初雪


「ふあさむいわねえ!」
「お、おかえりなまえちゃん」
「ただいまサンジくん

午後の講義を終わらせた初冬のある日。すっかり日も短くなり、まだ17時を少し過ぎたばかりだというのに夜の帳はもう下がり始めていた。ひんやり冷え切った空気に曝された身体は芯から冷えていて、玄関に入った途端にぶるりと震えた。丁寧にブーツを揃えると小走りで長い廊下を渡ってリビングに入ると、キッチンに立っていたサンジが鍋をかき混ぜながらにこりと微笑んだ。帰宅の挨拶を済ませると、暖房の前に立って温かな風を浴びる。

「なまえちゃん、今日は寒ィな。風邪ひかないようにね」
「うん、ありがとう。本当に寒いわね、雪が降りそうだわ」
「確かに。明日お互い休みだし、雪降ったらホワイトデートしてェな」
「わあ、素敵 天気予報見てみましょ」

ちょうど夕方のニュースの時間だ。ラックからリモコンを取って、適当にボタンを押していくと男女のアナウンサーがニュースを読み上げている番組が映って、リモコンをそっとこたつテーブルの上に置く。

「こたつ入れてるから入りな、なまえちゃん」
「うわあ、さすがサンジくん。ありがとう
「はは、こちらこそだよ。なまえちゃん」

キッチンに立つ彼の元へとてててと駆けて、ほっぺたにちゅーするとサンジは嬉しそうに微笑んだ。ショートの金色の髪が空気を孕んでふわりと揺れる。それだけで、気品が溢れ出てなんて絵になるのだろう、となまえの心はくすぐられた。

「今ココアを作ってるんだ。ちょっと待ってね」
「わあ、嬉しい」

サンジのココアはどこのお店のものよりも美味しくって、体の芯から温まるから冬にはぴったりのドリンクだ。上には生クリームを乗せてくれるから、贅沢感もあってそれだけで心が躍る。今日が早朝出勤だったからランチまでが彼の労働時間だったはずだけど、見る限り16時くらいに上がって帰ってきたのだろう。眠たいはずなのに、夜ご飯の準備もココアも淹れてくれて、おまけにこたつを温めてくれているなんて。彼には頭が上がらない、もうサンジなしでは生きていけないほどに依存してしまっている。

綺麗に手入れされた洗面所の蛇口を手の甲で持ち上げる。冷水が手に直撃して「ひゃあつめたいっ!」と叫んじゃうと、キッチンからサンジの愛しそうな笑い声が聞こえてきた。ふわふわ飛んできた低くやさしい笑い声に全身がギュンとして、つられて笑ってしまう。嫌というほど自覚しているのが、彼の声が大好きだということだ。

「…サンジくん大好き」

リビングスペースに隣接している洗面所兼お風呂の扉を開けたまま手を洗っているから、鏡越しにサンジの金色がふわふわと揺れて見える。たまらなく愛おしくなってあの逞しい背中に抱きつきたくなった。この冷たい手のまま彼に腕を回したらびっくりするかしら?

ふわふわのタオルで手を拭いて、うがいも済ませてゆったりと洗面所のドアを閉める。ちょうどそのタイミングでココアも出来上がったみたいで、サンジはペアのマグカップにココアを鍋から移してクリームをちょこんと乗せ、チョコチップを散らしてくれた。

「わあ豪華ね!」
「なまえちゃん好きだろう? フォンダンショコラも作ったんだ。晩飯の前にちょっとおやつ休憩しよっか」
「うん! サンジくん、今日も一日お疲れ様でした」
「なまえちゃんもお疲れ様。よく頑張ったな」
「えへへ…」

食卓の前に立つ彼の隣に並ぶと、大きな手で頭を柔らかく撫でられてふへへと頬が緩み笑みが溢れてしまう。サンジに頭を撫でられるのが大好きだ。ふ、と顔を持ち上げて見ると、可愛い眉毛を少し垂らしたサンジの顔が近づいてきて、触れるだけのキスをもらった。それだけで、穏やかだった心臓はとくん、と大きな波を打つ。

「ん、なまえちゃん補給
「ふふ、わたしもサンジくん補給
「ああっ、もうかんわいいなァ

ぎゅうっと身体を抱きしめられると、芯までびゅうっと届いていた冷えは溶けて温もりを抱いていく。恋というのは、なんて恐ろしいパワーを持っているのかしら。意外にも分厚い背中に手を回したかったけれど、きっとひえひえだから惜しみつつ力を失いだらんと下を向いた。

