ONE PIECE 6/13P


 森の中で方角を見失い、途方に暮れていたルフィたち。見晴らしのいい場所に出ると、林の中に立ちそびえるインディアン風な立派なお城が目下に広がった。
 ここははじめて出る場所だ。
 
「あっ、あれだ! あれがウーナンの城だ!」
「じゃあ、あそこにウーナンが?」
 
 指をさすトビオにゾロが尋ねると、彼は大きく首肯する。
 そのとき、そのウーナンのお城≠ニされる場所から目を突き刺すような青い閃光が走り、大きく大地を揺らした。
 
「何かしら…!?」
「なんだ?」
 
 その光にみんな一瞬怯んだが、次の瞬間にはトビオは下層へと走り出していた。少し揺らぎはじめているウーナンのお城に、危惧を感じて。
 憧れの存在である彼の在り処を壊す奴を許せない気持ち、焦る気持ちはよくわかる。ルフィも背中にゾロとアリエラを連れたまま、トビオの背中を追いかけて、「ゾロに掴まれ!」と声を投げた。
 はっとしたトビオは、たくましいゾロの身体にぎゅっとしがみつき、猛スピードで草原の坂を下っていくルフィに身を任せる。
 
「ううっ、耳が裂けちゃいそうだわ…!」
「何なんだ、このバカでけェ声は!」
 
 城付近に近付くたびに、鼓膜を貫きそうなほどの轟が響いていて、アリエラもゾロも険しく表情を顰めてみせる。
 ムッとしたのはルフィも同じだ。
 
「なにもかも壊せば、すぐに黄金が顔を出す!」
 
 大声と光線が止むと同時に、呟かれた言葉はエルドラゴのもの。だが、高台から城下までジャンプしたルフィの「うるせェーッ!!」と、怒りの叫びにそれはすぐに掻き消されてしまった。
 
「んぬ?」
「うるせェんだよ、ライオン!」
「ライオン?」
 
 瓦礫の中、着地した麦わら帽子の青年にエルドラゴはきょとんと目を丸くする。一体どこから飛び降りてきたのだ、と。
 
「違うわ、ルフィくん。ネコさんよ」
「あ、そうか! すまん、ネコだった!」
「な、何だ。てめェらは!」
 
 突然、目の前でとんちんかんな話をするルフィとアリエラにエルドラゴはまだついていけない。だが、透き通る声に誘われるように、大好きな金の髪色に視線を流してみると、それを持つに相応しいほどに麗しい相貌にエルドラゴはほう…、と溜息を漏らした。
 
「こりゃ随分と上等な女だな」
「こんにちは、ネコさん」
「…お前、どこ行っても目引かせるんだな」
 
 舐めまわすようにアリエラを見つめるエルドラゴに、ゾロは呆れてしまう。確かに、綺麗な女だとは思うけれど──。
 ゾロにとってはただそれだけのこと≠セから理解不能なのだ。
 
「そいつはアリエラだ。そして、おれはルフィ! 海賊王になる男だ!」
「海賊王……?」
「ちなみに、こいつはゾロ」
「よお」
 
 流れるような素早い自己紹介を済ませると、ルフィは大きく息を吸い込み、お城に向かって思いっきり吐き出した。
 
「ウーナン!! いるのか!? いたら返事しろーっ!!」
 
 半壊した城庭から砂埃が上がっている。人の気配が微塵もないウーナンの城。
 ルフィの声はこだまして、森の中にふわりと消えてしまった。
 
「ダハハッ! 奴はとっくの昔にくたばっちまったよ!」
「会ってみねェと分からねェ!」
「あァ?」
「生きてるって信じてる奴が一人でもいるんなら、ホントに生きてるかもしれねェってことだ!」
「なァに訳分かんねェこと言ってんだ?」
 
 まっすぐ、光を帯びた目をウーナンの城に向けているルフィ。エルドラゴにとっては不可解な発言だが、ゾロから降りて地に足をつけていたトビオの小さな胸にはずん、と響いていた。
 その一部始終を木陰でそっと伺っていたナミとウソップも突然の登場に驚きながらも、やんわりと笑みを浮かべている。が、気になるのは一つに拘束されている姿。
 
「おい、あいつら何であんなことになってんだ?」
 
 さっき、おじいさんと口論になっていたところを目撃していたナミは、なんとなくこうなった原因を察していて、ウソップに告げようとしたがふと小さな影が動き、「あっ、」とついて出た。
 
