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***
「ん、………」
朝。布団からはみ出していたつま先がひんやりとしていて、さむ、と思って目が覚めた。もぞもぞと膝を抱えるようにして布団の中にもぐるとあったかくてまた寝そうになる。
何時だろう…。まだ、いっか…もうちょっとねよ……
「んん……、……?」
まだ寝られるだろうと目も閉じたまま、時間も確認せずにベッドの端からごそごそと真ん中へ寄ったら横で寝る篠塚先輩とぶつかって。
あ、おれ……。せんぱいのとこ泊まったんだった。と思い出す。
隣でおれががさごそ動いたせいか先輩も目を覚ました。開ききっていない目でこちらを見る先輩の顔は寝起きでも整っているなあと、目をしょぼしょぼさせながら寝起きの頭でぼーっと考えるおれ。
「…はよ、ございます」
まだ半分夢の中にいて覚醒しきっていないおれの様子に、先輩はぽんぽんとおれの頭を撫でる。
「…ん、おはよう」
「ん〜……」
「星野、一回戻らないといけないんだろ」
そうだ、へや戻んないと…。制服あるけど替えのシャツとかないし荷物も部屋だし、登校時間になって人がわらわら出てきたら戻りにくい。はやめに戻らないと、なんだけど…。
「ねむい゛……」
先輩の肩口にぐりぐりと顔を押し付ける。ねむいし、先輩のベッドがふかふかで、先輩があったかくて。まだ寝ていたい。
「こら、寝るな。」
「んんん…、」
起きろ、と先に起き上がった先輩に体を起こされてしまいベッドから出ると、寝起きで体温の高い体には朝の空気が冷たく感じられて。ひやっとして少しだけ目が開いた。
「服、それ着て戻って良いから」
って先輩が言うから、寝室を出てリビングにある昨日脱いだ制服と持ってきたテキストやらをてきとーにがっと一纏めに抱き抱えて、準備完了。もう戻れる。
「じゃあおれ、もどります…。ふく、これ、すうぇっと…、洗ってつぎ返します……」
「ふ、寝ぼけてんのか。何でも大丈夫だから、階段から落ちんなよ」
おじゃましました、と小さくぺこりと下げた頭を最後に軽く叩かれて先輩の部屋を出た。
通路は静かで、まだ朝早いしと余裕かましてふらふらと裏口階段に向かって歩く。
だけど裏口の扉の取っ手に手をかけたところで背後でガチャリとドアが開く音がしたから、気を抜いていたおれはびくっと肩を跳ねさせた。
「っ、」
咄嗟に身を隠すように裏口に入ってその場で動かずに息を潜めた。そおっと閉めた扉に耳をあてて向こうの様子を伺ってみる。
こっちに来る感じもしないし、普通に歩いていった…のかな。
咄嗟に隠れたからわかんないけど、おれを見送ってばかりの篠塚先輩じゃないだろうし…。じゃあ、隣の副委員長さん?
「あぶね…」
あせった。早起きかよ。朝だからって油断し過ぎてた。
びっくりして目が覚めたおれは、ふう、と一息ついて階段を下る。
ばれてないよな…。でも一応先輩に言った方がいいのかなあ。副委員長さんのこともおれ全然知らないけど今度聞いてみよう。
やばい人だったらどうしようとか、くそ厳しい人だったりして、とか。頭の中で勝手にイメージして、こわあって思ってたけどふと階段を下る足を止めたおれ。
「………んぁ、」
そういえば泊まること嶋に何も言ってなかった。いや別に気にしてないか、おれがいてもいなくても。いやでもめずらしいじゃんとか言ってまたなんかちくちく言われるかも…。
とりあえず、朝から捕まるのはいやだと思ってこそこそ部屋に入ることにした。自分の部屋なのに。なんでこんなに嶋にびびってるのかと思う部分もあるけど、だってなんか怖いんだもん。母親かって感じで。
いやべつにおれが子どもって意味じゃないんだけど。
*
朝はまだ寝ていたのか嶋に捕まらないように自室に入ることに成功したおれは、無事何事もなく登校して。
お昼休みの今、直江と陽介には昨夜先輩に勉強を教えてもらったことを伝えた。
「だからおれ、今めっちゃ数学できる」
「まじかよ!これ食ったら教えて〜」
今日はじゃんけんに勝って、陽介が買ってきた弁当をもりもりと頬張る直江が星野いま天才じゃん〜なんて言う。そうかも。陽介にもよかったなって声をかけられた。
「俺らも過去問もらったやつ、コピーしたからあとであげる」
「あ。過去問は聞くの忘れてた…」
「まあいいんじゃね。なんか先輩たちの頃と先生が違う教科多くて、あんま参考にならないかもって言われたし」
いらないかもだけど一応あげとくからって言って陽介もご飯を口いっぱいに頬張る。ふたりとももうちょっとゆっくり食べなよって思いながら、ありがとうと言って頷いた。
篠塚先輩には聞くの忘れちゃったけど、そういうことなら陽介たちがくれる分だけ目を通す感じでもいいかな。先輩には教えてもらいたいところ他にもいっぱいあるし。
とりあえず今日はこれ食べたら、この前3人でやってもできなかった数学の問題をおれが直江と陽介に教えてあげよう、とおれもおにぎりを頬張る。
「でも星野のその先輩、すげー頭良かったんだな」
「んっぐ、ごほっ…ぅ、う゛ん……」
「え、大丈夫かよ」
陽介に突然先輩の話を振られて思わず、まだ十分に噛めていないのにおにぎりをごきゅっと飲み込んでしまってむせた。露骨に焦りすぎ、おれ。
だけど、なんたってSクラスだからね!なんて言ったらふたりとも先輩が誰なのかって気にしそうだし。先輩の話になっていろいろ訊かれるの、困る。
「すごく分かりやすく教えてくれたんだろ?やっぱAとかSの人?どこで知り合ったんだよそんな先輩と」
「ん、んー…クラスはきくの忘れてたけど、なんかまあ、そんな感じじゃん…?」
そんな感じってなに。
と自分で言ってて突っ込みたくなるくらい焦ってとんちんかんな返しをするおれ。むしろこんなに必死になって隠す必要あるのか?なんて思えてくるくらいに焦ってる。
そんな陽介からの質問も上手くかわしきれないうちに、今度は直江からこそこそと話しかけられる。
「ほしの、ほしの、なあなあ」
「は、はい」
ヒヤヒヤしながら直江を見れば、直江はなんかちらちらと向こうを見ながらおれに身を寄せてきて。
な、なんでしょう。
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