背伸び | ナノ


▼ 18



「トビア」

「あっ、ジェラドさん」


あの出来事から、数日が経過した。

ここ最近で、特に大きなもめ事や戦争は起きていない。というのもぼくらも木星軍も、地球に向かって帆を進めており、戦闘をするヒマがないからだ。

ぼくらはその地球にたどり着くまでの2カ月間を、整備や装備の強化などに費やする予定である。


忙しいようなゆっくりしたような、不思議な時間が過ぎていった。


「さんきゅーなトビア。お前のおかげでスイが来るようになったよ」

「はい! ぼくも見かけます。思ったより元気そうで」


そして、その間にスイさんは気持ちの整理がついたのかみんなの前に顔を出すようになった。

ぼくは会ってないけど、明るく振る舞っているみたいだって風の噂で聞いた。なにしろ、海賊船は広いし、ぼくはずっと部屋で寝ていたから。


「で? どーやってあいつを説得したんだ? 一発?」


ジェラドさんはにやにやしながら片手で丸を作り、もう片方の手で丸の真ん中をすぽすぽと出し入れした。

その意味がわかったとたん、ぼくは体温が10度ぐらい上がった気がした。


「んなわけないじゃないですか!! 何言ってるんですジェラドさん!!?」

「ははは! 冗談だって。お前はそんなことできないよな」


ぼくの背中をばしんと叩いた後、ジェラドさんはシュミレーションの予定があると格納庫へ行ってしまった。


全く突然あんなこと言って、心臓に悪い!

ジェラドさんなんか、ぼくがああいう話が苦手なのを知ってるくせに!!

正直、あんまりそういう話してほしくない。……っていったら余計にからかってくるもんなあ。特にウモンじいさんとか。

困ったもんだ。

頭が冷えたらぼくもシュミレーションしに行こう。そういえば最近、なんだかんだで操縦管握ってないからなあ、腕が鈍ったら困る。

そう思って角を曲がったときだった。


「あっ……」


ばったり、スイさんに会ってしまった。スイさんはぼくを見たとたん、大きく目を見開いた。


「……トビア、くん」


スイさんは、仕事の途中だったのか作業服が所々汚れている。

先日のことがふつふつと甦ってきた。

実は、あのときのことが恥ずかしすぎてスイさんのことは極力避けていたんだ。自分から強引なこと言って、って感じなんだけどね。

だからスイさんと目があったとたん、反射的に180度回転してその場を離れようとした。でも、逃げようとした瞬間、彼女に腕を捕まれてしまった。


「えっと、スイさん、ぼくこのあと用事があって」

「ごめんなさい、すぐ終わるから」

「……」


こんなこと言われたら、手を振りほどいて逃げるなんてできない。ましてやスイさんなんだ。なおさらだ。


「……えっと、この間はありがとう」

「は、はい」


まだ恥ずかしくてスイさんの顔が見れない。

顔が真っ赤だし、変な汗が出てるのわかるし、今すぐこの場から離れたい!


「それでね、その……トビアくん、私、時間がほしくて」


スイさんは、ぼくの動揺に気づいているだろうか? 気づいてほしくないな。でも、自分でもわかるくらい身体に出てる。


「返事をちゃんとできなくてごめん。でもまだ私、あの人のことが忘れられなくて……。だから、今は仕事に集中して、それからゆっくり考えたいと思う。ちゃんと考えてきちんと整理したい。」

「…………」

「だから、それまで待ってくれる?」

「…………」


スイさんの声はすこし震えていた。

ああ、緊張しているのはぼくだけじゃない。彼女もなんだ。

いや、きっと彼女のほうがもっと苦しくて、つらいに決まっている。


……。

だめだ。

ここで、逃げちゃいけない。

だってぼくが撒いた種なんだ。スイさんがそれに答えてくれた。だからぼくはきちんとそれに答えなきゃいけない。

ぼくは気持ちを整えて、そしてスイさんに向き直った。

ああ、どうかてが震えてませんように。顔が真っ赤でありませんように。


「スイさん、ぼくは言ったはずです、あなたの味方だって。」


スイさんの目を見る。目を見なくっても不安で表情が曇ってるのはわかるけど、瞳の奥はもっと、たくさんの感情が入り交じっていた。

……大丈夫。ぼくが、ちゃんとしなきゃ。


「待ちますよ。スイさんの気持ちが落ち着くまで」


そう言って、ふっと顔の筋肉を緩めた。


「まあ! さすがにおじいちゃんとかになったら、難しいかもしれないんですけどね!」


スイさんは、きょとんとしていたけど、しばらくしてくすりと笑ってくれた。

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