 ルフィの一言に火がついたトビオは、エルドラゴの前に立ちはだかっていたルフィたちを体当たりして押しのけたのだ。
 
「うわっ!」
「うおっ」
「きゃあっ!」
 
 相手は子どもだとはいえ、全力の体当たりを無防備で喰らった彼らはされるがままに倒れてしまった。幸いなのがアリエラがルフィとゾロの下敷きにならなかったこと。
 三人を押しのけたトビオは、覚悟を決めて自身の武器である木製バットを握りしめて、エルドラゴを睨みあげていた。じわり、嫌な汗が手のひらを濡らしている。
 
「ウーナンの黄金はおれが守る!!」
 
 真っ黒な幼い瞳をみつめ、エルドラゴはふんっと鼻で笑った。
 
「この島にあるのはウーナンが命懸けで集めた黄金なんだ! お前みたいな悪党に好きにされてたまるか!この島から出て行けッ!!」
 
 怯まずに、噛み付くトビオ。
 それが気に食わなかったエルドラゴは、双眸を更に細めて、トビオが構えているバットをひょいと片手で持ち上げた。しがみつくように決してそれから手を離さないトビオは宙ぶらりんのまま、足をジタバタして何とかもがくが相手は大男。振り払えるわけがなく、ただ空を切る様子に奴は笑みを浮かべている。
 
「そんなに出て行ってほしいならお前が出て行け!!」
 
 空いた片腕を大きく振り上げた。エルドラゴの爪は長く鋭く、武器となる。それをトビオに思い切り振りかざそうと構えを取ったのだ。
 
「あっ、危ないわ! きゃっ!」
 
 アリエラが目を丸めて悲鳴をあげた瞬間、ぐらりと大きく体が揺れて気がつけば大地と同じだった目線が元に戻っていた。
 キィィン、と甲高い金属音があたりに響き耳を刺した。間一髪で、ゾロが咥えた刀で爪を弾いたのだ。衝撃にトビオは手中から解放され、地に叩きつけられる。
 
「ううっ」
「トビオくん!」
 
 こんなに小さな子がこの大男に立ち向かい、威力を含めたまま地に落とされ、どれだけ怖かっただろう。痛かっただろう。
 アリエラは抱きしめたくてもがくが、縛られたままでは手を伸ばすことすらもできずに、くっと唇を噛み締める。
 
「ほう…。なかなかの使い手のようだが、おれは止められん!」
 
 折れた2本の爪に目を細め、怒りのままエルドラゴはゾロ目掛けて大きくジャンプをする。
 ルフィとアリエラを背中につけたまま、ゾロは2人に刃が当たらないよう細心の注意を払いながら、彼の攻撃を刀で弾いて、こちらも刃を振りかざすが、今はハンデが多すぎる。うまいこと攻撃が当たらなくて、ゾロの胸中を焦がすばかり。
 
「ん? ハハハ、どうしたどうした?」
「くっ…刀三本使えりゃこんな野郎……!」
 
 嘲笑しては見下すエルドラゴに、ますます火がついて、ゾロは咥えている刀に力を込めるが、足を前に踏ん張らせてもこれ以上先へは進めない。
 
「きゃっ、」
「ん?」
 
 後ろからなにか引っ張られているような感覚。ぐん、と圧迫されるお腹まわりにアリエラとルフィは小さく息を漏らした。
 
「おい、ルフィ! 止めるな、やらせろ!」
「止めてねェぞ」
「ああ?」
「る、ルフィくん…、あしが……」
 
 どうしたのかしら?とアリエラが前方に双眸を向けると、瞬時にこれから起こるできごとを予測してしまい、ひやり、嫌な汗が背中に流れた。
 絞り出すような細声に、ゾロも察しがついてごくり、生唾を飲み込んだ。
 
 ルフィの脚と三人をくくりつけている鎖の先端は、さっきまでいた上層部の崖に挟まったままで。伸びに伸び切ったルフィの脚はもう限界値を迎えている。
 
「んぐぐぐ…ううっ…!」
 
 ゾロがなんとか、足元に全集中と力を捧げて踏みとどまることを試みるが、流石のゾロの馬力でも、ハンデがある今ではゴムと三人分の体重には敵わなくって。
 
「「うわァァァッ!!」」
「わっ!」
「きゃあああっ!!」
 
 痺れがきれたように、ゴムが力を緩めて三人とトビオを引き連れ、崖に激しく衝突しながらぼよんぼよん、と空高く飛んでいった。
 木陰でひっそりと見つめていたナミとウソップは、互いに顔を見合わせて、エルドラゴ達の隙を伺い、三人が飛ばされた崖の上、草原の丘へと走り出した。