「リリア〜 ママ、ナミとロビンとお買い物に行ってくるわね」

よく晴れた夏の海域。
サニー号はリゾート感のある島に着いた。海は透き通るほどのエメラルドで、ルフィたちも大はしゃぎでビーチの方へと走っていった。誰もが知る悪い意味での有名人がすっかり定着した麦わらの一味。町に出る時は、海軍の目を避けたり、騒ぎにならないように僅かな変装をナミが強要しているのだが、今回はそれを無視して三人とも飛び出してしまった。
まあ、今回だけではなく。ルフィは毎度ながらのことだが。

そんな素敵なリゾート島。聞くに、あらゆるファッション、コスメ系のお店が集まっているらしく女性陣は一緒にショッピングに行く約束をしたのだ。
なまえもリリアを産んでから初めての上陸に心を躍らせて、バタバタ支度を済ませていた。自分のお化粧やお洋服、髪の毛に加えて、リリアのお洋服と哺乳瓶、おしめなどもしっかり準備をしてラウンジに並べて置いた。

ゾロに抱かれているリリアは生後四ヶ月、やっと首が座った頃である。ご機嫌に指をしゃぶって、ぶうぶう声を出している。ママが近づくと顔をぱあっと輝かせて微笑みを浮かべた。この世に出てきて四ヶ月。まだ何にも分かっていないリリアだけど、ママとパパの判別はついているようで二人のどちらかがいないと最近は不安がって泣いてしまうのだ。

「リリアちゃん、ご機嫌ね〜
「さっきからお前のこと目で追ってたぞ。お前がママだとわかってるんだな」
「え〜そうなの? かわいい…っ」
「で、いいのか? なまえ。まだ島に降りねェで」
「あ、うん。ナミとロビンを待たせてるから早く行かなくちゃ」

リリアのぷっくりしてるほっぺたをよしよししていたなまえは、壁掛け時計をチラリと横目見て娘から顔を上げた。

「さっき、授乳したからまだお腹いっぱいだと思うわ。だけど、ここの島は暑いから脱水症状には気をつけて、こまめにミルクをあげて欲しいの」
「おう。分かってるよ」
「暑いけど、温度はいつもの通りね。冷たいとお腹壊しちゃうんですって」
「おう。いつも通りだな、分かった」
「…ふふ、こんな説明なくてもゾロはいつもやってくれてるからわかるわね」
「ミルクの合間にちょっと麦茶を飲ませてみる」
「そうね、リリアはミルクが大好きだから嫌がるものね」

なんとなく、ゾロは子育てをすんなりとしてくれる人でしょうね。と思っていたけど、その想像以上に彼は率先してリリアと触れ合い、娘のお世話をしてくれて心底感動したことがある。
思わず「ありがとう」と言ったら、険しい顔をして「おれの娘なんだ。当然だろ」と言い退けたのだった。ああ、彼は本当に心から私と娘を愛しているのね…と強く強く実感して、瞳に水の膜を張ってしまったが、旦那様に見つかる前にすっと啜って隠しておいた。

「リリア、あなたの新しいお洋服たちをたくさん買ってくるわね。ゾロ、あなたは何かいる?」
「いや、いい。酒をコックに頼んだからな」
「ふふ、ちゃっかりしてるわね」
「気をつけてこいよ」
「うん、ありがとう。リリアちゃん、パパといい子にお留守番しててね」

ほっぺたにちゅっと口付けて、垂れているよだれをスタイで拭ってやるとリリアはまた、うう…あう、と漏らした。最近、上手にクーイングをしてくれる機会が増えて、そのたびに両親の胸を口すぐるのだ。
ママとパパがいてご機嫌なのか、両手と両足をぶんぶん振っている。

