おとまり(1/3)




「うーん……、」



おれは自室で唸っていた。土曜日の日が沈む頃。


今日は篠塚先輩の部屋に泊まるのだ。あるものは全部貸すと言われてる。


同じ寮内。じゃあ大体あるじゃん、と張り切って準備を始めてから気付いたのだ。おれの張り切り具合に荷物の量が比例しなくて、本当にこれだけでいいのか…?とベッドの上に並べたそれらを腕を組んで眺めているところ。


とりあえず歯ブラシと下着だけは用意したけど……。


せっかく泊まるのに、これだけってなんかな。洗面所に落ちてた物セットって感じ。気分的にはもっと、ザ・お泊まりセットみたいな、めちゃくちゃパンパンに詰めたリュックでも背負って行きたいくらいなのに。


やることなくなって時間持て余したら嫌だからトランプでも持ってく? 時間を有効に使う人間なら教科書でも持って行くところ? いやでも、柄じゃないことして浮かれてるとか緊張してるとか思われるのも嫌だしな……


「………いっか、これだけで」


何かあれば取りに戻ってくればいいんだもん。


意気込んで始めた準備ののち、できあがったのはコンパクト過ぎるお泊まりセット。何度考えてもやっぱり少し味気なく感じるが、大荷物で篠塚先輩の部屋に出入りするわけにもいかない。


用意した物をポケットに突っ込んで自室を出たおれは、出てすぐの場所から同室の嶋を呼ぶ。


「しま、しまぁー!」


「───、うるさい! もう、なんでそんな所から叫ぶの?ノックでもしてよ…何?」


おれの呼びかけに、同じく自室にこもっていた嶋が鬱陶しそうな顔を扉から覗かせた。ごめん、と謝る。ちょっとおれ、今そわそわしてて。


「おれ、今日泊まり行ってくる。夜いないから気を付けてっていうのと、あとは…あ、何か取りに戻ってくるかもだけど気にしないで」


「…あ、そう。別に大丈夫。直江くんたちのとこ?」


「えっ、? あ、ウン。…えーと、そう!」


「……ふーん…、分かった。いってらっしゃい」


ぱたん、と閉じた嶋の部屋の扉。少し遅れて思い出したように心臓がドキドキし始めた。


……忘れてた。そうか、そりゃそうだ。どこに泊まるのか、普通に訊かれるよな。


篠塚先輩と付き合うことになってから初めてのお泊まり。浮かれてるとか緊張してるとか思われたら嫌だと思っていたけど。正直おれ、めちゃくちゃちゃんと浮かれてるし緊張してる。





***


「シャワーでいい?」


「あ、はい、あの、おれ本当に全然なんにも持ってきてないんですけど……」


「ああ、着替え。これで良いか? 置いとくから」


「タオルも……」


「ここにあるの使って。急がないで良いから、何かあれば呼んで」


テキパキと用意した篠塚先輩がにこりと笑って脱衣所から出ていった。


篠塚先輩はいつも通り。取り残されたおれだけがさっきからずっとソワソワしてた。この場にひとりになったことで思わず、ふぅ…と息を吐いてしまう。


篠塚先輩に会いに泊まりにきたわけだけど、そりゃだって緊張するに決まってる。というか普通にドキドキする。嬉しくてワクワクもした。この人と付き合ってるんだ、という事実が篠塚先輩の目を見る度におれの顔面に叩き付けられるようで息をつく暇がまるでなかった。


シャワーから出た後、置いてあった服を着てみれば以前にも借りたことのあるスウェットだった。篠塚先輩もおれより先にシャワーを済ませてて色違いのものを着ている。前にもやったお揃いが、今は少しだけむずむずした。


こんなの、深夜にコンビニ行くカップルと一緒じゃん…。よくいるやつ…


あの人たちに自分を重ねる日がくるなんて。床に座ってそんなことを考えているおれは今、ソファーに腰掛ける篠塚先輩の足の間でドライヤーをしてもらいながら蕩けている。


「………至れり尽くせりだ……」


溢れた声はドライヤーの音に掻き消されたと思う。篠塚先輩は黙々とおれの髪の毛を乾かしてくれて、自分じゃ絶対にしない丁寧な乾かし方におれはずっと目を瞑ってた。

風が止むと、大きく開かれた篠塚先輩の手のひらが指通りを確かめるみたいにおれの頭をひと撫でしていった。かき上げられた前髪が額にサラリと落ちて、それのくすぐったさに首を振りながら目を開ける。


「…毎日これがいい……」


「ふ、少しは解れた?」


ドライヤーを片しながら篠塚先輩に問われる。

ああ、やっぱりバレバレだった、と少しだけ気まずく思いつつも素直に頷いた。後ろにいるから顔は見えていない。毎日これだと心臓がもたないか。


「……はい。まぁ、でも、まだちょっとだけ、ですけど、」


「何もしないから、普通にしてて。俺にも移りそう」


移りそうだとか、全然そんなことなさそうな声色で篠塚先輩が笑いながらそう言った。おれの緊張を移せるなら先輩にも貰ってほしいくらいだが、そんなことよりもおれはその前の台詞に引っ掛かって勢いよく振り返る。


「 えっ、何もしないんですか?」


振り返ったおれも、振り返られた篠塚先輩も、どちらも驚いててふたりして瞬きを数度繰り返した。篠塚先輩の顔が苦笑いに変わる。


「しないよ。ここに来てからずっと緊張してたの、やっぱりそういうの気にしてたせいだろ。ずっと気張ってて疲れたんじゃないか? ほら、こっち座ってゆっくりしたら」


「や、やだ」


「やじゃないって。煙草でも吸う?」


「な…っ、おれ、そんなんじゃ誤魔化されませんよ!」


ポフポフとソファーを叩いて隣に座るよう促してくる先輩に、床に座ったままで抗うおれ。じりじりと続く問答に煙草まで持ち出して、篠塚先輩がこの話題を切り上げようとしているのが気に食わなくて食い下がった。


「…だって、てっきりちょっとくらいは何かあるのかなって思うじゃないですか。それでちょっと緊張してただけで…。何もなしなんて今までと同じじゃないですか、せっかく篠塚先輩の特別になれたと思ったのに………」


「前も今も変わらず特別だって。緊張してる星野に手出して泣かせたりしたら俺が立ち直れなくなる」


「ぅ、おれ泣いたりしないから! ねぇ、篠塚先輩、何もしないって……ほんとに何も?」


「しません」


「ほんとになんにもだめ?」


「だめ」


「ちょっとも?」


「………ちょっとって言ったって、」


はぁ、と篠塚先輩が困ったように息を吐いて、押し問答にはおれが勝ったんだ。




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