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するとそんなおれの右腕をぱしりと篠塚先輩が掴んで。


「おい待てって」


「おわ!」


そのまま腕を引かれ、どさっと後ろに倒れこむようにしておれはまたソファーに引き戻されてしまった。


「っ、あ、ぶないじゃないですか、火ついて……」


「そうだな、悪い」


「あっ、ちょっと!」


左手には火のついた煙草。それを指して急にこんなことされたら危ないと先輩に言えば、右手は押さえつけられたままそれはおれの左手から奪われてしまって。まだ吸い始めたばかりなのにテーブルにある灰皿に押し付けられその火は消されてしまった。


「それで。」


「……っ、」


先輩がおれを見る。おれの右腕はがっしり先輩に掴まれていてどうも逃げられる気がしない。


「さっきも聞いたんだけどさ。どうしたんだよ、星野。何かあったか?」


「……べつに、」


どうした、なんて聞かれても。

ソファーの上でどんどん縮こまっていくおれを、ん?と覗き込んでくる先輩。その顔は優しい、というか……。

ちょっと笑ってないか。


「……なにわらってんすか」


「いや、どんどん小さくなってくから。」


最終的に膝を抱えて背中を丸めたおれがおかしくて笑ったらしい。そんな縮こまんなよって笑いながら頭を撫でられる。


「……ほんと、なんもなかったですよ」


何もなかった。周りはふつうでおれもふつうだった。何もしてないしされてない。なのになんだか胸のあたりがざわざわして、煙草が吸いたいと思ってここに来た。
けどそう思って吸った煙草はあんまりおいしくなくてそれでも吸いたいというか、吸っていないと落ち着かないような。


「あー、星野。疲れた?」


「え……?」


するすると髪に指を通すように撫でられて気持ちがいい。突然先輩に投げかけられた言葉に首を傾げたが、すぐにすとんと胸に落ちた気がした。


「……きょう、50m走りました」


「……ああ体育?俺もこの前計ったよ」


え、お前それだけ?みたいな顔されたから、おれは小さく首を横に振って続ける。


「いやあの、それで。もうすぐ体育祭とか、あるなって」


「ああうん、あるなあ」


「おれクラスの人、まだ全然知らないし。知りたいわけでもないけど、でも、知らないとだめじゃないですか」


自分の感じたことをいざ言葉にして伝えようとすると案外難しい。なんか子どもが話してるみたいだと自分で話しながら思う。ちらりと篠塚先輩を見れば、それで?と続きを促してくれる。

おれが子どもなら先輩は親か。いやこの感じ保育士かも。


「ん、と…それで……、…めんどくさいなって」


「ふっ、」


一言でまとめるとしたらただそういうことなんだけど。


「今説明するのも面倒になっちゃった?」


「いや、なんて言えばいいのかわかんないし…」


たらたらとおれのまとまらない話を聞かせてしまうのは申し訳ないし、簡潔に話したいと思ったら簡潔になり過ぎたようで笑われた。


「でもほんと、何もなかったんですよ。ただおれが勝手に色々考えちゃっただけで、」


わざわざ先輩に聞いてもらわなくても大丈夫だと立てた膝に顔を伏せようとしたら、頭を撫でていた先輩の手がそうはさせてくれなかった。ぐっと力が込められて先輩の方を向かされる。


「ぅぅ……も、なんすかあ、」


「いやだって話さないとお前ずっとそんな感じだろ。話しとけよ」


「…横暴」


先輩はおれが話すまで許してくれなそうで、おれ何かしたわけでもないのにこれじゃ風紀委員長に取り調べされてる気分だ。先輩の手は今はまた優しくおれの頭を撫でてくれているけど。


「それで続き。星野は何で面倒って?」


「んん……おれ、協調性ないから」


あーたしかになさそうだと間髪入れずに相槌をうたれて、本当のことだし自覚もあるけど少しむっとして先輩を見れば笑いながら謝られる。


「…クラスとか行事とか、みんなで何かするのとか。…苦手っていうか。友だちだって今話してくれる人がいればいいし、でもそれだとまた協調性がないって言われるんだろうなって…」


ない頭で考えていたら疲れてしまったのか。それとも疲れてたからそうもやもや考えてしまったのか。
よくわからないけどとりあえずおれは疲れていたんだと篠塚先輩に言われて気づいた。今日はめずらしく走ったせいもあるかも。


「ん、そうか。まあ新年度始まって少し経つし疲れる頃だよなあ。自分ではそんなつもりなくてもどっかで気張っちゃってたんだろ、星野」


ぐいっと頭を引き寄せてられて、膝を抱えて丸まっていたおれは簡単にころんと転がって先輩の方に凭れるように倒れる。

先輩の肩に顔をあてられて、くっついた顔や体からじわりと伝わってくる先輩の体温があたたかい。ふっと体から力が抜けて、あ、いま力入ってたんだって思った。


「んで。なに?星野友だちできたって?」


「……ふたり、」

…だけ。

先輩は十分だろって言ってくれて、おれは先輩の肩に顔をすりっと擦りつけるようにこくんと頷いた。


「学生のうちはさ、みんな仲良くとか協力してとかまあよく言われるけど。無理しない程度に当たり障りなくやっておけばいいよ。」


なんか、先輩は学生じゃないのかと思うような口振りだ。親とかっぽいなってさっきは思ったけど、きっとそういう大人とか学校の先生たちはこうは言ってくれない。というか言ってくれたことがなかった。

中学までの通信簿、協調性がないというコメントの横に押された頑張りましょうの判子がおれにはプレッシャーになっていたのかもと今になって感じる。
それだけのせいではないけど、このままじゃだめで、おれ頑張んないといけないんだって思ってた。


「当たり障りなくやってるうちにも案外気の合うやつが見つかるかもしれないし。今だってもうふたりいるんだろう?焦らず気楽にやれって」


「うぃ」


篠塚先輩にそう言ってもらえて、嬉しいような恥ずかしいような気分でぐりぐりと頭を擦りつけて返事をしたら猫みたいだと笑われた。


「俺としては、星野が良いやつらと仲良くなれたみたいで安心したよ」


「いいやつら、です。おれにも優しいし。おれ別にもうクラスでほかの人と話せなくてもいいのに」


「ふっ、ちょっとくらい話してやれよ」


今おれ先輩にくっついているから、先輩がくすくすと笑うだけでもその喉とか肩あたりが少し震えるのがおれにも伝わってくる。


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