今朝の冬


ベージュ色のカーテンの隙間からすうっと射し込むやわらかい陽光が、ふわりとまぶたを撫でた。そこだけが、やけにあたたかく感じるのは、今日の気温が低い証拠だ。ぼんやりと揺蕩う意識のなか、落ちそうになったまぶたを欲のままに預けてみる。
まだ新しいダブルベッドの上での心地の良い二度寝。腕を伸ばして空いたスペースを弄ってみると、愛おしい体温がまだ微量に残されていて冷たい手にじんわりとぬくもりが染み込んでいく。それだけで、半分夢の世界に旅立ってはいても、口元はどうしようもなく緩んじゃう。

同棲をはじめて二ヶ月目。季節は徐々に冬めいてきて、毎朝起きるのにもつらさを感じてしまう頃だけれど、あったかい彼のおかげで今年はぬくぬくとした朝を過ごせそうだ。
なまえの起きる時間に合わせてサンジは必ず部屋の暖房を入れてくれる。これまでは意を決して布団から抜け出し、暖房が効くまで寒さをぐっと我慢して行動していたけれど、それがないだけで冷える朝の印象は一気にきらきらなものへと変わったような気がする。…それも、サンジと住み始めてから知ったもので、そんな日常の中に潜む小さな幸せを生み出してくれているのもまた彼なのだと思うとどうしようもなく好きが膨れあがっちゃって、なまえはふふふと半ば夢の中で笑い声をこぼしてぎゅうっと毛布を握りしめた。


「おはよ、おれの愛しいお姫さま」
「ん……、」

しあわせな二度寝を心地よく揺蕩っていると、耳障りの良い甘い低音が鼓膜を揺らした。夢の世界に行っていた意識は、大きな両手で掬われるようにして、緩やかに覚醒を帯びていく。

「…サンジくん、」
「お、良いお目覚めかな?」
「……えへへ、おはよサンジくん」
「んっ、今日も世界でいっちばん、クソ可愛いね。なまえちゃん」

ぱちりと目を醒ますと、さっきとは異なりたっぷりの淡い陽光が床を照らし、お部屋はぬくぬくとしていた。頬に当たる温もりとやわらかさも毎朝お馴染みのもの。けれど、この柔と愛を受けながらのお目覚めはまだ慣れはしなくって、ドキドキと速く鼓動が刻まれる。

「今日はさみィな。なまえちゃん、これ羽織りな」
「わあ、ありがとう」
「どういたしまして。さっきゴミ捨てに行ったとき、雪でも降りそうなくらいに寒かったから今日はあったけェ格好した方がよさそうだよ」
「…ふふふ」
「ええ なあに? かわいいなあ、もうっ」
「お目覚めそうそう、サンジくんに愛されてるなあって思って。そしたらなんかね笑い声が出ちゃった」

えへへ、と乱れた毛布を手繰り寄せながら笑うとサンジはぱちりとまばたきをしてから喉仏を隆起させた。驚いた表情を浮かべて、そして。ふ、とひだまりのような笑みを浮かべる。

「うん、すっげェ好き。もうだいすきで仕方ねェんだ。おれはね、なまえちゃん。きみを愛するために生まれてきたんだよ」
「ん、」

肩にするりとカーディガンをかけながら、サンジはなまえのこめかみにちゅっと甘いキスをおとした。髪の毛やこめかみへの口付けは、大切に思う、という意味が込められているらしい。付き合ってまだ間もない頃にロマンチストな彼氏がそう教えてくれたのだ。
彼の愛に眠気もとろりと溶かされていく。あと五分。実家や一人暮らしの頃は毎朝のようにこぼしていた台詞は、サンジと住みはじめてから綺麗さっぱり消えてしまった。

「さあ、お姫様。顔洗っておいで。その間にあったかい紅茶淹れておくよ」
「うん。ありがとうサンジくん」
「今日はミルクティーの気分かな?」
「へへ、あたり
「なまえちゃんの好きなはちみつもたっぷり入れちゃうな」

手を引きながら、ベッドから立ち上がらせてくれるサンジの王子様っぷりに感動しつつも、いつかこれが日常になっていくのだと思うと、大袈裟だけどでも本当に。彼と生きていく“この先”が楽しみで仕方なくって、今日はなんでもない平日だけど特別な一日であるような錯覚を覚えてしまう。
サンジくんって魔法使いみたい。大きな愛と優しさでキラキラと日常を光らせてくれる彼の、少し冷たい手のひらをぎゅうっと握りしめて、お手製のモーニングを食べるべく寝室を後にした。



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