サクラチルコロ 1


新羅視点


それは、つまらない毎日の中で、確かに【特別】だったんだ



「新羅!新羅新羅しーんらー!!」
「臨也、そんなに連呼しなくても聞こえてるよ」

卒業式を1ヶ月後に控えたその日。昼休みも終わり、気だるい空気が流れる教室に、臨也の興奮した声が響いた。
みんな何事かと振り返ったが、原因が臨也だとわかると関わるまいと目を逸らした。
気持ちはわかるけどね。あからさますぎるだろう。

そう教室を見回していると、いつの間にか目の前には興奮で真っ赤になった臨也の顔。
「どうしたのさ。今頃登校してきたと思ったらそんな興奮して」
「聞いてよ新羅!」
机をばしばし叩きながら、どんどん大きくなる声で臨也は、爆弾を投下してくれた。
「俺!恋しちゃった!」
「はあああああ?」
それはクラス全員の声だった、と思う。


話を聞くと、臨也が恋をしたのは、近所の大学生。
しかも男。
公園でさぼっていたところ、ベンチに座って猫を撫でている姿に一目惚れしたらしい。
「なーんかおっかなびっくり触っててさぁ。可愛いんだよねぇ。猫に逃げられてがっかりしてたのなんて、抱きしめてあげたい!」
「まさか臨也が男に一目惚れ、ねぇ」
学校内でも、性格はともかく見た目だけでモテにモテまくる臨也が、意外としか言えない。
しかし、目の前の臨也はそれはもう嬉しそうに顔を赤らめ、その男がいかに可愛かったかを熱く語っていた。
まさに恋する乙女だ。
いつもの真っ黒い笑顔はどこにいったのやら。恋って怖いね。

「で?それはどこの誰なわけ?」
「名前はわからないんだけどね。通ってる大学は突き止めてるよ」
「?なんで?」
「公園から大学までついていったからね」
…前言撤回。恋をしてても臨也はやっぱり臨也だったね。
本当は家がわかればよかったんだけどねぇ、といけしゃあしゃあと言う臨也に頭が痛くなる。
だからこんな時間まで登校しなかったのか。

しかし、真の悪夢はここからだった。
「新羅、この後暇だよね」
「は?これから授業だよね?」
「暇だね!よし行こう!」
「ちょっと!どこ行くの?引っ張らないでよ!」
腕を捕まれ、無理やり教室から連れ出された。
途中で教師とすれ違ったが、臨也の顔を見た途端、見てみぬ振りをされた。
仕事しようよ先生!
早く帰ってセルティに会いたいのにー!



「ここって…」
「来良大学だね」
ああ、そういうことですか。つまり犯罪の片棒を担げと。
「犯罪って、ちょっと探して観察して、家を突き止めるだけじゃん」
「それストーカーって言うんだけど」
帰りたい。
なのに臨也に捕まれたままの腕は、離してくれそうもない。
臨也のこんなにキラキラ楽しそうな笑顔は見ていて嬉しいが、僕を巻き込まないでくれるかな?

「あっ!見つけた!新羅見てみて」
もう?ちょっと臨也、そんなに力いっぱい掴まないでよ痛い。
と、文句を言おうと臨也を見ると、顔を真っ赤にさせて、うっとりとした顔をしていた。
その臨也の視線の先にいたのは。

ここからでもわかる高い身長。
太陽に照らされキラキラと光る金髪。
少しつり上がっているが、穏やかに揺れる瞳。
どう見てもイケメンであろう青年が歩いていた。
「え?臨也あの人?」
「そう!ね!かっこいいでしょ?可愛いでしょ?平和島静雄って言うんだよ!」
名前までつかんでいたか。
ってか可愛くはないだろ!
どう見ても男前系で、可愛いとは無縁だろ!

突っ込む隙も与えず、臨也は平和島さんのところへジリジリ近づいていく。
本気でストーカーするつもり?
さすがに焦って止めようとした時。僕と臨也の肩が大きな手で捕まれた。

「え?」
「お前ら、また静雄か?殴られる前に帰れ」

そこに立っていたのは、ニット帽を被った、ガタイのいいこれまたイケメンな青年だった。