「おれの彼女は世界一可愛い天使の女神だ!」
「サンジくんそれ好きね可愛い天使の女神」
「お美しいなまえ様を形容するにぴったりな言葉だろう?」
「うふふ、こんど作品にしてみようかな」
「わ、本当かい? じゃあ、その作品サンジくんの世界一のなまえちゃんって題にしてくれよ」
「えそれは恥ずかしいわ」
「恥ずかしがるなまえちゃんもすっげェくる…!」

大学に展示されている“サンジくんのなまえちゃん”を思い浮かべて、ぽぽぽっと顔を赤らめ小さな手で包み込むと、サンジはデレっと相好を崩した。すごいのが、あのメロリン!な蕩け方ではなく世界でたった一人の特別な愛を抱くレディだけに向ける愛おしさと恋を含めた表情なこと。そこから心底愛されているのだと伺えてまた照れ臭くなってしまう。

「んっ、たまんねェなあ。その表情」
「サンジくんのいじわる…、」
「はは、可愛くてつい。さあ、なまえちゃんこたつに行こっか。足も冷えてるだろ?」
「うん、二人でたくさんあったまろうね」
「おう、晩飯の時間までゆっくりしよう」

サンジにやってもらってばかりだから、お上品なトレーを持ち上げようとすると「座ってな、お姫様」と優しく微笑まれておずおずと手を引っ込め、申し訳なさを飼い慣らしながら食卓からリビングのこたつへと移動し、ふわふわの布団の中に足を突っ込んだ。じんわりとした温もりが冷えた足をほぐしていき、自然とふわとした笑みになっていく。

「お、可愛いなあ。生まれたんだ、パンダの赤ちゃん」
「ねえ、お名前募集してたものね。わたしも決めたかったわあ
「なまえちゃん、その時試験とかで忙しかったもんね。はい、なまえちゃんの分」
「わ、ありがとう」

美味しそうなフォンダンショコラにミルクココア。大好きなチョコレートと煙草の匂いに包まれてきらりとなまえの青い瞳に星が流れた。サンジはわざと距離を縮めて座ってくれるから、肩に頭を授けることもできる。
サンジはテレビを観て、へえと声をこぼしてフォークを手に取った。横顔もまた美しくかっこよくって、胸が高鳴る。サンジは女の子をみたらメロリンメロリンするから、そのギャップにわっとなるみたいだけど、それがなったら恐ろしいくらいにモテているだろう。今だって街を歩けば逆ナンされることがよくあるもの。

「…ん? どうしたの?」
「…サンジくん、好き」
「嬉しい、ありがとう」
「サンジくんとこうして同じおうちで冬を迎えられるの幸せだわ」
「そうだね。お互い忙しくて同棲前は中々会えない日々が続いてたもんな。ああ…なまえちゃんもご両親も、同棲に承諾してくれて本当によかった。じゃねェと、おれなまえちゃん不足で死んでたかもしれねェ、」
「感謝するのはわたしこそよ、サンジくん。ゼフおじさまにレイジュさんの支援があって…あなたが全て援助してくださってるから…ん、」

ココアをこっくり飲みながら、彼への盛大な感謝を告げようと顔を持ち上げると人差し指で軽く唇を抑えられて続きの音を出すことができなかった。サンジは困ったように笑っている。

「そのお顔クソ可愛いな」
「ん、サンジくん?」
「ああ、飲んでた最中にごめんね。だが、それは言わねェ約束だろ?」
「…うん、でも」
「でもじゃないよ。なまえちゃん、感謝しているのはおれの方なんだから。これほどに美しく育ちのいいお嬢さんと恋をして、一緒に過ごせているんだ。おれはキミに感謝して欲しくて色々しているわけじゃないんだよ。ただ、幸せに楽しく過ごせていたらそれでいいんだ」
「サンジくん…、」
「ありがとう。おれはね、なまえちゃんに本当に救われてきたんだ。──こんなお話、今は違うな。さ、食べよっか」
「うん…大好き」
「はは、メロメロだなあ。おれもさ、なまえちゃん」

横からぎゅうっと抱きつくと、サンジは綺麗に口に含みながら愛おしそうな笑い声をなまえの頭に落とす。ああ、この人はどこまでわたしに惚れてくださっているんだろう。食事はもちろん、家事しなくていいなんて言ってくれているし、お金も家賃と生活費はもちろん他のことにもほとんど出してくれている。おれは社会人で男だからね、おれにさせてくれ。と何度も言われて、なまえの条件はお金は絶対に払わないこと。そこに変な申し訳なさや罪悪感を抱かないこと、といった約束で同棲をスタートしたのだ。そんな尽くしてくれる彼に何かたくさんお返しをしたいと心から思っている。そのことを言ったら、「なまえちゃんがお家にいるだけで、おれはもうこれ以上ないお返しをもらっているんだよ」なんてキザに言われたが。

