ONE PIECE 4/13P


「クソじじいッ! ここまですることねェだろ!!」
「だから船で働くって言ってんじゃねェか!」
「ひどいわ! こんな美少女を縛り付けるだなんて……!」
 
 食い逃げ(語弊有り)を図ろうとした3人を太い鎖で1つに縛り付けた岩蔵。
 悪意や悪気はないとはいえ、石で会計を済ませようとしたルフィは拘束されても仕方ないが、ゾロとアリエラは一歩たりとも動かなかった。そのため2人は特に不満そうに顔を歪めている。
 もっとも、悪いのは無賃で食してしまった自分達。というのをきちんと理解した上でだが。
 
「働き手はあいつがいれば充分だ!」
 
 顰めっ面のまま指をさすのは島に降りて海水でおでん鍋やコップ、お皿にお箸を洗っているトビオ。彼もお手伝いは不本意のようでつまらなさそうに唇を尖らせている。
 
「うう…。私たちの船が見えたら必ずすぐにお支払いするわ!」
「食い逃げしようとしたてめェらに信用はねェ」
「おれたちは逃げてねェっ!!」
 
 アリエラのうるうるおめめも効かない岩蔵。ゾロはメリー号の中でふと思考を巡らせてしまった老若男女問わずに効きそうな攻撃≠引っ張り出し、随分と頑固ジジイみてェだ。と改めて内心呟いたと同時に揺らがない心に何か企みがあるんじゃねェか、とハッとする。
 
「そうか、分かったぜ。ここでおれ達に黄金を探させようってハラだな?」
「喧しいわ!」
「悪どい海賊に売りつけるつもりね!」
「てめェらも海賊だろうが!」
 
 子どもと女、とくに美女は高く売れる。そのことを知っているアリエラはわざとらしく顔を青ざめさせる。
 そのとき、びゅうっと強い風が吹いてルフィの帽子が拐われた。ふわふわ宙を泳ぎ、海辺にいるトビオの頭上を越えていく。
 
「あっ! おい、トビオ! それ取ってくれ! 大事な宝物なんだ!」
「ん〜!」
 
 海水に濡れた手を払い、ルフィの帽子をキャッチすると岩蔵は眉を吊り上げ声を荒げた。
 
「さっさと片付けろッ! そんなことじゃいつまで経ってもおれの跡継ぎにゃなれねェぞ!!」
「何だって!? 勝手なこと言うなッ! おれがいつおでん屋なんかやりたいって言ったよ!?」
「口答えするな、半人前のくせに! おれの言う通りにしてりゃいいんだ!」
「ふざけんな! いつもいつもおでんのことばっかり! そんなにおでんが大事かよ!」
 
 胸の前で掴んだままの麦わら帽子を強く握りしめて怒りを吐き捨てると背中を押されたかのように今まで溜まっていた鬱憤が吹き上がって、トビオは重ねていた皿を踏み割った。
 
「おれはウーナンのとこに行く! 二度と帰らないからなッ!!」
「あっ、おれの帽子!」
「うおっ!!」
「きゃあっ!」
「待て、返せッ!」
 
 涙をじわりとためたトビオは麦わら帽子を握りしめたまま森の奥へ走って行ってしまった。
 偉大な男からもらった何よりの宝物なあの帽子、ルフィは居ても立っても居られなくなって上半身を拘束されたまま走って追いかけていく。もちろん同じ鎖で束に繋がれたゾロとアリエラも強制的に森へと連行される。
 
「る、ルフィくん! お支払いはどうするの!?」
「あ、そうだ!」
 
 まだ話の途中だったことを思い出し、ルフィは森に入る手前で急ブレーキをかけて立ち止まる。そのせいで振り向いた瞬間に先に伸びていた鎖の錨部分がゾロの頭に思い切り激突してしまった。
 
「きゃっ、すごい音したわ! ゾロくん大丈夫!?」
「ってェな、くそ…ッ」
「おっさん! 金は必ず払う! だから心配すんな!」
 
「ぐへっ」と声を漏らしたゾロに気付くことなく、ルフィは満面の笑みを岩蔵に向けるとトビオを追って森の中に向かって行った。
 
「トビオ……」
 
 そんなにおでんが大事かよ!
 頭のなかで反芻するこの言葉──。孫ではなく子どものように接して育ててきたトビオ。
 岩蔵は見えなくなった背中を追うように、眉尻を下げて森の中をずっとみつめていた。
 
 ◇
 
「「んなァッ!?」」
 
 そのころ、エルドラゴとその一味に捕まり無理やり宝探しをさせられているウソップはルフィ達が入った森を抜けた先にあるひらけた高台の草原にいた。
 
 高台の崖付近にはウーナンの部下が遺したとされる宝の地図に記された通り、巨大なクジラの像が鎮座していた。あまりの大きさにエルドラゴ達もウソップもあんぐり口を開けて見上げていた。
 
「なんだぁこりゃあ〜!?」
「クジラだな」
 
 まさか本当にあるだなんて。地図に対して半信半疑でいたため、ウソップはつい気の抜けたような声を上げてしまう。
 
「「クジラが西向きゃ尾は東──」」
 
 全員で詠唱しながらクジラの頭から尻尾にじろりと目線を滑らせる。頭は森側に向いていて海に背を向けるように造られているこの像。
 
「つまり東は……」
 
 純粋に気になったウソップは自ら率先して尾の先を追ってみる。 尾は少し曲げられて草原に垂らされているのだ。 草を踏みながら尾の先に向かうと、錨のように尖った先はこの崖の下の森深くに聳えている小さなお城のような建物を指していた。
 