「じゃあ、いってきます」
「おう。楽しんで来い」
「ありがとう」

背伸びをして、彼にもキスを贈るとなまえは梯子を降りて下船した。
船端からそっと顔を覗かせると、下で待っていたナミとロビンににこやかに手を振る彼女が映って、ゾロは幸せそうに口角を持ち上げる。
こうした彼女を見るのは久しぶりだ。若い頃を思い出して、胸がくすぐったくなった。若い頃なんて言ったらなまえどころかナミやロビンにも睨まれることになるが……恐ろしいほどにあの三人の容姿はフレッシュで若々しい。それこそ2年後に再会した頃と何一つ変わっていない容姿には憂惧を感じることがある。

「おし、リリア。昼寝でもするか」

妻から大事に抱いている娘に視線を落とすと、赤子はパパの顔を見てきゃっきゃと笑みを浮かべた。それがあまりにも可愛くて可愛くて、キスをしてやりたくなり頭にそっと影を伸ばすと、また娘はあ〜と声をこぼして、グーの手をはむっと食んだのだった。


   ◇ ◇ ◇


「ごめんね。お待たせ」
「いいのよ」
「バイバイできた?」
「ええ。しっかり」

なまえが走ってくると、船の近くで待っていたロビンとナミはにっこり笑顔を作って彼女を迎えた。容姿や声はもちろん、服装も雰囲気も、美しさや色気に磨きはかかったけれど何にも変わっていない三人はこうして並んでみるとまだ20代に見える。

「なまえはリリアと離れるのは久しぶりね」
「あ、そういえばそうねぇ。久しぶりの一人上陸じゃない?」
「そうだわ。妊娠10ヶ月に今はリリア4ヶ月だから……ほんと、一人の身体で島に降りたのは1年ぶりだわ」
「早いものよね〜1年。ほんとあっという間だったわね」
「うん、この1年はドタバタだったわ〜。なんだか感慨深いくらいよ」
「そうね、なまえは特に一番生命を感じた1年だったものね。お疲れ様」
「そうよ。今日はパーッと楽しみましょ、なまえ!」
「ありがとう〜〜! でも、私が船で出産できたのも、リリアが今こうして元気に育っているのもナミやロビン達がいるからだわ。本当にありがとう。とっても感謝しているの」

にっこりと柔らかな笑みを浮かべるなまえに、ナミとロビンは顔を見合わせてくすりと笑った。

「え、なあに?」
「さっき、ナミとそのお話をしていたのよ」
「あんな可愛い赤ちゃんと暮らせる機会を作ってくれたなまえに感謝ねって」
「え、ええ〜……そんな」

ナミもロビンも相当子どもが好きみたいで、リリアを見てはいつも可愛い可愛いと、サンジのように目を蕩けさせている。その様子が脳裏に浮かんで、なまえはじわりとシアンブルーの瞳に水の膜を張っていく。
大好きな仲間のもとで、大好きな人の娘を孕って出産しただなんて。これ以上にない幸せなのに、それを全員がこうして心から喜んで可愛がってくれているからそこに触れるたびに涙腺が緩んでしまうのだ。

「も〜泣いちゃだめでしょ。なまえ。メイクが落ちるわよ」
「ふふ、ティッシュ使う?」
「ううん……、本当に、幸せで……ごめんなさい。リリアを産んでから涙腺が緩くなったみたい」
「妊娠中もしょっちゅうそうやって泣いてたわよ」
「あ……そうだったかしら?」
「ええ。私も覚えているわ」

怖いくらいな綺麗な笑みを浮かべる美女二人に視線と証拠を向けられ、なまえはしゅんと縮こまってしまった。確かに、何度もこうしてみんなの暖かさに涙を流した記憶が色をつけて蘇る。だってだって、本当に幸せなんだもの。と言いかけたが、また涙が溢れてしまいそうなので慌てて飲み込んだ。今日は伸び伸びとショッピングをすると決めたのだから。

「よお〜し、今日はママを忘れて楽しむわよ〜!」
「そのいきよ、なまえ! お金はたあっぷりあるんだから
「ナミは最近それでご機嫌だものね」
「ふふ、心ゆくまで楽しみましょうね。ナミ、ロビン!」

