ほんの少しだけでも、伝わったらいいのに



食べ放題なので、各自好きなものを好きなだけ飲み食いする。
そうなれば、自ずとそいつの好みが顕れてくるわけで。

「豚ロースと豚カルビ、あとリンゴジュース」
「静雄くんは本当に豚肉好きだね」
「肉は豚が一番美味くねぇか?門田は注文どうすんだ?」
「俺は牛肉派なんだよな。つーわけで旨み牛と牛ロースで。あと日本酒」
俺と門田が頼むため、テーブルの上は数種類の肉で埋まる。
新羅も量は少ないものの、肉をつまんでいた。
しゃぶしゃぶにきたんだ。当然肉を食べるだろう?
なのに、テーブルの奥は、なぜか緑の野菜とキノコや豆腐がどーんと鎮座していた。

「シズちゃん豚肉ばっかなんて、さすが庶民だよね」
「うっせぇよ。ったく、手前は何食ってんだよ」
「白菜とエリンギ」
「肉、食わねぇのかよ」
「さっきちょっと食べたよ?太るのやだし、今は野菜食べたい」
俺たちが黙々と肉を食っているというのに、こいつときたら、だ。
美味しそうにマロニー?を胡麻だれにつけて食べている。
マロニーって、栄養あんのか?
だいたいそんなもんばっか食ってるからんな細いんだよ。
太るってなんだ。今もそんなに細いのにか。女子かお前は。

皿から豚肉を三枚まとめて取ると、適当に出汁につける。
先ほどまではあまり使わなかった豆乳出汁。
赤みが消えたくらいで引き上げて、斜め前の皿にひょいっと落とす。
今度はネギを摘まんでいた小さな頭がこちらを向いた。

「なに、シズちゃん」
「食え。少しは肉食わねぇからんな小さいんだよ」
「小さくないよ!ちょっと俺より大きいからって、上から目線やめてよね」
「いいから食え!痩せすぎなんだよったく」
今度は牛肉を出汁に入れ、別の皿にほうりこむと、臨也の前に置いた。
目の前に並べられた肉の皿に、臨也がちょっと困った顔になる。

「まぁまぁ、確かに臨也はちょっと痩せすぎだね。少しは食べた方がいい」
「野菜も大事だが、肉も食べないとダメだぞ」
新羅と門田にも言いくるめられ、臨也がしぶしぶ肉に箸をつける。
口に入れれば、幸せそうに顔がほころぶ。一瞬だったが、俺は見逃さなかった。
最初から素直に食えばいいのによ。

「しかし、まさか静雄くんが臨也の心配とか、驚いたね」
「なっ、何言ってやがる」
その発言に驚いて立ち上がるが、新羅のニヤニヤ笑いは止まらない。
「臨也の体が心配だったんだろ?まさか肉まで準備してあげるとはねぇ」
「岸谷、あんま煽るなよ」
門田に促されしぶしぶ席につく。
別に心配なんかしてねぇ。ただどうしようもなくイラついただけだ。
気まずくなって臨也のほうを見ると、臨也は俯いたまま肉を食べていた。
目が合わなかったことにはほっとした。今のこの顔は見られたくねぇ。

しかしそのせいで、どう考えても鍋のせいではないくらい真っ赤になったあいつの耳を見てしまい。
なんだかますます気まずくなった。



店を出ると、鍋で火照った体にはちょうどいい寒さだった。
あれから臨也とは何の会話もない。
お互いなんだか妙な空気だった。
それを感じとったのか、新羅も門田も何も言わなかった。

「じゃあ僕はセルティが迎えに来てるからここで」
「俺も渡草が来てるらしいから」
「は?おい」
「ちょっと待ってよ」
裏切り者二人は、この空気に耐えられなくなったのか、さっさといなくなってしまった。
残された俺と臨也は固まるしかない。
俺もさっさと帰ればいいのだが、なぜかできなかった。

とりあえずこいつは駅だろう。
俺の家も同じ方向だから、行くしかない。
「おい、行くぞ」
「あ、うん…」
素直に着いてきたことに驚きつつ、気まずさは変わらないまま歩き出す。
そのまま無言で少し歩いたが、すぐに大きな交差点の信号待ちに引っ掛かった。
あーくそ。どうすんだよこれ。
イライラと焦りが半分ずつになった時、小さな声が下から聞こえた。

「うちに、さ。取引先からもらった豚肉があって」
「…?あぁ、」
「でもすごく多くて、俺一人じゃ全然食べきれなくて、だから」
「だから?」
「今度はうちで…鍋しない」

最後は小さすぎてほとんど聞こえなかったが、でもきちんと音は届いた。
俯いた小さな頭と細い肩が、少し震えている気がする。
本当に素直じゃなくて、ウザくて、口ばっかり達者なやつだけど。
こういう所は、少しだけ可愛いとか思ってしまう。

「昆布だしにしろよ」


店にいたときよりずっと赤く染まった頬が、嬉しそうにほころんだ。



女子力高いいざや可愛い!
わいわいしてる来神組大好きです。