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ふと、思うことがある。
ぼくがあのまま、留学生として木星に行ったらどうなっていただろうって。
カラス……先生の元で教わって、そのまま木星から我が家に帰ってた? それとも、木星の兵士として地球や、クロスボーン・バンガードと戦っていた?
やっぱり、木星はおかしいって思って、またクロスボーン・バンガードでキンケドゥさんたちと一緒に戦っていた?
おかしな話だ。地球の命運が、つい最近まで平凡だった15、6歳の少年にかかってるんだから。
「ふはははは……見ろ! ち……地球が燃えるぞ……すべてが消えてゆく。ふ ふはは……あははははは……」
「クラックス・ドゥガチ! たとえ幻でも……あなたにそれを見せるわけにはいかないっ!」
X1のアンカーが、ドゥガチの乗るMAのコクピットを直撃した。
コクピットが破壊された後、MAディビニダドは、深く、深く地球の海の底へゆっくりと沈んでいった。
ぼくは、キンケドゥさんの駆るX1に運ばれながら、ゆっくりと目を閉じた。
「……終わったよ……」
結局、すべては"人間"の生み出したものだったよ。争いも憎しみも……。
悲しくてつらいことだけど……それでよかったのかもしれないと、ぼくは思っている。
きっとそれは"新しい時代"を迎える前に"人"が"人間"のまま、まだできることが、やらなきゃならないことが残されてるっていう意味だと思うから。
たとえ……。
それがあと何千年……何万年かかろうと……きっと。
******
「キンケドゥさーん、本当にこれもらっちゃっていいんですかー? もう返しませんよおー!」
「ああ!」
ぼくらは、全員また地球に帰ってきた。
そこにはベラさんやベルナデットの他にも、ヨナさん、ウモンじいさん、ジェラドさん、それに、ウンモさんやバーンズ大尉、ギリもいた。
もちろん、スイさんだって。
「これからどうするんだ! トビア!」
「みんなともう一度宇宙へ出ます」
どうもこうも、もう戸籍も死亡あつかいになってるだろうし、もうできることといったら宇宙海賊ぐらいしかないよ。
X1をキンケドゥさんからゆずってもらったし。
「そしてもう一度確かめてみます……人が人として宇宙と付き合ってゆけるかを……」
その日、キンケドゥさんとベラさんは、2つの名前を取り戻して地球の緑の中へと消えていった。
山道を歩いて、雨露をすすって、好きな人を抱いて、もう一度じっくり考えてみるらしい。
もともと人間が何だったのかを。そのための時間はいくらでもあるから、と。
そしてぼくは……。
どうしても、決着をつけなければいけないことがひとつあった。
「トビアくん!」
「スイさん!」
もう日が沈みそうになる頃、ぼくはようやく、スイさんと二人きりになることができた。
地球を立って一日も経ってないのに、スイさんと会うのがずいぶん久しぶりに感じた。
「よく……よく、無事で帰って来たわね」
「はい」
スイさんの目はうっすら涙がたまっている。
戦いが終わって、ぼくはまた、こうして彼女を見ることができて、喋ったりすることができるんだ。
それが、どんなにすばらしいことなのだろう。
ぼくもまた泣きそうになった。
「スイさんはどうするんですか? まだ海賊を?」
「……」
スイさんは、目を伏せた。
「……2年」
「え?」
「私が、クロスボーン・バンガードになって2年」
スイさんは、ゆっくりこちらを向いた。
「トビアくん。私、地球に残るわ。私が海賊としてやってきたこと……あの人を思った時間のことを、同じ時間をかけて、ゆっくり考えていきたいと思うの」
スイさんの目を見つめる。
そういえば、前までは彼女を見るときはいつも見上げていた。
いつのまに彼女と同じ目線に立っていたんだろう。
「だからね、トビアくん。もし、トビアくんが2年経っても私のことを好きでいてくれたら、私のことを迎えに来てくれる?」
そんなの、当たり前だ。
「はい!」
「本当に? どこにいてもよ?」
「もちろんですよ!」
どれだけ時間が経っても、どんなことがあろうとも、この気持ちは色あせない。
生きてさえいれば、いつだって、どこだってまた、あなたとこうして話すことができるんだから。
「ありがとう」
ふいに、スイさんの顔が近づいてきた。
そして、頬に柔らかい感触。
彼女が何をしたのか理解したのは、彼女がぼくを見て微笑んでからだった。
そしてまた、ぼくの愛する人も水の星へと消えていった。
……ぼくはまた、海賊を続ける。
戦争は終わったけど、でもまだやらなきゃいけないことはたくさんあると思うし、危険なことだってこれからもたくさんある。
それでもぼくは、きっと諦めないと思う。
だって、守りたいものができたんだから。
ねえスイさん、何度もくじけそうなときも、後悔したときもあったけど、やっぱりクロスボーン・バンガードの人たちと出会ってよかったと思うんだ。
だって、人を愛することも、大切にすることも、それを守るためのちからも教えてくれたのだから。
誰よりもそれを教えてくれたのは……。
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