こうして三人はご機嫌な足取りで、メインストリートの方へと足を運んでいった。



南国風の煌びやかなストリートは、あちこちにあらゆるブランドが立ち並んでいて、三人の瞳には宝石のように輝かしく映った。船で何個か島を渡ってやっと新作全部入手できるのが普通なのだが、今回の島では今気になっている新作全てゲットできそうで胸が躍る。
気になっているのは、水着のブランド店“ヴィオレッタ”、そして走って戦う海賊レディ御用達のヒール店“ルブノ・リスチャク”だ。
どちらもかなり高額な分、生地も質もデザインも全てが完璧に計算されていて、一度これらに慣れてしまったら他のブランドのものは身につけられないほどに心地がいいのだ。海賊で淑女なため、水着も靴もどちらも絶対に必須なので、お金はここに大きくかけようと三人で昔話し合ったこともある。その次に、コスメだ。海水に濡れても、どれだけ水に浸かっても絶対に落ちないと謳っている“ラムロン”というブランドが三人のお気に入り。そんな前代未聞“新世界級”なクオリティなために、前者ほどではないが、やはり相当なお値打ちだ。なので、男性陣には秘密でいつも多めにお小遣いをもらっている。それは、もう10年以上経った今も健在である。

先日の海戦でナミが盗んだお宝や紙幣はそれはもう億越えで、今の麦わらの一味は大金持ちなのだ。まあ、これもきっとルフィの食費や宴費用であっという間になくなってしまうのだろうが。ウォーターセブンでの大金一件をまだ深く傷に残しているナミは、それからお宝の山分けはお金のかかる女性陣から。ときっぱり決めたのだった。
パンパンだったお財布がすっかり緩んできた頃、たくさんのショッピングバックを肩から下げたなまえはあるお店の前でふっと足を止めた。

「でね〜、その時ルフィが……って、なまえ?」
「どうしたの? なまえ」

妊娠が発覚してから髪型を綺麗なボブに変えたなまえは、ふんわりと空気を孕んだ横髪から、綺麗な横顔をすっとあるお店に向けたまま、じいっと見つめていた。ナミとロビンの凛とした声にも気がつかず、なまえは数度長い金色のまつ毛を瞬かせる。

「なまえ!」
「あ…」

もう一度ナミの優しい声が鼓膜を揺らすと、なまえははっとして意識をこちらへと引き返した。大きなシアンブルーの輝かしい瞳がこちらを向くと、二人は顔を見合わせて、なまえの方へと近寄っていく。

「何か気になるものでも?」
「何のお店?」
「うん、ここよくベビー雑誌で見かけるブランドだったからつい…。何でも、取り扱っているものは食品から衣類まで全部オーガニックなんですって」
「へェ! あ、ここなまえがよく口にしてたお店ね」
「オーガニック、素敵ね」
「ええ。リリアはまだ生まれたばかりで繊細だから、使うもの全て安全なものがいいなって思ってて。ここ、入ってもいい?」

少し遠慮がちに訊ねるなまえに、ナミもロビンもクスッと笑った。
興味のない男の服屋や武器のお店ならまだしも、可愛い赤ちゃん…リリアに関するお店ならぜひ入りたいくらいだ。「当然よ」と同時に告げると、なまえは大きな瞳をさらに大きく見開かせ、心底嬉しそうにぱあっと笑った。彼女は、嫁になっても母親になっても、いつまでも少女みたいに純粋無垢だ。それが可愛くって、ナミもロビンもなまえにそっと接近する。

「え、なあに?」
「なまえ。あんたは永遠にそのままでいなさいよ」
「え?」
「無垢で可愛いわ。とっても癒される」
「ふふ? よくわかんないけど、両手に美女なんて幸せだわ〜