 
「さっさと歩け!」
「わ、分かってる!」
 
 黄金の在り方が分かると、一行は来た道を引き返して下層に降りていく。ここでも尚、ウソップを逃すことはしなかった。黄金が見つかるまではここから逃げられないと察し、ウソップは重たい息を空気に溶かした。
 
「さっきのとこに黄金の山が眠ってるに違いないが、問題は城のどかにあるか…だ」
「大丈夫っすよ、エルドラゴ様! こいつが知ってますから」
 
 満面の笑みでウソップを指差すのは泥棒組の内の1人。恨めしいほどに悪意を感じさせないものだ。みんな本気でウソップがありかを知っていると思い込んでいるようだった。
 
「あ、あたぼうよ…! おれはウーナンとマブダチだからな!」
「何? ウーナンと?」
「おうよ! このおれに手を出してみろ! ウーナンの仲間が黙っちゃいねェぞ!」
 
 この先に黄金があるかなんてウソップに分かるはずがない。どうにか命に保険をかける為、そう宣言して胸を張るがどうしてか、みんな静まり返ったのちにぶっと吹き出した。
 
「な、何だ!?」
「ウーナンの仲間はもうこの世にはいねェよ!」
「何? どういうことだ」
 
 笑いながら吐き出したエルドラゴにウソップは保険が失敗に終わった恐怖をも忘れて素で聞き返す。
 ウーナンの消息は不明だったが、仲間はまだ航海を続けているのは手配書や新聞をみても確かだったのに。
 
「ふん。全員片付けてやったのさ! おれ達の手でな」
「なんだと!?」
「最後の1人がこの地図を持っていたってわけだ。ウーナンとその宝が眠ってるという宝の地図をな!」
「だから、奴らの黄金は当然おれ達のものになるってわけだ!」
「おれ達じゃねェ! 黄金はわしのだ」
 
 ふふん、と得意げな部下に大きく否定を荒げたのはやっぱり金を愛するエルドラゴ。ただでさえ迫力のある劈く声、その上大男に叱られては怯んでしまう。実力も能力も知っているから尚更。
 
「「そ、そうそう!!」」
 
 ある悪魔の実を食べたエルドラゴの威力は先ほどのように海を揺らしてしまうほどのもの。あの口からの光線を直に食らったら木っ端微塵だ。
 部下たちはみんな愛想笑いを浮かべてゴマをする。
 
 今の隙に逃げてやろうとウソップはそろりそろ〜り。抜き足差し足で立ち去ろうとするが──
 
「どこに行く?」
 
 すぐにエルドラゴにばれてしまって、びくっと猫のように大きく身体を揺らして立ち止まる。
 
「い、いや……!」
「まさか貴様、逃げる気か?」
「いいいや、その…トイレ! トイレに行きたくてよ! いちいち断って行くのはエチケット違反でしょ!」
 
 ははは、と冷や汗たっぷり乾いた笑いを空気に漏らすがエルドラゴを筆頭に全員じーっと不信げにウソップを凝視している。このまま睨み殺されそうだ。
 
「こいつ、やっぱり怪しいぞ。本当に黄金の在り処を知ってんのか?」
「やだな、君たち〜。ボクが嘘をつく奴に見えますか? こう見えても正直者で通ってんだぜ、!」
「本当か?」
「当たり前じゃーん! 生まれてこのかた一度も嘘なんかついちゃいないって! ハハハハッ!」
 
 ぺらぺら上手いこと口を回すウソップだが、まだ内心ひやひやでたじたじだった。あのウーナンの仲間を殺した奴ら、さっきみたエルドラゴの力。まずい、確実に殺されてしまう。
 (やべェ! こいつらやべェぞ! なんとか隙を狙って逃げねェと…ッ)
 どうにかチャンスを探さなくては。そちらに意識を集中させていると、遠くを見ていた部下2人がボスの名を呼びながら戻ってきた。
 
「この先、道が塞がってますぜ!」
「おいおい、マジかよ!?」
「ここまで来て遠回りかよ〜」
 
 (ん? 遠回り…)
 
 これはチャンス到来では?
 にんまりと笑みを浮かべるが、その希望の光もすぐに打ち消されることとなる。
 
「慌てるな。ゴラス!」
 
 ポケットから金貨3枚を取り出し、宙に投げるとエルドラゴの護衛役な寡黙なゴラスはそれを拾いニヤリと口角を吊り上げて頷いた。
 
「……どいてろ」
「な、何だ?」
 
 背負っていた太刀を抜くと、思い切りそれを振るいあげて咆哮と共に一気に地に振り下ろした。
 一瞬静寂を挟んだ刹那、塞がれていた道は地割れを起こし土砂崩れをかち割ってしまったのだ。いくらゴラスも大男とはいえ、桁外れのパワー…。
 ウソップは思わず止めてしまっていた息を慌てて吸い込んだ。
 
「う、ウソだろおい…!」
「あれくらいゴラスには造作もねェってこった」
「あァ」
 
 自慢げに呟くエルドラゴに平然と太刀をしまうゴラス。彼にみんなが賞賛の拍手を送っているなか、ウソップだけがまた更にのし掛かった絶望に肩を落としていた。