ゾロとなまえの愛娘、リリアは今日も元気に過ごした一日を終えようとしていた。
すっかり日が暮れて夕餉も終わった後、一緒にお風呂に入っていたゾロとリリアがほかほかと身体から湯気を立てて三人の部屋にやってきた。
この部屋は、リリアが産まれた時にフランキーとウソップが出産祝いとしてプレゼントしてくれたのだ。ちょうどいい高さのダブルベットと、今はもう四歳になるため使っていないが、柵にお花の模様を彫った可愛らしいデザインのベビーベッドも用意してくれて感激したものだ。

「ママ〜ただいま」
「おかえり、リリア。パパに綺麗にしてもらった?」
「うん! パパはね〜おからだをあらうのがじょうずなの」
「ふふ。とっても優しく洗ってくれるものね」
「ね〜」

ママが大好きなリリアは、お部屋に入るなりたたたと駆け出して、机に向かって今日の日誌を書き記していたなまえにぎゅううっと抱きついた。その後ろを穏やかな表情をしたゾロが追う。

「リリア、パパのおからだもあらってあげたの」
「まあ、そうなの?」
「ああ。意外にもうめェぞ、こいつ」
「パパにいいこいいこしてもらったの〜」
「よかったわね、リリア。大好きだものね」
「うん、だいすき」
「ふふふ。ゾロもゆっくり浸かれた?」
「おう、おれの隣でアヒルのおもちゃでずっと遊んでたからな」

いい子だったよな。と小さな頭を撫でると、リリアはきゃははと笑い声を転がした。
ゾロもリリアが産まれてから、毎日とはいかないが、それでも週に一回というトンデモ入浴頻度を改善した。愛しい女との間に生まれた大事な娘とお風呂に入る時間が愛おしいのだろう。自分が入る日は、大体ゾロが率先してリリアを入れるのだ。

「えーー! リリア、おれたちと風呂大会しようよー!」と唇を尖らせる船長だが、その度にゾロが「アホか! まだ小せェガキだぞ、怪我でもしたらどうすんだ!」と全力の拒否をぶつけるのだ。なんたって、男子恒例風呂大会!は桶や石鹸などぽいぽい雪合戦の如く投げ合ったり、石鹸を床に擦り付けて、どれだけ長く滑ってられるか競争を繰り広げるのだから。好奇心旺盛な年頃のリリアは飛び込んでいって、つるーんと滑って頭でもぶつけてしまったら大変だ。
それでも、ウーンと不満そうなルフィに「リリアが怪我したらお前、なまえに殺されるぞ」と付言すると、ルフィは目をぱちくりさせてピャっと大人しく下がるのだった。

「ママ〜? サンジくんとこいってもいい?」
「ええ。いいわよ」
「やったあ〜! いってきます」
「いってらっしゃい」
「転けんなよ」
「はあ〜い」

大好きなパパとママににっこり笑顔で、小さな手をぶんぶん振ってリリアは器用に扉を開けてラウンジへとかけていく。航海は危険なため、特に目の効かない夜間はすぐに居場所を察知できるように、ぴよぴよと音が鳴るスリッパを履かせている。その可愛らしい幼い足音がどんどん遠くなっていくのにも愛おしさを感じて、ゾロとなまえはそっと口角を持ち上げた。

「お疲れ様、ゾロ」
「日誌は書けたのか?」
「ええ、ばっちり」

椅子から立ち上がったなまえはリリアの足音を確認して、ゾロの太い首に細い腕を回した。まだ湿っている逞しい肌にふわりと笑みを浮かべると、どちらともなく短いキスを交わす。籍は入れてなく、なまえの名字も変わっていないが、それでも“結婚”を結んだ仲。もう夫婦になって五年も経つのだが、愛は冷めることなくそれどころか日に日に増していっている。
何度かキスを繰り返すと、ゾロはそっと押さえていたなまえの後頭部を離した。

「……もっとしてほしいわ」
「煽るんじゃねェ……ったく」

ほおを染めてつんつんとシャツを掴むものだから、男心がギュンと反応する。このまま押し倒してたっぷりと愛してやりたいが、もうすぐ宝物が帰ってくる。ゾロはくらっと仕掛けた理性をしっかり立てて、なまえを離した。

