ねじまき島の冒険 1/9P


ここは東の海有数のリゾート島であるシュピール島
先日、この島に辿り着いたGM号はしばしの休息の時間を楽しむことにした。
運がいいことに、今はシーズンオフ期間だったため、お客はほとんど入っていない。コテージも上等な部屋を借りられて、みんな大満足であった。
魚人アーロン一味との激闘を経た麦わらの一味は、これを機にゆったりとそれぞれが思い思いのままに過ごしているのだが──

「な、ナミぃ〜〜!!」

まだまだ静けさを孕んだ朝方。
まどろむ空気のなか、似つかない声がナミとアリエラが借りているコテージに響き渡った。あくびをしながら朝食の準備をしていたナミは、トースターにトーストを二枚丁寧に置いて、タイマーをぐるりと回し、絶叫の主の元まで向かっていく。この絶叫の意味はもう聞かなくてもわかる。やっぱり、ダメだったか。
今回の立ち寄りは、休息の意味を大きく込めているため、サンジも料理をお休みしてもらった。最初は「おれの仕事だ、やらせてくれ」と言っていたのだが、サンジにとって女神であるアリエラとナミにお願いされては「お、おれの負けだァァ」と最終的には折れてくれたのだ。
サンジはこれまで、ひっきりなしで海上レストランで働いてきたのだから、こういう休息をきちんと取ってほしい。

トースターのジリジリした音を背中で受け止めながら、ナミは寝室の扉を開けて「はいはい」と主に投げた。
ベッドの前で、下着姿のままでしくしくと表情を下げているアリエラは彼女の登場に、眉を上げてシーツの上に並んでいる水着を指さした。

「可愛いでしょ? その水着。あんたのよ」
「ナミが買ってくれたのね。…でも、違うの。私の水着はこれじゃないのよ。昨日まで着ていたあの水着、どこに隠したの?」
「隠したなんて人聞きが悪いわね。洗ってるのよ、今」
「洗ってる…?」

ナミが半開きにしている寝室のドアの向こう側から、洗濯機が水を立てている音が聞こえてくる。目をぱちくりさせているアリエラの耳に、私とアリエラの水着計四枚洗ってるの。と紡がれたことばが届いた。

「ええ!? ど、どうして洗っちゃったの!?」
「どうしてって、あんたね。昨日と同じ水着を着るつもり? 当たり前でしょ」
「そ、それはそうだけど……で、でも! どうして二着とも洗っちゃうのよぉ!!」
「ああ…ごめ〜ん。間違えた
「うう…っ、絶対うそだわ…」

シーツで胸元を押さえながら、アリエラはじっとりした目を彼女に向ける。ぺろりと舌を出しているナミは、とおっても可愛いから揺らぎそうになるけれど、でも今日着る水着がないことにはどうもむむむ、と寄せる眉を緩めそうにはない。
いや…。今日着る水着がない、という事態だけならば許せるのだけど、言外に伝わってくる「ビキニを着てみて」という意味を含めた洗濯だもの。そういった目をナミに向けると、やっぱり彼女はにんまり微笑んでいる。

「今日、ビーチに行けないわ」
「どうして? 水着ならあるじゃない」
「むう、」

ほら。満面の笑みで並べているビキニを指さすナミ。
やっぱりやっぱり、嵌められたわ! お洗濯してくれているのは、ありがたいけれど──。
でも、こんな露出の高い水着を着るだなんて。私には無理だわ!今日は、大人しく砂場で待機かしら。そうね、だってそもそも能力者だもの。

「さあ、アリエラ。早く水着に着替えて朝ごはんにするわよ」
「きょ、今日は私、水着は遠慮するわ」
「なに言ってんの! 海よ、ビーチよ。水着を着ないなんてあり得ないわよ!」
「だって私、こういう水着を着たことないもの……」
「でも、アリエラ。あんたももう17でしょ?」
「うん…」
「花の17歳がガードきっちりな水着でバカンスを楽しんでどうすんの。こういうのはね、ちゃっちゃと克服しちゃうのが一番よ」
「うう……」

確かにそれは一理ある。いずれ、私もセクシーなビキニを着るんだわ。そう夢に描いたことはもちろん、女だもの。あるけれど、その“いつか”は遠い遠い未来であり、下手したら訪れない程に遠い場所に存在していたり、する──。
だから、ナミのいう通り。花の17歳で思い切ってデビューしちゃうのが、いいのかもしれないわ。でも、でも……。ナミは奇跡のスタイルを持っているからいいんだけど、私の場合は貧相に見えないかしら?

