロは1人寝っ転がっているメインデッキで渇いた声を漏らした。
 
 
「そもそもね! こんなひもじいのは誰のせいよ!! 私とアリエラで長い航海に備えて食料ひと月分、分けて保管しておいたのにたったの3日で全部食べちゃったのはルフィ! あんたでしょ!?」
「おう!!」
「威張るな!」
 
 ナミから解放されたルフィはピースして見せるが極め付けに後頭部を殴られてしまった。打撃は効かないルフィだけれど、もう1週間続く腹へりに頭がぐわんぐわんしてしまう。
 
「汲み上げマシーンがあるから水分補給は何とかなっているけど、本当にゾロくんの言う通りもう数日も保たないわ。私たち……もう死んでしまいそうにお腹減ったもの〜〜!!」
「…元気に叫ぶな、お嬢サマ」
 
 よろよろ覚束ない足取りでメインデッキに降りるとだら〜んと仰向けになっていたゾロににやりとされた。むむ、とアリエラも眉を顰めるけれど、これは別に悪口ではない。ゾロのコミュニケーションなのだ。
 
「だってもうお腹と背中がくっつきそうなんだもの…。ゾロくん水汲んできて」
「あァ? おれに命令すんじゃねェ」
「おねがい、ゾロくん……」
「……お前、何つーか。悪魔みてェだな」
「む、ひど〜い!」
 
 おめめを爛々と煌かせておねだりをするアリエラにほんの少〜し、揺らぎかけたがすぐに持ち直した。老若男女問わずに効きそうなこの攻撃にゾロは素直に感じたことを口にした。するとぷっくーり頬を膨らませるから、見てて飽きねェな、この女。と喉でくつくつ笑う。
 
「水ならまだ残ってるだろ。それ飲め」
「新鮮で冷たいお水がいいわ」
「わがまま言うんじゃねェ! おれだって腹減ってんだ、無駄な体力使わせんな」
「ふふ、冗談よ。冗談」
「聞こえねェんだよ。良家のお嬢さんだからな」
「もう、だから違うもの!」
 
 何度も否定しているのにそうやってお嬢さん≠セとからかってくるゾロくん。意地悪な男の子だわ! 私よりも2つも年上なのに!とぷりぷりしていると、船尾からまたナミの怒号が響いて冷たい甲板を撫でた。
 
「あんた達ね、鳥でも何でも取ってきなさいよ!!」
「だってよ〜力が出ねェんだもん」
「そこを何とか頑張って取ってきなさいって言ってんの! じゃなきゃ死ぬわよ、私たち!」
 
 限界の空腹にぴりぴりしているナミ。ゾロはまたぼそりと「命令すんな」と呟いたが、「おお〜〜!」と大歓喜なルフィの叫びにかき消された。
 どうしたのかとみんな目を向けてみると、ルフィは船尾の端に転がっていたお櫃を凝視していて。自然と頭に浮かぶ白くて艶々でほっかほかの白米に涎を垂らした。
 
「これは…!!」
 
 すぐさまお櫃の下へと飛んでいき、ご機嫌に木製の蓋を開けてみるが──
 
「中身は空っぽよ」
「ルフィくんががっついた残骸じゃない」
「おおおお〜!! ごはん粒だァ!!」
 
 確かに中身は空っぽでがびがびだったが、蓋の裏には一粒の真っ白な輝きが引っ付いていた。それにルフィは目を輝かせると、メインデッキで横たわっていたゾロと釣竿を投げ捨てたウソップはすぐ様反応して全力疾走でルフィの元で駆けていく。
 
「なにっ、ごはん粒!?」
「おいおいホントか、ルフィ!」
 
 駆けつけたゾロとウソップはよだれを垂らしながら、ルフィと蓋の取り合い。顔を押したり肩を押したりして何とか自分が口にしようとそれぞれ必死。たった一粒の干からびた米粒に。
 
「その取り合いでますます空腹になっちゃうのに、おばかね」
「ハァ…。私がバカだったわ。何でこんな奴らと手を組んだのかしら」
 
 確かに今まで見てきた奴らのなかでは圧倒的な強さを持っているけれど…。
 あまりの生活力の無さに怒りを通り越してうんざりしてしまう。それはアリエラも同じで、とてもいい人達だけれどそこだけはどうもダメダメね。とため息吐いて船尾に足を運ぶとふと物音が響いた。
 
 おかしいわ。
 ナミは双眸を細める。この船の船員は全員船首にいるのに、明らかな人の気配を感じる。その瞬間、倉庫の扉が勢いよく開き中から3人の若い男が姿を見せた。
 
「「おや、こんにちは」」
「あ……っ!」
 
 驚きに目を見開かせながら小さな悲鳴をあげるナミ。視界にちらついた男3人の背中に抱えられた大きな布袋にはよく見覚えのあって、ナミはほとんど本能的反応をみせた。
 
「それ、私のお宝!! 誰よ、あんた達ッ!」
「失礼は承知でいただいていきます。では!」
 
 カジュアルな装いの3人は表情を悪戯に変えて丁寧にお辞儀をしてGM号から海へと飛び込んでいく。が、波の音は聞こえない。
 慌てて駆け寄ってみると、いつの間につけられていたのだろうか…。小舟がぷかりと浮いていて、3人はそこに飛び降り宝を下ろした。
 
