▼ 07
「ねえトビアくん、『星の王子様』って読んだことある?」
「はい?」
最近知ったことなんだけど、スイさんはけっこう読書家だ。特にグリム童話とか、千夜一夜物語とか、おとぎ話の原本なんか持っていたりする。
「ぼくは見たことがないんですけど……でも、有名ですよね」
今日はいろいろあって、スイさんの部屋に招待された。
ちなみに、今ぼくの心臓は、すっごいバクバクしている。
スイさんの匂いがするとか、スイさんのいつも寝ているベッドがあるとか。
……一度寝てみたいけど、なんていうか、その、ハレンチというか、心臓が持たなそうなので止めておいた。
机の上には小さなカラーボックスがあり、中には本が5、6冊くらい入っていた。
イソップ物語とか、サリンジャー畑で捕まえてとか、それこそ星の王子様とか。
「私ね、本の中でもこれが特に好きなの。読んでいて、ほわほわするっていうか」
スイさんは『星の王子様』を抜き取って、表紙をぼくに見せてくれた。白と緑の服を着ている、かわいらしい少年が乗っているイラストだ。
「好きな一文とかありますか?」
「え? うーん……」
スイさんは口に手をあてて俯いてから、やがて口を開いた。
「『きみたちのためには死なない。もちろんぼくのバラだって、通りすがりの人たちから見ればきみたちと同じだと思うだろう。
でも、あのバラだけ、彼女だけが、きみたち全部よりも大切だ』」
そう言って、彼女はぼくに笑って見せた。
「私が一番好きなのは、王子様ときつねの話かな。一番最後に、これを言うの。……でもやっぱり、活字で見たほうが一番心に来るかな。私が言ったんじゃあね」
そんなことはない。スイさんが選んだ言葉なら、スイさんが紡いだセリフなら、どんなものだってぼくにはとても素敵なセリフになる。
スイさんの言葉になるから、僕も心が揺れるんだ。
はい、と、スイさんはぼくに本を手渡してくれた。
「人によって、読んだ時期によって、心にくる言葉は違うものだから」
これは、スイさんがぼくにこの本を読んでほしい、ということなのだろうか?
スイさんが、ぼくに本を勧めてくれている?
「読んだら感想、聞かせてね」
神様、ぼくは彼女と距離が縮まっていると考えても罰は当たりませんよね?
「はい」
ぼくは『星の王子様』を抱きしめて頷いた。
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