彼は尽くしたいタイプだと思っていたが、想像以上であわあわしてしまう。本当に芯の底からいてくれるだけでいいと思ってくれているのだろうが、自分の気が済まないから彼のためにもっともっと大学で学問や美術の知識技量を身につけて、教養のある美しいレディになろうとそう思うの。そう、彼に釣り合う女の子に。

「…はは、おれのこと考えてくれてるな? 嬉しい。でも冷めちまうよ。なまえちゃん」
「あ…、えへへ。サンジくんあったかい」
「ほんと? 皿洗ってたから冷えてると思ったけど」
「ううん、サンジくんはずっとずっと暖かいの」
「じゃあなまえちゃんをたくさん暖めてあげる。ほら、おいで」
「えへへっ」

マグカップを丁寧にテーブルに置いて、少し身体を真隣のなまえに向けて両腕を伸ばすとにっこにこな顔した彼女がぽすんと胸板に飛び込んできてサンジはにんまりと笑顔を湛える。胸の中に大好きな愛おしい女の子がいると、世界一幸せ者の気分を味わえて恍惚してしまう。このまま、彼女を独占していたい。閉じ込めておきたい。そんな真っ黒な願いがじわりと胸の奥から這い上がってきて、ぐるりと塒巻くのだ。こんなこと彼女に言えないが、大学院を希望している彼女が学び舎を卒業したら大変なお仕事なんてしないで、のんびりと好きなことをしてこの家で暮らしてほしいと思ってしまう。そんな負の思考を飛ばして、なまえの肩に手を回しぎゅうっと抱き寄せると彼女の分のフォークを手に取り、左手で器用に動かしてフォンダンショコラを一口サイズに取り分けて、小さな唇に近づける。

「はい、あん」
「わ、ふふ。このまま食べさせてくれるの?」
「うん。冷めちゃうからね。小さな可愛いお口を開けてくれるかい? プリンセス」
「いただきます。あん、」
「はい、どーぞ
「んんっ美味しい!」
「よかった」

口に入れた途端、中のとろりとしたチョコレートがとろけてなまえの口内を芳醇な香りでいっぱいにした。濃厚なのにしつこくなく、甘さもちょうどいい。これなら何個でも食べられちゃいそうなほどの絶品。きらりと目を輝かせて、すぐ近くにあるサンジの顔を捉えたら彼も嬉しそうに笑っていてキュンとした。

「こんな美味しいフォンダンショコラを食べたのは初めてよ、サンジくん!」
「なまえちゃんのお口にあってよかった。これはね、キミの大好きなチョコレートを使って作ったんだ。なまえちゃんは一番ブラウニーが好きだからチョコ系はずっしりとしたお菓子をメインにしてたんだけど、こういうのも新鮮でいいね」
「わああ…サンジくんわたしが好きなものをメインに作ってくれていたなんて…あなたの好きなものでわたしは十分幸せだし、サンジくんの作るものならなんだって大好きよ」
「おれの好きなものはなまえちゃんの好きなものだから、二人とも幸せなメニューばかりなんだよ」
「…もう、サンジくんって本当にわたしにぞっこんなんだから」
「もちろん。おれはなまえちゃんを愛するために生まれてきたのさ」
「ひゃ…、」

そんなセリフをすらりと吐けるなんて…。この顔とこの声だから様になっているし、死ぬほど胸は高鳴って顔は真っ赤になるけれど、そうじゃなかったら少しくすりとしていたかもしれない。

綺麗に笑みを浮かべて心底囁くように落とされた言葉はまっすぐ心臓を射抜いて、また彼への愛がとくりと溢れていく。このままこの生活が一生続くなんて、いつかサンジくん好きすぎ死を迎えてしまいそうだわ。となまえは彼のワイシャツに顔を埋めながら思った。

「サンジくん、って…」
「ん?」
「本当に罪深い男だわ」
「あははっ、それをなまえちゃんが言うか。おれにとってキミは天使であり女神であり、それでいておれをこんなにも傾倒した罪深き小悪魔レディなんだがなあ…恋人揃って抱いてる思いは一緒なんだな。おれ尽くしたいタイプなんだけど、なんかすげェ嬉しい」
「うん…わたし、サンジくんにどうこうした記憶が本当にないのよねえ」

