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じりじりと燃えて灰になっていく煙草はあっという間に指元まで短くなって、吸い終わる頃にはさっきまで感じていたもやもやも煙草の煙に紛れて和らいだような。
折れた煙草と一緒に吸い殻を片して、使い捨ての歯ブラシあるって言うから探してもらって歯も磨いて。あとは寝るだけなんだけど。
「あの、においついちゃったかも」
シャワーの後、篠塚先輩に借りたスウェットを着て煙草を吸ってしまった。匂いが気になるんじゃないかと思いそう言えば、先輩はおれの首元に顔を寄せた。
「大丈夫だろ。気にならないよ」
匂いを嗅いだ先輩はそう言って寝室のドアを開く。大丈夫ならいいかな。でも洗って返した方がいいよな、と思いながらおれも先輩のあとを追う。
寝室だと言うその部屋はおれの自室くらいの広さで、そこにベッドがひとつ。おれのよりも少し大きい気がする。
あ、てかベッド……。
「ふたりで寝られますかね」
「余裕だろう」
来客用の布団とかさすがにないだろうし、先輩のとこのソファーふかふかだからおれソファーでもよかったけど。
先輩がほら、と掛け布団を捲るから素直にお邪魔した。
「たばこくさくないですか」
「大丈夫だって」
篠塚先輩とおれ、ふたり並んでもまあまあ幅にも余裕があるがそうは言っても布団の中。先輩との距離は結構近くて、また同じことを訊いたおれに先輩は仕方なく笑ってごそごそと近づいた。
「…そんな嗅がないでくださいよ」
「大丈夫だっつってんのに何度も訊いてくるから」
おれの頭に鼻を寄せた先輩がそのままそこで喋るから少しくすぐったい。
「それに吸ってる時横にいたんだから、匂いなら俺にもついてるだろ」
「んー……」
すぐ目の前、先輩の胸元をすんすんと嗅ぐ。
自分のではない慣れない香りの中に、微かにいつも吸っている煙草の匂いがするようなしないような…。
スウェットも布団も先輩のだからよくわかんない。
「篠塚先輩の匂いしかしないですよ」
「…ああそう」
とだけ言った先輩はぽんぽんとおれの頭を叩く。寝かしつけんな。
入ったばかりのときはひんやりしていた布団の中はすっかり温まり、先輩とくっついている部分はお互いの体温が伝わり合ってより一層ぽかぽかと温かい。
今度は髪に指を通すようにおれの頭を撫で始める篠塚先輩。まだ眠くないけど、熱いくらいの温もりも撫でてくれる先輩の手も心地が良くて、おれは目を閉じてじっとしていた。
……あ、手。とまった。
寝たのかな、先輩。
そろりと顔を上げて見る。けど、どうやらまだ起きていたようで突然動いたおれに先輩も、ん?とこっちを見た。
「なんだ、星野。もう寝たのかと思った」
「まだ…、」
「眠れない?」
横向きになるおれの顔にかかる髪の毛をさらりと先輩がはらってくれる。髪をはらわれたこめかみや耳元が、ひんやりした部屋の空気に触れる。
目を閉じてじっとしていたら、真っ暗な視界に眠くなるどころか目がさえてしまった。さっき煙に紛れてどっか行ってたもやもやも、またその姿を見せ始めていて。
「……さっきの、…」
「うん?」
顔を伏せてぼそぼそ話し出したおれ。どう言おうかと考えて黙ったおれを、篠塚先輩も黙ったまま頭を撫でて待っていてくれる。
「あの、……禁煙したらっていうやつ。せんぱいのとこ、来なくなったらって…」
「ああ」
「……やっぱり、」
いやだったんだ。さっきは頷けなかったけど考えてみたらやっぱり嫌だった。もやもやする。嫌なのも、嫌なのに頷けなかったのも。禁煙しなきゃいけないのも、ちゃんとできたら先輩と会わなくなるのも。おれ、たばこ吸えるのに。
「さみしい、です」
色々考えてたけど、たぶん、寂しいんだと思う。
先輩優しいし面倒見良いからおれもそれに甘えちゃってるだけで、そもそも仲良い友人だとか部活の先輩後輩なんかじゃない。篠塚先輩からしたって、風紀委員長としておれに煙草やめさせたいだけだろうけど。
風紀委員長の篠塚先輩は人気者で、本当だったら他の人たちが言うみたいに話したくても話せない人で。いずれはそうなるのかというか、そうあるべきなんだと思ったら。
「……さみしくなっちゃった」
さっきは頷けなかった先輩の言葉を、ぽつりと繰り返した。
何も言わない先輩の胸元にぐりぐりと額を押し付ける。途中から止まっていた先輩の手が、おれの髪の毛をくしゃりと撫でた。
「……せんぱい?」
そっと顔を上げれば、先輩が少し困ったように笑っているのが暗闇の中で見えて。
「ベッドの中で、あんまり可愛い事するもんじゃないよ」
「べつに、してない」
可愛いとかない。子どもみたいだって言いたいんならそう言えばいいのに、とおれはまた顔をうずめる。
「俺も寂しいよ、星野と会えなくなったら」
「………」
「煙草いらなくなっても来れば良いだろう?」
「んん……」
でも、先輩と話したいと思っている人がここまで来て話したりなんてしないじゃん。なのにおれは会いたいから来るなんておかしくないの。
「煙草が吸いたくなったら来いとは言ったけどさ。煙草吸わなくなったら俺のとこに来る理由なんてない?」
ないけどある。ないのにあるから困ってんじゃん。
「ンン゛〜……」
「ふ、なに。ある?」
顔をうずめたまま唸りだしたおれを、先輩は少し体を離して覗き込む。
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