背伸び | ナノ


▼ 28


ふと、思うことがある。

ぼくがあのまま、留学生として木星に行ったらどうなっていただろうって。

カラス……先生の元で教わって、そのまま木星から我が家に帰ってた? それとも、木星の兵士として地球や、クロスボーン・バンガードと戦っていた?

やっぱり、木星はおかしいって思って、またクロスボーン・バンガードでキンケドゥさんたちと一緒に戦っていた?

おかしな話だ。地球の命運が、つい最近まで平凡だった15、6歳の少年にかかってるんだから。


「ふはははは……見ろ! ち……地球が燃えるぞ……すべてが消えてゆく。ふ ふはは……あははははは……」

「クラックス・ドゥガチ! たとえ幻でも……あなたにそれを見せるわけにはいかないっ!」


X1のアンカーが、ドゥガチの乗るMAのコクピットを直撃した。

コクピットが破壊された後、MAディビニダドは、深く、深く地球の海の底へゆっくりと沈んでいった。

ぼくは、キンケドゥさんの駆るX1に運ばれながら、ゆっくりと目を閉じた。


「……終わったよ……」


結局、すべては"人間"の生み出したものだったよ。争いも憎しみも……。

悲しくてつらいことだけど……それでよかったのかもしれないと、ぼくは思っている。

きっとそれは"新しい時代"を迎える前に"人"が"人間"のまま、まだできることが、やらなきゃならないことが残されてるっていう意味だと思うから。


たとえ……。


それがあと何千年……何万年かかろうと……きっと。




******




「キンケドゥさーん、本当にこれもらっちゃっていいんですかー? もう返しませんよおー!」

「ああ!」


ぼくらは、全員また地球に帰ってきた。

そこにはベラさんやベルナデットの他にも、ヨナさん、ウモンじいさん、ジェラドさん、それに、ウンモさんやバーンズ大尉、ギリもいた。

もちろん、スイさんだって。


「これからどうするんだ! トビア!」

「みんなともう一度宇宙へ出ます」


どうもこうも、もう戸籍も死亡あつかいになってるだろうし、もうできることといったら宇宙海賊ぐらいしかないよ。

X1をキンケドゥさんからゆずってもらったし。


「そしてもう一度確かめてみます……人が人として宇宙と付き合ってゆけるかを……」


その日、キンケドゥさんとベラさんは、2つの名前を取り戻して地球の緑の中へと消えていった。

山道を歩いて、雨露をすすって、好きな人を抱いて、もう一度じっくり考えてみるらしい。

もともと人間が何だったのかを。そのための時間はいくらでもあるから、と。


そしてぼくは……。


どうしても、決着をつけなければいけないことがひとつあった。


「トビアくん!」

「スイさん!」


もう日が沈みそうになる頃、ぼくはようやく、スイさんと二人きりになることができた。

地球を立って一日も経ってないのに、スイさんと会うのがずいぶん久しぶりに感じた。


「よく……よく、無事で帰って来たわね」

「はい」


スイさんの目はうっすら涙がたまっている。

戦いが終わって、ぼくはまた、こうして彼女を見ることができて、喋ったりすることができるんだ。

それが、どんなにすばらしいことなのだろう。

ぼくもまた泣きそうになった。


「スイさんはどうするんですか? まだ海賊を?」

「……」


スイさんは、目を伏せた。


「……2年」

「え?」

「私が、クロスボーン・バンガードになって2年」


スイさんは、ゆっくりこちらを向いた。


「トビアくん。私、地球に残るわ。私が海賊としてやってきたこと……あの人を思った時間のことを、同じ時間をかけて、ゆっくり考えていきたいと思うの」


スイさんの目を見つめる。

そういえば、前までは彼女を見るときはいつも見上げていた。

いつのまに彼女と同じ目線に立っていたんだろう。


「だからね、トビアくん。もし、トビアくんが2年経っても私のことを好きでいてくれたら、私のことを迎えに来てくれる?」


そんなの、当たり前だ。


「はい!」

「本当に? どこにいてもよ?」

「もちろんですよ!」


どれだけ時間が経っても、どんなことがあろうとも、この気持ちは色あせない。

生きてさえいれば、いつだって、どこだってまた、あなたとこうして話すことができるんだから。


「ありがとう」


ふいに、スイさんの顔が近づいてきた。

そして、頬に柔らかい感触。

彼女が何をしたのか理解したのは、彼女がぼくを見て微笑んでからだった。

そしてまた、ぼくの愛する人も水の星へと消えていった。


……ぼくはまた、海賊を続ける。


戦争は終わったけど、でもまだやらなきゃいけないことはたくさんあると思うし、危険なことだってこれからもたくさんある。

それでもぼくは、きっと諦めないと思う。

だって、守りたいものができたんだから。


ねえスイさん、何度もくじけそうなときも、後悔したときもあったけど、やっぱりクロスボーン・バンガードの人たちと出会ってよかったと思うんだ。

だって、人を愛することも、大切にすることも、それを守るためのちからも教えてくれたのだから。


誰よりもそれを教えてくれたのは……。


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