このままサンジの胸の中にいたら火傷しそうだったからすっと体を起こして、温かいココアを飲み、考えてみる。サンジがなまえに惚れたのは一年生の秋頃だった。それからずっとずっと片想いをしてて、初めて想いを聞いたのは高三の初夏の頃。その頃はもうなまえもサンジに恋をしていたから本当にびっくりして、胸が張り裂けてしまいそうだった。クラスメイトはにやにやしているし、周りみんなはとっくにカップルだと思っていたみたいだけれど。

双子の兄のサボにサンジの告白を話したら「えっ、なんだなまえ知らなかったのか? 学校中全員が知ってたことだぞ!?」と椅子から転げ落ちるほど驚かれたほど、サンジはなまえにぞっこんラブだったのだ。そこまで惚れさせた肝心な理由が見出せずにいる。むーう、こんな素敵な彼をどう落としたのかしら、わたし。

「くしゅんっ、」
「おっと、大丈夫かい?」

思考を巡らせていたら背中がぶるりと震えて、ビックリした身体がくしゃみをしてしまった。それにサンジは秒で反応するから、やっぱりすごい彼氏だと思う。ソファに畳んで置いているふわふわのブランケットをなまえの小さな肩にかけて、そうしないと離れられないかのように優しく背中を撫でてからふっと微笑んだ。

「くしゃみするなまえちゃんもクソかわいいな」
「ああ…、うう、」
「ん?」

そうやって微笑むサンジのお顔は何よりもかっこよくて、バリトンで甘くこぼすからのうみそがくらくらしてしまう。胸の中に咲いている恋の花びらがまた愛にひらりと舞ってゆく。そんななまえの心情はきっと彼も察しているのだろう。ほっぺたにちゅっとキスをしてからのそりとこたつから出て立ち上がる。

「温度ちょっと上げよっか」
「サンジくん暑くない?」
「大丈夫。なまえちゃんが風邪をひいたら大変だ」
「うふふ、ありがとう」

食卓に置いていたリモコンを操作して1度温度を上げると、もっと分厚いブランケットの方がより温まるだろうな。とお部屋に入って、彼女のデスクからもこもこのそれを手に取ると、ふわり。ベランダにあまり見慣れない影を感じて、透明ガラスに目を向ける。

「あ……!」

ひらりひらり舞い落ちる天使の羽のような六花にきらりとブルーの瞳を輝かせたサンジは駆け足でリビングへと向かっていく。

「なまえちゃん! なまえちゃん!」
「わ、サンジくんどうしたの?」
「おいで」
「ええ?」
「さあ、おれのプリンセス。お手をどうぞ」

少年のような笑みを浮かべるサンジはそれでもやっぱり紳士で、跪いて片手を差し伸べるからなまえもくすりと笑ってフォークを起き、彼の武骨な手にそっと小さな手を置くとこちらに一切の負荷がかからぬよう立ち上がらせてくれた。腰を伸ばしたなまえのおでこはサンジの顎につくほど小柄で愛おしい。そのままちゅっとキスを落として満足そうに微笑み、はてなマークを浮かべたままのなまえをお部屋のベランダに連れていく。

「かなり冷えるからね」
「ありがとう。どうしたの?」
「ベランダ開けるね」

肩にもこもこのブランケットをかけてから、サンジはゆっくりとベランダの扉をスライドさせて、またなまえの手を丁寧に取り、外に連れ出す。ここは出入りするにもベランダで楽しむにもちょうどいい5階だ。引かれるままなまえは欄干に手を乗せて景色を眺めると、ふわふわ粉雪のような雪がたくさん空を舞っていて、わ、と可愛い声をこぼした。ついで、みるみる瞳を輝かせて破顔する。

「うわあ、雪だわ!」
「ね? 今年は早いなあ」
「素敵だわ。わあ綺麗!」

肩に手を回しているサンジとにっこり微笑み合うと、なまえはそっと手のひらをベランダの外に伸ばした。するとひんやりとした結晶が手のひらに落ちて、淡い水を作る。キラキラひかる回雪たちはまるでスノードームのようでわくわくするからなまえもサンジも夜の雪が大好きだった。最も、サンジはその話しを彼女に聞いてから意識するようになり、ああ、おれも好きだなあ。と愛おしく感じた恋の結果だから、より思い入れがあるのだろう。優しい目元は丸を帯びている。これはサンジが嬉しいときにする癖のようなものだ。

「だからこんなにも寒かったのね」
「今日はグッと冷えるもんな。なまえちゃん、寒くねェ?」
「うん、平気。もっとサンジくんと雪を眺めたいわ」
「よかった。じゃあ、こうしよっか」
「わあっ、