きゅるんと紅潮した笑みを浮かべたなまえを真ん中に、三人は笑いながら店内へと足を踏み入れる。
白を基調とした清潔感のある綺麗な店内は、意外にも奥行きがあって広い。商品も見やすいように種類ごとに分類されて、丁寧に陳列されている。数人の夫婦やカップル、子連れのママやパパ、なまえたちのように女性友達で訪れている人など、様々だ。

「綺麗なお店ね。なまえ、ゆっくり見ていいのよ」
「ありがとう、ロビン。お言葉に甘えてたっぷり見ちゃうわ」
「あ、見て。赤ちゃん用のバスタオルですって。わあ、ふわっふわよ」

真っ白なタオルを手に取ったナミは、その柔らかさに大変驚いている。これでリリアを拭いてあげたいわ〜。絶対喜んでくれるわね。それにしてもこのふわふわ加減、私が欲しいくらいだわ。と新たな欲が生まれてじいっと吟味をはじめた。
ロビンも赤ちゃん用のパジャマが気になったのか、くまさんやうさぎさんの着ぐるみ風のそれらを手にとってゆるっと頬を緩めていた。これ、リリアが着たら本当に可愛いでしょうね。ロビンはそんなことを想像してきゅんと胸を高鳴らしている。

なまえもロンパースやおむつやスタイなどを順に見て周り、気になる商品をカゴに入れていく。リリアはまだ乳児で消化器官が発達していないので、吐き戻すことが多々ある。最近は涎もたくさん出てきたし、こういうお着替えはあればあるほど安心するのだ。
ほんと、色んな種類があるわね〜と感心しながらあちこち見ていると、あるコーナーに目が惹かれた。

「まあ…すご〜い!」

ここがリゾート風の観光地だからだろうか。それは、ベビー用の水着だった。
ずらりと並んだそれらは圧巻である。ここは乳児専用のお店だというのに、棚いっぱいにいろんな形のいろんな柄の水着が並べられているのだ。

「男の子用もこんなにいっぱいあるのね〜…わあ、くまさんのしっぽがついたの可愛い〜 けど、リリアは女の子だからダメね」

どれもすごく魅力的だ。水着なのにふわふわした生地だなんて、どうなっているのかしら?
これもまた、このブランドが独自として特化しているものなのだろうか。生後間もない赤ちゃんの皮膚はとても繊細で柔らかだ。気をつけて毎日爪のチェックをしているというのに、ほんの些細な柔らかな尖りですら皮膚に傷をつけてしまう。顔に何度か引っ掻き傷を作っていたリリアは、チョッパーが作ってくれた塗り薬のおかげで今はもう綺麗に傷跡は消えたが、申し訳ない気持ちと学びでいっぱいだった。
そんな経験もあり、リリアが身につけるものは慎重に選び確認するようになったのだ。それは、ゾロも同じで着せ替えをしてあげるとき、よくあちこち綿密にチェックをしている。
だから、この裏面もふわふわな水着はなまえにとって画期的でいて安心できる素材なのだ。

「うわあ、すごいわね〜! これ、全部水着なの?」
「赤ちゃん用の水着もたくさんあるのね」
「あ、ナミ、ロビン」

男の子用のくまさん水着を手に取っていたなまえは、後ろで弾けた二つの綺麗な声にふっと顔を上げてにっこり微笑んだ。ナミとロビンの細い腕には、バスタオルと着ぐるみパジャマがかけられている。

「それは?」
「このバスタオル、ふわっふわなのよ! ほら触ってみて」
「わあ、ほんとだわ。すご〜い」
「でしょ〜? これでリリア拭いてあげたら喜びそうじゃない?」
「うん、あの子ふわふわしたの大好きだから」
「こっちは着ぐるみのパジャマよ。ほら、ふわふわで可愛いでしょ?」
「うわあ、うさぎさんね! こっちも生地はバッチリだし、何より可愛いわ〜

