幸福論の位置付け


プロポーズの日記念


シズちゃんが突然家にやってきた。
雨の降り出した日曜日。
仕事がひと段落して休憩していたところだったから、なんの問題もなく部屋に招き入れた。

「どうしたの、突然。今日仕事は?」
「今日は滞納してるやつらがみつからなくてな、午前中で終わった」
「そう、コーヒーでもいれようか」
「ああ、頼む」

何か用事があったのかと思ったが、そうではなかったようだ。
シズちゃんは何も言わず、のんびりカフェオレを啜っている。
用事がなくても来てほしいなぁとか思っていた俺としては嬉しい限りだが。
少し暗い部屋の中で、二人ならんでDVDを見る。
今日選んだのは、ちょっと昔に公開された恋愛映画。
遠距離恋愛している男女が、永遠の愛を誓ったにも関わらず、ささいなすれ違いから別れてしまうという、ありがちな悲恋だった。
このDVDはシズちゃんがレンタルショップで借りてきたものだ。
シズちゃんにしては珍しいチョイスだ。
シズちゃんはアニメとかアクションとか、あんまり頭をつかわないものが好きだったし、ハッピーエンド以外は嫌いというわかりやすい人だったから。

正直、俺にはちょっと退屈だった。
男が女のことを想い、後悔し、女が他の男へ嫁いでいくのをただただ嘆くシーンが続く。
そんなに悲しむくらいなら、どうして別れたんだろう。
そんなに好きなら、どうして一緒にいなかったんだろう。
俺には全く理解できない。
だが、隣をちらっと見ると、真剣な顔で映画を見ているシズちゃんがいて、ソファから立ち上がる気にはならなかった。


映画はようやくエンドロールが流れ始めた。
最後まで薄暗い雰囲気が流れており、まるで今日の天気のようだった。
「なんだか救われない映画だったな」
「そうだね。シズちゃんがこんな映画を選ぶなんて珍しいじゃん」
「…雨だったから、こういうのがいいかと思って」
シズちゃんには本当に珍しく、雰囲気を重視してみたらしい。まぁちょっと失敗だった気もするが。
まぁ面白かったよね、なんてちょっと気を使ったコメントをしてみたが、俺は好きじゃねぇ、とはっきり言われてしまった。
うん、その通りだけどね。
あははとひきつった笑いをこぼすと、コーヒーのお代わりを入れるために立ちあがった。
するとなぜか、腕をひっぱられ、ソファに、というかソファに座るシズちゃんの膝の上に座らされるはめになった。

「ちょっと!なにするのさ」
シズちゃんと同じ方向を見て座っているため、シズちゃんの顔は見れない。
首筋にあたるシズちゃんの吐息がくすぐったい。
だが吐息だけでシズちゃんの声は聞こえてこなかった。
「…?シズちゃん?どうしたの?」
「んー雨だから帰るのめんどくせぇなと思って」
「あぁ、結構雨強くなってるね。タクシー呼ぼうか?」
「あーそうじゃなくてよ」
「…?」
そうじゃなくて何?
っていうか、帰る話するの早くない?ちょっと寂しいなぁとか思ったり思わなかったり。
「俺らって遠距離恋愛じゃねぇよな」
「は?さっきの映画の話?」
「そう、池袋と新宿は遠距離じゃねぇよなぁ」
いきなりなんだ。そんなにシズちゃんはあの映画に影響されたのか?
池袋と新宿なんて電車で5分。むしろ完全に近すぎる距離だろう。
「だよなぁ」
「シズちゃんほんとさっきからなんなの?俺話が見えないんだけど」
「俺には遠いんだよ」
「は?」
気がつくと、俺はくるっと半周し、シズちゃんと向かい合わせになっていた。
シズちゃんの少しだけ寄った眉間のしわが目に入る。
そして、なんだかいたたまれなさそうな顔も。
「電車にのらなきゃ会えないのも、タクシーにのらなきゃ帰れないのも、すぐお前の顔が見れないのも、俺には遠い」
「…っ!」
「だからいい加減、一緒に住もう」
じゃないと、あいつらみたいにすれ違っちまうかもしれないだろ?

そう言ったシズちゃんの顔があまりにも真剣で、なにそれプロポーズみたいじゃんって言ったら、そうなんだよって言われて。
あまりの急展開に頭の動かなくなった俺はただ。
やっぱりあの映画は、俺には理解できないな。
そう思った。

すれ違うくらいなら、なにがあってもそばにいる。

シズちゃんが完全に別人…

title by stardust