サクラチルコロ 2


門田視点


またか。
大学に入学して早1年。
静雄とは違う学部だったが、偶然話す機会があり、よくつるむようになった。


静雄は生まれつきの怪力と、芸能人を弟に持つくらいの顔で、喧嘩を売ってくる男と逆ナンしてくる女、とにかく声をかけてくるやつが多かった。
当たり前だが、静雄はそんな奴らが嫌いで、殴り倒すか無視するかで対処していた。
ったく、静雄に近づけるわけねぇのによ。
静雄は喧嘩も女に文句を言われるのも嫌いだから、気づいた時には俺が事前に追い払うようにしている。
余計なお世話とは思うがな。


しかし、今回の客はずいぶん珍しかった。
どう見ても中学生の2人連れ。まさか中坊のくせに静雄に喧嘩売るつもりじゃねぇよな…
「お前ら、また静雄か?殴られる前に帰れ」
「え?」
振り返った二人は、まぁ美少年?ってやつだった。こんな奴らが静雄になんの用だ?
「まさか静雄に喧嘩売りに来たわけじゃねぇよな?静雄の後つけてなんのつもりだ?」
「お兄さん、静雄さんの何ですか?」
訝しげに見つめてくるのは、学ランの少年。
これだけ歳も身長も差があるというのに、臆することなくこちらを睨みつけてくる根性は認めてやるがな。
「静雄は友達だ。あいつは喧嘩とか嫌いなんでね。そのつもりなら、俺が追い払うぞ」
そう言うと、胸倉をつかみ上げる。
後ろで連れが「臨也!」と叫んでいたが、あいつも俺も、視線を逸らさなかった。


しかし、俺が友達と言ったことで、臨也という少年の態度が変わった。
「やった!もう知り合い見つけたよ新羅!!あ、俺、折原臨也って言うんですけど。喧嘩とかじゃないんで、おろしてもらえますか?」
さっきとはうって変わった笑顔でこちらを見てきた。
は?なんだ一体。驚いて手を離すと、折原臨也は器用に着地して、こちらに詰め寄ってきた。


「何なんだよ、お前。静雄の知り合いなのか?」
「いえ、こっちが一方的に知ってるだけですよ?」
「?喧嘩じゃないなら、なんの用だよ」
「実は」
にっこり笑って出たそいつセリフに、俺は叫ばずにはいられなかった。


「俺、平和島静雄さんに一目ぼれなんです!協力してください!」
「はああああああああ?」




その日知り合いになった臨也と新羅は、近くの中学に通う、まぎれもない男子中学生だった。
静雄に恋した臨也少年は、今日のところは授業があるから帰れと追い返したが、その条件として、放課後もう一度くるから必ず紹介しろと言って去って行った。
今まで逆ナン目的の女なら何度となく追い払ってきたが(本気っぽい女にそんなことはしない)、これはどうしたものか…
恋といっても、おそらく兄への憧れみたいなものだろう。
だったら、無下にしてしまうのも可哀そうかもしれない。


「どうした門田。珍しいなこんなところにいるなんて」
「ああ静雄。お前を待ってたんだ」
「俺を?」


工学部の俺が、教育学部の前のベンチに座って溜息をついてれば、静雄が不思議に思って声をかけてくるのも不思議じゃない。
隣に腰掛け、心配そうにのぞきこんでくる静雄は、本当にいい奴だ。
こいつのよさに、もっと多くの人間が気づけばいいんだけどな。
「実は、お前に憧れてるっつー中坊に、お前を紹介してくれって頼まれたんだけどな?」
「はぁ?なんだそりゃ」
「兄貴みたいに思ってんじゃねぇの?つか俺も今日会ったばっかだからよ。よくわかんねぇけど」
「兄貴、兄貴か…」
あ、こいつ兄弟とか弱いんだった。ちょっと嬉しそうにしているところを見ると。
「まぁ会ってもいいか」
やっぱりな…




「はじめまして、折原臨也です!平和島静雄さん、ですよね?」
「ああ、よろしく」


時間ちょうどにやってきた臨也は、にっこにこの笑顔で静雄に挨拶した。
よっぽど静雄が好きなんだな。紹介してやってよかったのかもしれない。
しかし、残念ながら、俺は折原臨也をただの中学生と思っていた。それが完全なる誤りであることに気づいていなかった。


「俺、静雄さん、は呼びにくいからシズちゃん!のこと好きなんだよね。付き合ってくれないかなあ?」
「は?なんだそれ?!てかシズちゃんってなんだよ!!」
「可愛くない?シズちゃんって」
「可愛くねぇよ!それに好き、とか付き合って、とか何考えてんだよ!」


好き、ってやっぱりそっちの好きだったのか…
まさかと思ったがと頭を抱えてしまう。最近の中坊って、とオヤジくさいことを考えてしまう俺が悪いのか。
臨也は俺と向かいあった時と同じく、いくら静雄に睨まれても目をそらさず、静雄を見つめ続けていた。
それにひるんだ、というより混乱した静雄がこちらに感情をぶつけてくるのは当然だった。


「おい門田!兄貴みたいに憧れてるんじゃなかったのかよ」
「すまん静雄。おれの勘違いだったみたいだ」
「もードタチン!何言ってるの!ちゃんと一目ぼれって言ったじゃん」


ドタチンってなんだドタチンって!
混乱した頭では、そんなどうでもいいことしか思いつかない。
すまん静雄。俺は最近の中坊にはついていけん…
しかしそれではあんまりだと自分でも思うので、静雄を先に行かせ、臨也は自分でなんとかしようと思ったところで、その臨也が口を開いた。


「そっかそっかそうだよね。いきなり付き合ってはないよね」
「…?」
「兄貴、うん兄貴はいいね!ねぇシズちゃん!おれの兄貴になってよ!!」
「はぁ?!」
「俺、妹しかいないしさ。年上の男の人と話したことなんてないんだよね。シズちゃんのことも知りたいし。それもダメかな?」


兄貴、兄貴。
なんかまともなことを言ってやがるが、先ほどのぶっ飛んだ発言の後ではいささか信用できない。
あんな視線を送ってきたやつが、こんな簡単に意思を覆すわけがないのだ。
そう思い静雄に忠告しようとしたが。


「まぁそれなら…兄貴らしいことなんてできねぇけどよ」
「ううんいいよ!ありがとうシズちゃん!」
「そのシズちゃんってのやめろ」
「えーいいじゃんシズちゃん!」


弟に弱い静雄は、あっさり臨也の言葉を信じ、承諾してしまった。
カフェテリアに入るらしい二人について行こうか迷ったが、振り返った臨也の目が雄弁に物語っていた。
『ありがとうドタチン』
『でもついてこないでね?』



ああ静雄。あいつは弟のポジションに収まる気なんてさらさらないぞ。
今まで静雄を守ってきた自分としては、最初で最後の敗北を味わいながら、学校を後にした。



なんか門田→静雄っぽくなってしまいました。
二人は友情ですよ。
仲良しなドタチンとシズちゃん大好きなんです。