細部までしっかり確認して、目を輝かせるなまえにナミもロビンも「ママの合格がもらえたわね」と互いに笑い合う。

「合格?」
「ええ。これ、プレゼント」
「私たちからリリアに。サプライズしたかったけど、まだ乳児だもの。ママの許可が必要だと思って」
「ええ〜ッ、本当に? でも、お誕生日でもないのにこのプレゼントはちょっとお高いんじゃ…」

ここは、オーガニックだと安全だと謳っているために、やはりそれなりのお値段してしまうのだ。
ナミが持っているバスタオルも、一枚でリップが買えてしまういいお値段なのだが…。二人はなまえの発言にきょとんとして、また綺麗な笑みを浮かべて見せた。

「何よ、誕生日じゃないと高価なプレゼントしちゃいけないわけ?」
「お気に召さなかったかしら?」
「そういう意味じゃないわ! とっても素敵な商品だもの、いただけるのならとってもありがたいけど……でも、この分他に欲しいお化粧品とか買えるじゃない? 本当にリリアに使ってくれてもいいの?」
「もちろんよ。そうじゃないとこんなこと言わないわ」
「そうよ。またなに遠慮してんだか…私たちにとってもリリアは可愛い子どもで仲間なのよ? このくらいさせてちょうだい。いいわね?」
「…はい、」

なまえの綺麗なおでこに指を強く突きつけながら言うナミに気圧されて、なまえはこくんと頷くしかなかった。首肯に満足した二人はご満悦で、棚を見上げる。

「それにても、すごい数ね」
「本当。これ上から下まで全部水着?」
「ええ、そうみたい。こっちが女の子の水着なんですって」
「へえ〜わあ、かっわいい〜!」
「ふふ、こっちにもくまさんとうさぎさんがいるわね。あら、羊さんもいるわ」
「リリアならどれも似合いそうね。なんてったって、あんたの子だもん」
「うふふ、ありがとう。リリアは世界で一番可愛い赤ちゃんだものね〜

とろん、と蕩けた表情をするなまえに親バカね。と言いたくなるが、その気持ちはよくわかる。愛嬌があって、パパママがやはり一番だけど、みんなに平等に懐いている無垢な赤子はこの上なく可愛いものだ。赤ちゃんはみんな同じくらいに可愛いけれど、リリアは親が親なのでまだ生まれたばかりなのだがお人形のように整った顔をしている。サンジが「リリアちゃんは将来ママみてェな絶世の美女になるなァ〜」と相好を崩していたことにナミもロビンも大きく頷いたものだし、今もそうだ。

「そろそろ、ビニールプールにお水をちょっと張って遊ばせてあげたいと思っていたの。買っちゃおうかしら」
「いいじゃない、また猛暑な海域にあたりそうだし…リリアも暑くて泣くこと多いでしょ?」
「そうなの。だっこしてるとほんと暑いし…」
「ロビンも熱心に選んでるわよ」
「ふふ、ほんと」

可愛いものが大好きなロビンは、じいっと羊さんのもふもふ水着を見て胸をギュン、とさせている。彼女を倣い、なまえとナミも視線を水着に向けて吟味をはじめた。
動物の着ぐるみ風、可愛い柄の入ったビキニタイプのもの、そして食べ物をモチーフにしたもの。

「あら…?」

ズラリと並んだそれらの中で、一際なまえの目に飛び込んできたのはいちご柄のもの。赤とピンクの二種類がある。なまえは、ピンク色のそれを手に取った。淡いピンクに白い種。ヘタ風の緑のキャップもついている。ふわふわとして手触りもよく、リリアのサイズにもぴったりだ。

「いちご?」
「うん。リリア、いちごが大好きみたいなの」
「いちごのおもちゃね」

ふっとロビンも視線を下げて、なまえが手に取ったそれを見つめた。脳裏に浮かぶのは、ラウンジのベビーベッドに寝かせているとき、ベビーチェアに座らせているときによく手に持っているいちごのぬいぐるみ。
ママの手作りのそれが大変気に入ったみたいで、ぎゅっと握って遊んでみたり、はむっと食んだりしてみて遊よくんでいる。ロビンに続きナミもすぐ頭に浮かんだみたいで、ああ、と頷いている。

