「ああ、あの山ならちょうど崖崩れが起きてね。この町からでは2、3日待たないと行けないよ」
宿のおじさんから聞いた話は、けっこう衝撃的なものだった。私と白龍は、突然のアクシデントに目を丸くした。
「回り道はできないんですか?」
「やめた方がいい。道は危険だし何より1週間くらいかかる、待つ方が早いし安全だよ」
人の良さそうなおじさんは、にこやかな顔をしつつ目をぎらつかせながらこちらを見ていた。金が欲しそうな目だ。
「だって。……どうする?白龍」
「なら待ちましょう。一週間経っても直らなかったら別ルートで」
白龍が頷いたとたん、おじさんの顔がぱっと明るくなった。「二部屋借りるなら、いつもより安くしとくよ」と、すでに借りられる気満々だ。
……結局、私達は崖崩れの岩が撤去されるまでこの宿に留まることに。しかもやっぱり人が多いということで、借りられたのはひとつだけだ。
「あーあ、出鼻挫かれちゃったね」
「ですがこれで万全の準備ができます。それこそイクリール殿が言っていたように浮遊魔法を使えば、すぐに遅れを取り戻せるでしょう」
私がため息を付いていると、白龍は至極まっすぐな目で答えてくれた。
「……しっかりしてるねえ」
「これくらいのことで折れるわけにはいかないので」
……本当に、彼の目は真っ直ぐだ。
結局その日、私と白龍は別行動を取った。少なくとも3日は動きがとれないので、私はのんびり休憩を取ることにした。
白龍の方は、あまり私に知られてほしくないらしい。何をするのかと聞いても答えてくれなかった。まあ、別にいいんだけどね。
空気の乾いているこの地域は、シンドリアのように砂漠の町だ。服も露出の多い絹のものばかり。
……白龍はあんなに着重ねて暑くないのかな。
とにかく、私は鋭気を養うために、買い物をしたりぶらぶらしていた。
「わー、これってどうなってるんですか?」
「ガラスの中に水を閉じこめてるんだよ。物好きな魔法使いが作ってくれてね、魔法で水の色が変わるんだ」
透明なペンダントは細長い八方形をしていて、中の水が、波がうねるようにきらきらと七色に輝いていた。
「どうだいお嬢さん、俺はこれから南の方に行くからここは今日で最後。記念にちょっとはまけてやるよ」
たくましい青年は、健康的な歯を見せながらにかっと笑った。
(あ、そうだ)
いいこと思いついた。
「じゃあふたつ買うのでもうちょっとまけてください」
「出血大サービスで特別だぞ?」
青年の嬉しいご好意で、私は通常より半分くらいの値段でそれを買うことができた。
それにしても、最近の魔法は面白い。こんなきれいなものを作るなんて。……一体どんな作り何だろう。
買ったものの一個を取り出して眺めてみた。太陽の光が当たってさらにきらきらしてる。波はくるくると形を変えながら七色に光っていた。
「あっ」
ペンダントに気をとられていたせいか、誰かにぶつかってしまった。衝撃で自分が倒れてしまう。
「す、すみません……」
「すみませんで済むか?ああ?」
聞こえてきたのはドスのある声。ぱっと顔をあげると、そこにはがたいのいい男達が私を見下ろしていた。
「ねえちゃんよお、こんな道中でぼおっとしてたら誰かにぶつかつかるのは当たり前だろうが!もうちょっと気を配れよああ!?」
「す、すみま……」
「すみませんじゃ済まねえぞ?ったく最近のガキは……」
男達はじりじりと私を取り囲み始めた。(というか私の方が年上……)
「おら、慰謝料払えよ」
「金貨5枚で許してやる」
「金貨5枚!?何言ってるんですか!」
「それで済むんだから安いもんだろ」
「安いって……あなた達怪我ひとつしてないくせに!」
「うっせーな!とっとと金をよこしやがれ!!」
突然男ひとりが私の胸ぐらを掴んできた。
「なんならねえちゃんよお、体で支払ってもいいんだぜ?けっこういい体してるもんなあ……。なに、一晩で金貨5枚分の働きをするんだ、安いもんだろ?」
男達がニヤニヤと笑い始めた。畜生、初めからそれが目的だったな。
「さて、ここでするのもなんだし人のいない所行こうぜ」
男は胸ぐらから手を放して、変わりに腕を掴んだ。なんかもう体で払うこと決定らしい。
「放してください、怒りますよ?」
「怒る?ははは、聞いたかお前ら?この女怒るんだと」
男たちの笑い方が、にやにやからゲラゲラに変わった。完全に舐められてる。
ちょっとかちんときた。私は懐にしまっていたメイスに手をかけた
「やれるもんならやってみろよ、お嬢さん」
「その手を離せ」
ふと、後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには白龍がいた。
「彼女は俺の連れだ。…手を離せ」
白龍が、私の手を握っている男を掴んだ。
「……チッ、男連れかよ」
男は乱暴に私と白龍の手を振り払った。……その腕に真っ赤な手の跡がある。
彼は、仲間の男達をつれて、さっさと行ってしまった。
「……何やってるんですか!びっくりしましたよ!」
「ごめん、ぼーっとしてて……」
「たまたま通っていたらあなたを見つけたんですよ!全く、イクリール殿は綺麗なんですからもう少し気をつけないと!」
「いやあ、あのくらいなら自分でもなんとかできるかなって」
あれ?今、私とんでもないことを聞き逃さなかったか?
「白龍……今なんて言った?」
「え?……………!!!」
白龍もそれに気づいたのか、とたんに顔を真っ赤にし始めた。
「いや、あの、そうじゃなくて!いいい一般論です一般論!イクリール殿は顔も綺麗だし肌も白いし凛としていて、あの、魅力的というかつい目が行っ……あああ何言ってんだ俺!!」
白龍は顔を真っ赤にして手を振ったり自分の頭をぽかぽかしたり、なんていうか見ていて可愛らしい。小動物を見ているみたいだ。
なんか、さっきまで私を助けてくれた凛々しい彼と全然違う。
「え、と。ありがとね、白龍」
「あ……はい」
白龍はまだ顔を真っ赤にしながらも、まんざらでもなさそうに頷いた。
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決してストーカーをしてたわけではありません。偶然です。そうたまたま。