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「煙草も、今は没収しないでおくけど気を付けろよ。」
「はい…」
「徐々に減らして、辞めるように。次現場見つけたら容赦しないからな。」
「……はい」
バインダーを置いて、席を立つ先輩。
おれに背を向けて壁際の引き出しを開けると、がさがさと何かを探し始めた。
背中越しにおれに話しかけてくる。
「…ここにも煙草吸う奴が一切いないって訳ではないと思うんだけど、喫煙は現行犯じゃないとこっちはどうしようもできないから…。星野も部屋で吸っていれば良かったのに」
吸ってればよかったのに、って。この人風紀委員長なんだよな。とは思わなくはなかったが、煙草も没収されずに見逃してもらっている手前なんとも言えない。
「まあ、そうですよね…」
おれもそうしたいとは思ってたんですけど。同室のやつが…。
と、おれが部屋で吸えない理由は別に話さなくてもいいかなと思って口を閉じる。
せっかく先輩が今回だけ、とおれを見逃してくれて本来なら呼んでいたという同室者の嶋も呼び出されずに済んだんだ。わざわざ話題にあげようとは思わなかった。
「これ。」
おれの座るソファーまで戻ってきた先輩に差し出されたのは数枚の紙。マス目が並んだそれは、原稿用紙だ。
「……3枚」
「余裕だろ」
受け取った原稿用紙にズラッと並ぶマス目を眺めながら、何をこんなに書けというのか。と今から困惑する。
立っていてだいぶ上にある先輩の顔をジッと見上げる。
おれは座ったままだから、高さの差がありすぎて軽くガンつけてるみたいになってると思う。いやちょっとつけてる。
「…5枚でもいいんだぞ?」
「んぃ……っ!」
と、引き出しまでまた戻ろうとする先輩の腕を両手で掴んで慌てて引き止める。わりと必死。
「いらないです!さんまいでいいです!」
「なんだ、物足りないのかと思った。」
ははは、じゃない。面白くない。
「今週中には書いて提出な。」
今日は週の始まり月曜日。この3枚の反省文は金曜日までに書ければいいという。
そう考えると結構余裕かもしれない、と手に持った3枚の紙が受け取った時より薄く感じられる。
「書けたらここに出しに来ればいいですか?」
「ああ。昼休みと放課後なら誰かしらいる、が……」
立ち上がりながらおれが尋ねると、先輩は言葉を詰まらせた。
ん?と思い、おれが立ってもまだ少し高いところにある先輩の顔を見上げれば何かを考えているようだった。
「…あー、放課後がいいかな。俺が受け取れる」
「あ、はい、放課後」
「他のやつが受け取って、余計な事聞かれんの面倒だろ?」
あ、先輩悪い顔してる。
たしかに今日のことを知らない他の風紀委員に反省文を渡したら、何か聞かれて答えた拍子におれに反省文しか罰則が課せられていないことがバレてしまうかもしれない。
それはおれにとっても、篠塚先輩にとっても不都合だ。
反省文。今週。放課後。
という単語を頭の中で並べる。
「じゃあ書いたら放課後、先輩のとこ来ますね」
「ん。」
ペコリと頭を下げて扉の方に向かうと、先輩も付いて来て先に扉を開けてくれた。
「失礼しました。」
「はい。お疲れさま。」
最後にもう一度、扉を押さえてくれている先輩に頭を下げておれは当初の予定よりもだいぶ遅れて寮へと戻る。
戻る道中にぼんやり反省文の構成を考えてみたけど、
「申し訳、ありません、でした。…で、じゅーにもじ…」
とか指を折って文字数を数えただけで、飽きてやめた。
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