寒くないように。となまえの後ろからぎゅうっと抱きついて、彼女を胸元におさめた。全身に伝わるサンジの熱がなまえの胸をあつくする。もう何度も何度もハグもキスも身体も重ねてきたのに、いまだに彼に触れられるたびにドキドキしてしまうのは何故かしら。この心音が彼に届いていなければいいけれど。

「夜の雪に降られてるなまえちゃんもやっぱクソ綺麗だ。地上に舞い降りた女神のように美しいぜ」
「ふふ、サンジくんったら上手いんだから」
「本当だよ。こんな無垢で綺麗な女の子がおれの恋人だなんて…嘘みてェだ」
「ん……」

頭を下げてきたサンジのしたいことを瞬時に理解したなまえは、首を横に向けて彼からの甘いキスを受け止める。サンジくんはどうしてわたしのしたいタイミングをいつもわかっているのかしら? 寒空の下、少しだけ先端を絡めるキスは心地が良くてうっとりしてしまう。

「……えへへ、」
「うわ…天使…! おれの腕の中に天使がいる!!」
「サンジくんしー」
「うああっ、かっわいいなあ

もう夜の足が近づいてきているのに大声を出してギュンギュンしているサンジにしー、と唇に指を当てるとまたメロンメロンになってしまった。彼がなまえにメロメロになるときは、タレ目をさらに垂らして幸せそうに愛おしそうにゆるっと表情を緩めて頬を染めるもの。決して、目をハートにしないのだ。それが気になって訊ねてみたことがあった。返ってきたのは「んー…特別に好きすぎるとできねェみたいなんだ」と照れ臭そうな甘いこたえ。それだけで、なまえの脳と恋心はじくじくとろけて溶けてしまった。

「なまえちゃん幸せそうだな」
「うん。大好きなサンジくんとおんなじおうちのおんなじベランダで初雪を見れて幸せだわ」
「おれも同じこと考えてたんだ。…素敵な冬にしような、なまえちゃん」
「したいわ
「明日、デート行こっか?」
「うんっ」
「ははっ、可愛いな」

くるりとこちらに顔を向けて嬉しそうに嬉しそうに笑みを広げたなまえにサンジもつられて笑ってしまう。ああ、この子といると心が洗浄されるようだ。

「冷えるからそろそろ中に入ろっか」
「そうね。夜はすぐ冷えちゃうわねえ」
「なまえちゃん、こたつで温もってな。おれはそろそろ晩飯の準備を始めるよ」
「いつもありがとう…サンジくん」
「どういたしまして。今夜のメインはなまえちゃんの大好きな明太子とアボカドのグラタンだよ。あったかいメニューにしてよかったな」
「きゃあ、嬉しい! おなか空いてきちゃった。サンジくん、お手伝いするわ」
「いやいや、レディにそんなこと頼めねェよ。なまえちゃんはゆっくり休んでな」
「もう、わたしがしたいって言ってるの。いうこと聞けないの?」
「いてて

むっと頬を膨らませて、細い指でサンジのすべすべな頬を摘むと彼は嬉しそうに蕩けていく。本当はマゾなのでは…、なんて思ってしまうことも多々あるのだが、こうして生活をしてみると彼はドがつくSなんだと伺い知れた。それは本人隠しているのか、それとも気づかないほどに潜在的なものなのか分からないけれど……確かに彼の四つ子の兄弟はサンジに似て優しいけれど、圧倒的にサディストだから遺伝を考えると頷ける部分はある。

「じゃあ…頼もうかな。なまえちゃんはそうだな、サラダの盛り付けお願いしてもいいかな?」
「ええ。喜んで」

頼むとにっこり嬉しそうな顔をするなまえにサンジも笑顔で返して、グラタン作りに取り掛かる。今夜は二人でお気に入りの入浴剤を入れた湯船に浸かって、抱きしめ合いながら眠ろう。特にこれといって好きな季節はなかったけれど、たくさんひっついていられるから夏よりもずっと冬の方が好きになった。おれのことはさておき、なまえちゃんの誕生日があるから3月も大好きだけど。

「ふふ、サンジくんったら真横にわたしがいるのに頭の中でもわたしのこと考えているのね」
「そりゃあもう。おれはずうっとなまえちゃんのことばかり考えてるよ」

少し呆れながら笑っているなまえにサンジもまた、自分の愛の重さに呆れながらほとほと参って返したのだった。



END

icca 憂様のワードパレットより。
冬の日常 27.初雪
つられて、わくわくする、舞い落ちる



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