「ハプティマス・イクリールといいます。イクリールで呼ばれるとありがたいわ」
「なら、イクリール殿で」
夜、ぱちぱちと焚き木が音を立てている。
私とついさっきであった彼とで夜を共にしながら倒した化け物をその火で焼いて食事を取っていたところであった。
さすがにあの量じゃあ一人じゃ食べきれないしね。
「俺の名は………」
「知ってるわ、練白龍でしょ。煌帝国の初代皇帝、練白帝の第3皇子で現在は練紅徳の第4皇子。あってる?」
にこりと私が笑うと、白龍は驚いたのか目を大きく見開いた。
「なぜ……以前お会いしたことは……?」
「ないわ。対面したのは初めてだと思う。たぶんお互いにね」
木の棒に突き刺した肉のひとつを掴み、歯で食いちぎった。
「まあ仕事柄、情報収集には手間暇かけていてね」
「はあ……」
白龍も、いただきます、と言いながら肉を取った。
「仕事は何をなさっているんですか?」
「まあ、いろいろと」
適当にはぐらかし、私は早々に肉をたいらげ、次を取る。
おなかが減っているため、食べるペースも自然と速くなってしまう。こう一週間くらい仕事に熱中した後はこうして一週間分の栄養補給をするため、通常の5倍くらいの肉を食べる。そういう面では、ここまで大きい獲物を捕らえられたことは実に幸運だった。
「見たところ、イクリール殿は腕の立つ魔道士と見受けましたが……」
「ん……まあ、それもそこそこかな」
「そこそこなんてレベルじゃあないですよ。もしかしたら、マギと同等それ以上……」
「やだなあ、そんなにおだてないでよ」
くすくすと笑いながら私はまた次の肉を取った。
「……良く食べますね」
「一週間くらい飲まず食わずだったから、どうしてもおなか空いちゃって」
「イクリール殿はどちらに向かう予定なのですか?」
「んー……予定はなかったけど、とりあえず煌帝国かマグノシュタットのどちらかに行きたいな、って思ってる」
少し考えて、私は答えた。
煌帝国にはマギがいる。どうも黒いルフを使うらしいが、まだ見た事がなかった(つい最近になって生まれたという話もあるし)。マギ見たさで一度煌帝国には行ってみたかった。
マグノシュタットもマグノシュタットで近頃いろいろあるらしいから、自分の仕事上なるべく騒ぎの起こる現場には立ち会いたかった。
「貴方はどうするつもりで?」
「白龍でかまいません。俺は姉上と合流し、煌帝国へ帰還する予定です」
「姉上……練 白英のこと?」
「はい、そうです」
こくりと白龍はうなずいた。
ぱちぱちと焚き木の音が耳を通る。脂の乗っている肉は、噛み千切ると豪勢な音が立つ。
白龍も、ようやくひとつ平らげ、次を取った。私もそれに習い本日いくつめかわからない肉を取り上げた。
しばらく、お互いが肉を噛み千切る音しか聞こえなかった。彼は意外にも豪勢に肉をほおばっていた。王族のものなら、上品に食べるものとばかり。
「……あの、イクリール殿は煌帝国かマグノシュタットに行きたい、とおっしゃってましたよね?」
白龍は肉を置き、聞いた。私はこくりとうなずく。
「ならば、―イクリール殿さえよければですが― 一緒に行きませんか?」
白流は意を決したように、私の目を見ていった。
私は目を丸くして彼を見た。
思いもよらないお誘いだった。確かに獲物を倒したあと偶然彼と対面し、こうやって食事をともにしているが、所詮初対面だ。一緒に行くほど仲がいいとは決していえなかった。そこまで言うにはあまりにもお互いの内面を知らなさ過ぎる。
だから、このお誘いは正直とても意外だった。
「あの、実は俺、これから姉上のところまで一人で行かなければならず、正直心細かったのです。なので、できれば共に向かう者がいれば、と……。あの、イクリール殿がよければでいいんです。」
おずおず、といった感じだった。さっきも気になったが、彼の顔には涙の後が残っていた。
かなり真面目で精神的に不安定な所がある、とは聞いていたが、私と会う直前に何かあったのだろうか。
が、なんとなく聞いてはいけないような気がしてその場はあえて流すことにした。
「……迷惑ではないですか?」
「全然!むしろありがたいくらいです……!」
「じゃあ……お言葉に甘えて……」
「本当ですか!?」
白龍の顔がぱっと明るくなった。あまりにも喜びを顔に出すので、私は思わずたじろいでしまった。
……そんなに、誰かと共に行きたかったのだろうか。
まあ、私にとってもメリットのあるお誘いであった。
話によると、煌帝国は今大進撃を繰り広げている。ここ数十年でその国土を何倍にも拡大しているほど。それに父親の違う皇子達、そして先代王を暗殺したと噂されている現王の妻。
何よりダンジョンをことごとく出し王族の者達を次々に攻略させているマギ。
どれも私にとっては魅力的なものであり、特に当事者である彼と共に同行するとなると、大量の情報が入手できる可能性が高い。
まさに願ってもないことだった。
「よろしくお願いします、イクリール殿」
「よろしく、白龍さん」
白龍はちょっと困ったように笑った。
「さっきも言いましたが、白龍でいいですよ」
す、と白龍が手を差し伸べる。
握手をしよう、ということなのだろう。私は、その手を取った。
「じゃあ……よろしく、白龍」