背伸び | ナノ


▼ エピローグ


「かんぱぁーい!」


6、7畳の少し狭い部屋で、ふたりの女はビールを合わせていた。

缶を扇いで景気よく喉をならす。


「いやあ、引っ越し2周年おめでとうスイ!」

「ありがとう! 今夜もビールが美味しいっ」


スイとその友達は二人して笑い合った。 失恋の痛みを忘れるために ・・・・・・・・・・・・ 宇宙から地球へ降下した彼女が、ここへ引っ越しして2年経つ。

コックである友人が作った肴をテーブルいっぱいに並べて、女同士ちいさな宴をあげようとビールも沢山買い占めていたのだ。

どうせ明日は仕事が休み。友人も今夜は飲みあかし、スイの家に泊まる予定である。


「いやあそれにしても、あんなに料理のヘタクソだったあんたがここまで上手くなるなんてねえ」

「先輩のご教授のおかげですよ」

「言ってくれるね。始めはとんだ問題児だと頭を抱えたけどね」


疲れた身体にアルコールが回るのは早い。ふたりともくだらないことを喋っては、けらけらと高笑いをした。

肴はどんどんなくなっていき、空き缶もひとつふたつと増えていく。働き盛りの女たちの悩みは尽きることを知らず、上司だのマナーの悪い客だのの話を延々と続けていく。

それでも仕事がネタがなくなってくれば、こんどは学生時代や恋愛の話になっていった。


「あんたさ、宇宙で色々あったんだねえ」

「まあね。やっぱり地球が一番いいよ」

「ほんとにねえ! ちょっと湿っぽいけど、だからと言ってあんなふわふわしたところ、あたしゃごめんだね」


すっかり酒の入った彼女は狂ったように笑う。スイもつられて笑った。


「そんで? もうここにずっと居座るつもり?」

「んー?」

「失恋の傷みも消えてきたでしょ? 地球で旦那みつけなよ」

「相手を見つけてないあんたに言われたくないよねえ。あははははっ」

「なんですってえ?」


顔を真っ赤にした女がスイに飛びかかった。素早く懐に潜り込んで、スイの脇をくすぐる。


「あっ、ちょっ、まっ……ぶはははははは!!」


それは例えば歴戦を生き抜いた海賊でも避けきれないほどキレのある動きで、スイは抵抗する隙がなかった。

ようやく相手が手を離したのを見計らい、スイも反撃に出た。

酒の入った夜は恐ろしい。普段はくすぐり攻撃をものともしない女が、今夜ばかりは自分でもびっくりするくらい爆笑したのだった。

…………。




*******




「あ〜う〜……」


玄関のチャイムがなる音で、スイは目が冷めた。

昨日の夜の記憶が曖昧だが、確か日が上る少し前まで友人と飲み明かしていた気がする。部屋には大量の空き缶と皿が散乱していた。友人も大の字になって眠っている。

スイはのろのろと起き上がり玄関へ向かった。アルコールが残っているせいか、頭がずきずき痛む。

まったく、今日に限って真っ昼間っから。もう少し寝かせてくれたっていいのに……。

誰かわからない来客を呪いながら、スイは玄関のドアを開けた。


「はあい、誰です……か……」

「こんにちは。ブラック・ロー運送会社です」


玄関にいたのは宅配の青年だった。まだ若い。恐らく、17、8歳くらいだろう。

しかし、スイはその青年を見て、声を聞いて、硬直した。酔いも一気に冷めてしまった。


「ある人から、お届け物がありますよ」


青年はにこりと微笑んだ。

帽子で顔は見えないが、その声……!

スイは自分の目に涙がたまっていくのを感じた。

思わず叫びたかった。名前を呼んで、再開の言葉をお互いに掛け合いたかった。

けれど喉まで出かかったその言葉を、ぐっと飲み込んだ。


「私、知っているわ、あなたのこと。いけない人ね、海賊なんでしょう?」

「あははは、ばれてしまいましたか。さすがですね」


青年の顔がちらりと見えた。

ああ、間違いない。すこし身長は伸びているけれど、その目、その顔。

一度だって忘れたことはない。

彼は覚えていてくれたんだ、私のことを……!


「約束通り、あなたを拐いに来ましたよ……スイさん」


トビアは、私を見て笑った。



End.

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