「他のものを縫ってみても、リリアはあまり興味を示さなくって」
「そうね。いつも手に持っている気がするわ」
「もう少し大きくなったら、本物の苺にもハマりそうね」
「ふふ、そうなったらサンジくんにいい苺の吟味を頼まなくちゃ」
「その柄の買うの?」
「ええ。これと…」

羊柄の水着を手に取って、綺麗なエメラルドの瞳を向けているロビンにくすりと微笑む。彼女は一味の中では年長組で、出会った頃はその大人っぽさに憧れを抱いたこともあったが、その実は少女な趣味がありあどけない部分もたまに回見えたりする。そんな大人の色気に僅かに混じった少女っぽさが、またいやに美しくってなまえはそんなロビンが大好きなのだ。

「ありがとう、ロビン。これも買うわ」
「リリア、絶対に似合うと思うわ」
「うん。羊さんも好きだもの」

ロビンの手元から受け取ると、彼女も嬉しそうに綺麗な笑みを浮かべた。


   ◇ ◇ ◇


また新たに増えたショッピングバッグを肩にかけ、三人は帰船する。
その頃には陽も傾きはじめていて、海は斜陽に照らされ黄金に踊り輝いていた。

「リリア〜 ただいま〜

女部屋に買ったものを並べて、ゲットしたものを鏡の前で合わせたり丁寧に箱から出したりしているナミとロビンよりに一言告げて、なまえは甲板へと降りていった。
一刻も早く、娘に会いたかったのだ。その肩にはベビーショップのバッグが下げられている。
三人の帰船に気づいたパパに抱かれてラウンジから出てきたリリアは、花色のおめめをぱっちりひらいてママに目を向けていた。

「リリア〜 ただいま」

ぷくぷくのほっぺをふにっとしてあげると、リリアはにこ〜っと微笑んでママに手を向ける。
夕方になるとぐずることも多いのだが、今日はご機嫌なようでパパもママもホッとしている。

「リリア、今日はよく寝てたぞ。お前らが町に出てからしばらくハイハイして遊んでたんだが、疲れちまったんだろうな。ミルク飲んだらすぐ寝ちまった」
「まあ、そうなの。だからこんなにも目がぱっちりしているのね。パパと二人っきりで揺れもないからたっぷり眠れたのね」
「そうだな。今日は静かだったもんな」

リリアにふっと目を向けると、パパにもにこ〜っと頬を緩めるものだからゾロもたまらなくなって胸がぎゅうっと締め付けられるのを感じた。リリアが生まれてから、ゾロはこうして愛に相好を崩すことがグッと増えた。子どもは好きな方だと、子どもに好かれる性格だとは思っていたけれど、その想像以上にパパはリリアにぞっこんで、リリアもパパにぞっこんで、その光景にアリエラはほっこりするのだ。
やわらかくほぐれている目元に視線を這わせていたなまえは、彼から受け取った愛を双眸から胸に送って、その温かさに抱かれながら娘を撫でながら彼にそっと口づけを落とした。

「どうした?」
「幸せで、つい」
「ほお…。もっとしてやろうか」
「うふふ、後でね。リリアが潰れちゃうわ」
「あァ、そりゃ可哀想だ」

パパとママの身体の影に隠れたリリアは、二人が体を離した隙間から差し込む橙の陽光にすっと眦を細めた。くりっとした大きなおめめが滲みて痛そうだったので、なまえが光の前に立って強い夕日を遮断した。まぶたに刺さる光が無くなったリリアは、また大きな瞳をくりっとさせる。