「続きはもっと遅くなってからだな」
「ん……うん、」

リリアにいつもしてやってるみたいに宥めるようになまえの頭を撫でてあげると、彼女は無垢にえへへえ、と微笑みを浮かべた。
「ほんっとそっくりだな」と笑いまじりにこぼすと、近づいてきていたぴよぴよが止んだ。大きくなっていく外への隙間に、月明かりがスウっと伸びる。再び音を鳴らしながらリリアはご機嫌に部屋に飛び込んだ。

「ただいま〜」
「おかえり、リリア」
「転けなかったみてェだな」
「うん、リリアはこけないの」
「前、転けてビービー泣いてたくせによ」

戻ってきたリリアの小さな手に握られているのは、プラスチックでできた幼児用のマグカップ。その中には、サンジ特製のフルーツジュースが揺れている。
リリアは毎晩お風呂上りにこれを飲むのが大好きだった。「いただきます!」とにっこにこでピンク色のストローに口をつけるが、なまえに「こーら」と止められてしまった。きょとりと花色の瞳をまん丸にまるめて、こてりと小首を傾げる。

「リリア。ママいつも言ってるわよね?」
「なあに?」
「飲み物を飲むときは、ちゃんと椅子に座って飲みましょう」
「あ、」
「おら、リリア。ここに座れ」

ベッドに腰をかけてビールを呷っていたゾロは、立ち上がり子供用の椅子をリリアの後ろにことんと置いた。はっとしたリリアはストローを離して、こくんとうなずく。

「ありがとう、パパ」
「こぼすなよ」
「うん」
「一気に飲まないのよ、リリア。ゆっくりね」
「はあい」

ちょこんと座ったリリアは、もう一度ニコニコ嬉しそうな笑みを浮かべてストローでジュースを吸い込むと、ぱあっと顔を輝かせた。

「おいし〜〜!」
「わあ、よかったわね」
「きょうのはみかんのあじがするの!」
「ナミが収穫してたものね。みかんはお肌にとってもいいのよ。リリア、これ飲んだらもっともっと可愛くなれるわね」
「ほんと〜〜?」
「本当本当。ね? ゾロ」
「そうだな」
「えへへ〜〜リリアおひめさまみたい?」
「ええ。お姫様みたいよ、リリアはとおっても可愛いもの。だから、お行儀よく飲みましょうね」
「うん! リリア、いいこなの」
「今日は風呂で泳がなかったもんな」
「まあ、お利口さんね。リリア」

よしよしと頭を撫でると、リリアはふにゃ〜と表情を融かして満面の笑みを浮かべる。
「ああ…っ、なんて可愛いのかしら」と今は飲んでいるため抱きしめたくなるのをぎゅうっと我慢して、その愛を撫でている手のひらにたっぷりと込めた。

「ママものむ?」
「ううん、リリアがいっぱい飲んでね」
「パパは?」
「おれもいいよ。それはリリアのだ。お前が全部飲め」
「うん!」
「リリアは優しいわね」

みんなへの些細な気遣いができるのは、この麦わらの一味とともに暮らしているからだろう。みんなが無条件の愛を与えるから、リリアもそれが嬉しくてみんなにお返しをするのだ。えへへ、と嬉しそうにジュースを啜っているリリアの小さな頭にキスをすると、なまえはしゃがんでいた身体をすっと伸ばした。

「じゃあ、私はお風呂に入ってくるわ、ゾロ」
「おう。行ってこい」
「 あ、ママぁ。リリア、おかわりしたいの」
「え? だめよ、リリア。夜のジュースは一杯だけってママと約束してるでしょう?」
「でも…、」
「リリア、夜にいっぱい飲むとおねしょしちゃうでしょう? 明日の朝、たくさん飲んでいいから夜は我慢しましょうね」
「うう……はあい、」
「いい子ね。じゃあ、ママはナミちゃんとロビンちゃんとお風呂に入ってくるからパパやみんなの言うことをよく聞いて待っていてね」
「うん!」
「じゃあ、ゾロ。よろしくね」
「ああ。ゆっくり入ってこい」
「ありがとう」

スリッパに履き替えて、バスグッズを手にすると、なまえはナミたちのもとへと駆けていく。
こうして母親になっても女同士ゆっくりできるのも、しっかりと面倒を見てくれるゾロと仲間たちのおかげだ。なまえは感謝をしっかり抱きながら、「お待たせ!」とアクアリウムバーに顔を覗かせた。




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