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「はぁ…」


ああ、厄介なことになった。


扉の中は、教室の作りや雰囲気とは違うもので。ここを使うのはおれたちと同じ生徒だろうけど、お仕事する部屋ですっていうのが伝わってくる重厚な雰囲気だ。


手を引かれて中に入ったところでずっと掴まれていた右手からセンパイの手が離れた。


「そこ、座って」


座るように指されたのは、小さなテーブルを挟んで向かい合って置かれた片一方のソファー。


「あい。」


短く返事をして、ふたり掛けくらいの小さめなソファーの真ん中に座る。


「さてと」


さっきは簡素なベンチのすぐ隣に座ってきたセンパイが、今は対になった高そうなソファーに面と向かって腰を下ろした。


「ここが何処だかわかるか?」


「風紀じゃないんですか」


たった今、この部屋に入る直前に気付きましたよ。

ぶすっと拗ねたように答えるおれにセンパイは質問を続ける。


「どうして連れて来られたと思う?」


「……たばこ、吸ってたから?」


「正解。」


2人の間に置かれた低めのテーブル。
バインダーに挟まれた用紙とペンが用意されていて、これからそこに何やら記入していくらしい。

センパイがペンを手に取ってくるりと一回転させる様子を視界に入れながら、あーめんどくさいなあ。なんて今から事情聴取される身ながら考えてしまう。


「じゃあ今からいくつか訊いていくけど。まずクラスと名前、此処に自分で書いてくれるか。」


バインダーとペンを渡されて、クラス・名前の欄にペン先をあてる。


「………。」


一瞬ウソ書こうかと思ったけどバレたら余計にやばそうだから素直に書くことにする。


クラスは1C、名前は星野、色…っと。


記入したバインダーを向きを直してセンパイに返す。

有難う。とそれを受け取ったセンパイは、おれが記入した項目を確認してる。


「これ、名前…。…ホシノ、イロ?」


「えっと、星野色です。」


ほしのいろ。センパイのイントネーションが星の色のそれだったから、語尾を下げるよう言い直して伝える。


幼い頃から初対面の人との間ではよくあることだったが、自分の名前だし一応ちゃんと伝えておきたい。と毎度のことながらめげずに上げられがちなイントネーションを下げるよう訂正する。


本当に毎回なんだ。小学生あたりでピークを迎えた名前に対するからかいにめんどくさくなったりもしたが、それでもちゃんと訂正してるこれはもう意地に近い。


「星野色か。いい名前じゃないか。」


おれが言ったイントネーションそのまま、センパイはおれの名前を復唱する。そして褒めてくれた。


からかわれたり間違われたりする事もあったが、それと同じくらい初対面の時には名前に興味を持ってもらえることも多かった。

めずらしいね。とか、いいね。とか


自分の名前を褒められるのは結構嬉しい。


「どうもありがとうございます…。」


「褒めてるんだがあんまり嬉しそうじゃないな。」


今の状況を考えると素直に喜んでいる場合ではないんだ。風紀に捕まっているんだぞ。入学早々、煙草を吸って現行犯だ。名前を褒められたくらいで俺の気分は上がらない。


「はあ……」


「項垂れているところ悪いがな。一応俺も自己紹介させてもらうと、篠塚優吾。3年で風紀委員長だ」


「い、いいんちょう…?」


「そ。」


ふうきいいんちょう…ふうきのトップ。風紀でいちばん偉い人。しのづかゆうご先輩。
よりによってなんて人に捕まってんだおれ…。


余裕のある感じから最上級生だろうと思っていたから、3年と言ったのはやっぱりという感じで受け流す。


「それにしても、入学した今日の今日でここに来る奴がいるとはな」


ははは、と笑うセンパイ。

おれには笑えないですセンパイ…。


目線を手元のバインダーに落とし、センパイは続ける。


「いつからだ?煙草は」


「たばこすか……煙草は、中2とかすかね。先輩が吸ってたから、友だちと真似して…みたいな」


思春期によくある話だと思う。


「くそガキだなあ」


朗らかに笑いながら言うな。


ただその手はペンで何かを書いていて、どうやら事情聴取といってもこんな緩い感じで話しながらポイントポイントをメモってくスタイルのようだ。


「入学式でさぁ、俺とお前がすれ違った時、わかる?」


「え……。ああ、ホール出るとき…」


「気付いてたか。あんとき匂いで、あ、こいつもしかしてって思ったよ」


あのとき目が合ったと思ったのは気のせいではなかったのか。すれ違う瞬間、煙草の匂いに反応しておれを見たってことか。ボディミストは役目を果たしてくれなかったらしい。


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