ふわふわな金髪を揺らしながら、う〜んう〜ん唸るアリエラにナミもやれやれとため息を床にこぼした。このままでは埒が明かない。
アリエラのベッドに並べてあるのは、水色のフリルのビキニと、黄色のマーガレット柄のビキニ。そして、赤のシンプルなビキニ。この中で、今のアリエラに似合うのは水色のフリルだろう。白いフリルがふんだんに使われていて、胸元を美しく可愛らしく見せてくれるもの。トップスだけでなく、ボトムもぴっちりしたものではないスカートタイプなので、ビキニ初心者にも優しいものだ。これなら、アリエラにもいけるはず。
コテージ側が室内着を貸してくれるため、水着とラッシュガード以外は全てGM号に置いてきているから、どちみち水着を着なくてはならない。

「これにしちゃえば? ほら、色もデザインもアリエラにピッタリよ」
「……そ、そうね。私、海賊になったんだもの。セクシーに攻めなくっちゃダメよね、」
「そう、その調子よ。アリエラ! じゃ、着替えたら呼んでね、私コーヒー淹れて待ってるから」

じゃあね〜。とご機嫌に扉を閉めるナミを見送り、アリエラはもう一度はぁ。と大きくため息をついた。
これも、素敵なレディへの第一歩だわ。殿方の前で、こんな露出をするなんて考えたこともなかったけれど、そうよ。海賊になったんだもの!
そう、奮い立たせてアリエラはナミが選んでくれた水色の水着を手に取り、するりと身につけていく。何だか、布の範囲が下着みたいだわ。そう感じながら髪の毛を二つに結って、全身鏡の前に立ってみる。と。

「あら…」

鏡の中の少女は、自分の姿に驚きながら青い目をぱちりと丸めている。
肩からはらりと垂れている柔らかな金は、いつも以上に晒している白い肌に溢れて輝いている。普段着ているスカートの丈とはかけ離れているボトムの短さに、大丈夫なのかしら?と不安になっていたが、生足を大きく出している分、いつも以上にすらりと長く見える。
そして、高い位置に存在している腰からアンダーバストまでは、美しい曲線を帯びていて、裾のフリルからたっぷりと盛り上がっている山を辿れば、美しさの象徴でもある大きな胸が窮屈そうに顔を寄せ合っていた。胸が大きい自覚はあるのだけど、こう見るとそれをより実感する。

「あら、いいじゃない! アリエラ!」
「わっ、ナミ、!」

私じゃないみたいだわ。お洋服一枚でこうも印象を変えて見せるのね。
感心しつつも、私ったらなかなかスタイルがいいじゃないかしら?なんて、ぼうっと鏡に映る美女を眺めていたら、ひょっこりと後ろからもう一人の美女が顔を覗かせた。
鏡越しに目を合わせて、ちょっぴりぽぽっと頬を染めてもじもじすると、オレンジの瞳は柔らかに細められた。

「うんやっぱりよく似合ってるわよ、アリエラ! サイズもバッチリね、ほ〜んとスタイルいいわよねぇ、あんたも」
「ほ、本当? やっぱり、私ってスタイルいいのかしら?」
「なに自分で気づいてなかったの? あっきれた」
「だって、ナミがあまりにもスタイルいいから。何だか圧巻されて、自分が貧弱に見えていたの」
「そりゃあ、私よりもスタイルがいい女の子なんてそうそういないでしょうけど。でも、アリエラはこの私が見惚れるくらいに色っぽい身体してるわよ」
「もう〜〜やだぁ、ナミったら」

ローグタウンの更衣室で「あんた、胸かなり大きいわよね」と言われたことを思い出した。あの時、着せ替えを楽しんでいるように見せかけて、水着のサイズを測っていたらしい。恐るべし、ナミさんだ。
だけど、おかげでこうして花の17歳。ビキニデビューができたのだから、彼女に心から感謝をしめす。これで、もっともっと海賊に近づけたんじゃないかしら?

「わあ、ナミは今日は赤い水着なの?」
「そうよ。どお?」
「うん、ナミによく似合っているわ! なにを食べたらそんなスタイルになれるの〜? こんなにも胸大きいのに、なんて腰が細いのかしら…! 事件ものだわ!」
「事件ってね。ほぼ同じサイズの癖してなに言ってんだか」
「でもでも、脚はナミの方がずっと長くて素敵だわ」
「当たり前でしょ。身長が全然違うんだもの。ってか、あんただって小柄なのにちょっと長いんじゃない? その脚」
「そうかしら?」
「自分じゃ分かんないのね。ね、それより早くご飯食べてメイクしましょ。この前ローグタウンでバカンス用のコスメを一式買ったじゃない? あれ、早く使ってみたいのよね」
「グランドライン級ウォータープルーフってやつでしょう? うふふ、相当すごいんでしょうね。私も今日はこの水着に合う色を組み合わせたいわ」

きゃぴきゃぴ大盛り上がりで、寝室の電気を消してリビングへと急ぐ二人。
赤と水色の背中のリボンがゆらりと揺れて、夜明けが連れてきた太陽が薄い陽光をコテージいっぱいに照らしていた。


(21.3.22)