「その袋、なんだ?」
「あ、これね。リリアへのお土産なの」
「やけにでけェ袋だな。そんな買ったのか?」
「ええ、ナミとロビンもリリアにってバスタオルとパジャマをプレゼントしてくれて。安心安全をモットーに作られているブランドの商品だから、きっと心地もいいと思うわ」
「へェ、まだこんな小せェもんな。些細な刺激もリリアにとっちゃ毒だろうし、そりゃいい買い物したな」
「そうなのよ〜ずっと気になっていたブランドだったから、奮発しちゃった! 全部お洗濯してから使いましょうね〜リリアちゃん」

何にも分かっていないリリアだけど、ママの甘い声にまた笑顔を浮かべる。今度は、かわいい声付きの。赤ちゃんは面白いから笑うのではなく、大体は幸せだから笑うのだと、ベビー雑誌で読んだことがある。こうして笑ってくれるのは、リリアが幸せだという声なき証拠で、この過酷な海の上での生活だが、リリアはきちんと幸せを感じてくれているのだと思えて安心するのだ。

「みてみて〜、リリアのはじめての水着を買っちゃった〜」
「ん? そりゃ苺か?」
「ええ、そうよ。リリア、苺が大好きだものね」
「あァ、さっきも握って遊んでたぞ」
「だから、真っ先に目についちゃった。リリア、苺の水着を着てお水で遊んでみましょうね」

ヘタに見立てた帽子を目の前で振ってあげると、リリアはキャッキャと喜んで両手をバタバタ動かした。お気に召したのか、ママから帽子を受け取るとぎゅっと小さな手で握りしめて、口元に近づける。

「おいコラ、リリア」
「あ、だめよリリア。まだ洗ってないから汚いわ」

慌てて帽子を取り上げると、リリアはぎゅうっと顔を顰めていく。
ぐずっと瞳を潤わせて泣き声をあげはじめるリリアになまえもふっと笑って、ゾロから娘を受け取り、大事に抱きしめる。

「リリアちゃん、ごめんね。もっと遊びたかったわね」
「へェ、またずいぶん買ったんだな」
「ええ。それ全部洗濯しなくちゃ。明日、雨じゃなければいいけど」
「おれがしようか」
「わあ、ほんと? 助かるわ、ありがとう」

だっこして、揺らしてみてもリリアは泣き止む気配がない。
ママに甘えたいのだろう。ぎゅうっと服を握って、びえびえなき続けている。

「ごめんね、リリア。寂しかったのね」
「部屋戻るか」
「そうね。ご飯までまだ時間あるし…リリアにおっぱいあげて遊んであげましょう」

元気な鳴き声が夕日に照らされるサニー号を包み込んで、帰船しているクルーを笑顔にしている。泣き声を疎むのではなく、今日もリリアは元気だと受け取って笑ってくれるクルーには感謝してもしきれない。
荷物を持ってくれたゾロを先頭に、夫婦部屋に戻るとリリアは眩しさが無くなったのか泣き声を少し緩めて、ママの温もりを感じながらごはんを口にするとぴたりと泣き止んだ。お腹いっぱいになったリリアは泣き疲れてすぐに眠ってしまい、ダブルベッドの上にごろんと寝かせる。
すやすや眠る娘の姿に夫婦は心をほぐし、その幸せを噛み締めるようにもう一度キスを交わし合った。

「リリア、お水に慣れてくれるかしら」
「どうだろうな。しかしすげェ生地の水着だな」
「ねえ。裏面も柔らかくって安心なの。しっかり乾かさないとだめだけど、」
「この暑さだ、すぐに乾くだろ」
「ふふ、そうね。おむつもふわふわした生地のを数個買ってきたから、これもまた洗って繰り返し使ってあげましょう」
「お、こりゃすげェな。柔けェし、リリアも気に入りそうだ」

買ってきたものを次々取り出してベッドに並べていきながら他愛のないお話をしている両親の声にリリアはすっかり安心しきったのか、夢の世界に旅立ちながらも口元にはやんわりと笑顔を浮かべていた。


瞬きの隙間で




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