「ちょっとみんな来て! 泥棒よッ!!」
「何ですって!?」
 
 ナミがルフィたちに応援を送るが、すっと立ち上がって駆けつけたのはアリエラだけ。
 
「泥棒? それって悪い奴か?」
「さァな。あの宝だって泥棒して集めたもんだし」
「違ェねェ」
 
 ルフィとウソップとゾロはおひつを囲ったまま互いに笑い合っていた。正論といえば正論なのだが、ナミの怒りにますますぼっと火がつく。
 
「悪い奴よッ!」
「わあ、ほぼ全部持っていってるじゃない!」
「絶対取り返すわよ。あんた達も来なさいよ! か弱い女の子2人で戦わせる気!?」
「そうよ! 私たちはか弱いレディなのよ!」
 
 美少女2人組がぷりぷりと怒ってみせるが、その可愛らしい言葉はこの野郎3人には届かないものだった。
 
「か弱いだってよ」
「どこが」
「正反対だろ」
 
 まあ、これもまた正論なのだけれど…。
 ゾロの反芻にルフィとウソップが頷いて、2人は腰に手を当て額に青筋を浮かべている。
 
「では、お宝の代わりにこちらを差し上げましょう!」
 
 ふと小舟から声が投げられた。顔を覗かせる前に風呂敷が下から飛んできて、ルフィたちのいる船尾にぼとっと落ちた。
 何だか柔らかそうなものだ。固結びを解いてみると中からはたくさんのおにぎりが溢れ出てきた。
 
「「うおォォオオ!!」」
 
 たった1粒のかぴかぴな米粒を争っていたルフィ達は目をかっ開いてほかほかなおにぎりに手を伸ばして、すぐさまがっついた。
 究極な空腹の今、欲しいのはお宝やお金ではなく腹を満たしてくれる食糧。ルフィたちの頭の中からナミのお宝という文字はすっかり消えてしまった。
 
「ああ……ごめんなさい、ナミ…っ」
「え、ちょっとアリエラ!」
 
 船尾に転がるたくさんのおにぎり。死ぬほどの空腹を感じているのはアリエラも同じで、目を輝かせてよだれを垂らしながら船尾へと走っていってしまった。
 小さな背中に手を伸ばすが、空腹だから…仕方がない。
 
「いい奴じゃん!」
「何日ぶりのメシだ!?」
「あァ。久しぶりに腹が満たされる」
「ん〜〜っ、おにぎりってこんなに美味しかったかしら…!」
 
 床に座り込みがつがつ食べ進めるルフィたち。
 アリエラも彼らに負けじと次々におにぎりに手を伸ばしていく。山ほどあったおにぎりは次第になくなっていき、最後の1個をルフィが一口で飲み込んだ。
 それでもまだ育ち盛りの餓死寸前だった彼らのお腹は当然に満たなくて。
 
「お〜〜い! もっとおにぎりないのかァ〜!?」
 
 指をぺろりと舐めて、船ばたから顔を覗かせるルフィに出航準備を整えていた泥棒たちは躊躇うことなく銃を放った。
 耳をつんざく乾いた音が大空の下響き渡り、次いでばたりとルフィが仰向けに倒れた。
 
「ルフィくん、大丈夫?」
「…っ、おい! ナミ! あいつら悪い奴だぞ!?」
「だからそう言ってんでしょうが!!」
「おい、人のこといきなり撃つな! びっくりするだろうが!!」
 
 確かに、額をぶち抜いたはずだった。3人しっかりそれをみていた。
 人は通常、額を抜いたら死ぬはずだ。なのに麦わら帽子をかぶった男はぴんぴんしていて驚くことに額に傷1つなかった。
 
「た、確かに…当たったのに……」
「う、撃てェーっ! 撃てェ〜!!」
 
 何が何だか分からずに混乱しながらも得体の知れない男に向かってありったけの銃を使い、撃ち続ける3人。
 腹に響く音を立て、静寂の中に喧騒がうまれる。
 
「きゃっ!」
「お前は伏せてろ!」
 
 外れた弾が欄干に次々と当たり、アリエラは身を縮こませるとゾロが守るように一歩前に出てくれた。
 さっきはああ言っていたけれど、か弱い存在として見てくれているのが伝わってくる。
 
 ウソップと一緒に床に頭をつけて弾を交わしていると、すぐにルフィが身体を大きく膨らませて弾を全て1人で受け切った。受けた皮膚がびょ〜んと後ろに伸びていくのに彼らは目をまん丸にまるめている。
 
「ゴムゴムの〜! ロケットーーっ!!」
 
 何発も受けた弾を小舟に跳ね返しながら突っ込んで行ったルフィはそのまま操舵室をぶち抜き壊してしまった。
 大きく揺れる半壊な小舟の中「なにィーーっ!?」と3人の絶叫とどこからか子どもの叫び声が空を切り裂いた。