「えーす」

立ち上る硝煙。地面の半分以上が赤く染まり、酷く鉄臭い。
エースが受けるはずだったそれは、目の前でナマエを貫いていた。
じゅ、と怖気の立つような音がする。それが地面から出た音か−−自分を庇うように立つ想い人の体から出た音かなんて、考えたくもない。

−−ナマエは、エースの少し前に白ひげ海賊団に入った、凡庸な男だった。
それは、体格という話でもあるし、性格の話でもある。
しかし当然ながら、凡庸な性格は荒くれ者ばかりの海賊の中で、異色を放つ。彼は、酷くやさしい男だった。

当時のエースは、白ひげ海賊団は全員自分を狙う敵だと言わんばかりに暴言を吐き、時には手も足も出した。
改善される兆しの無いそれらに段々と人が近付かなくなっても、ナマエだけは最後までエースを気遣い、治療し、暴言も、暴力も、全てを受け止めた。

それは、エースが弟になっても同じことで、ナマエがひたすら分け与える優しさに、心遣いに、エースが惹かれて行くのも無理はないことだった。

お互いに何か特別なことをするわけでも、言うわけでもなかった。
ただ、当たり前の日常を−−ふざけ合って、笑いあって、下らないことで喧嘩して、次の日には忘れてまたふざけ合うような、そんな日常を過ごしているだけ。
それでも2人は、お互いを特別に想っていたし、少しずつ少しずつ、お互いへの愛情を育んでいた。
あと数年もすれば仲睦まじい恋人になっていただろう。慈しみ合い、愛し合い、笑い合う、幸せな恋人達の姿が見られていただろう。

−−しかしそれは、存在しない未来だ。

ナマエは、身の内が溶けていくおぞましい感触を薄らと感じた。
分かっていたことだし、決めていたことだ。
この可愛い可愛い弟のために、特別に想い始めていたこの大事な男のために、この命を擲つ。そのつもりで今までこの世界で生きてきたのだから。

呆然として動かないエースを目の前に、ナマエは満足げな笑みを浮かべてみせた。なのに、あいしてるぜ、と茶化すように言ういつもの声音は、掠れてほとんど聞こえない。
空島で気のいい翁が倒れて死にかけているのを助けた時に貰い受けた噴風貝をどうにか使うと同時に、追いかけようと動く腕を両手で押さえつけた。勢い良く噴出される風は最早凶器に近い威力だが、炎のエースには問題ないだろうと遠ざかっていくエースとルフィを目の端に捉えて思った。ルフィを心配する余裕さえ無かった。
あぁ、死ぬのだと悟った。自分は、もう死ぬのだと。

憤怒の表情で睨んでくる海軍大将を振り返り、ナマエは笑った。

「ざんねん、だったなァ、…赤犬、さんよォ」

ずぷりと抜かれた腕が、止めを刺すように、マグマを纏ってもう1度ナマエの体を貫いた。

−−あァ、しあわせだなぁ……エースを、助けられて。

ビスタに羽交い締めにされながら泣きじゃくって暴れるエースの姿を最期に、ナマエは生涯を終えた。−−酷く、幸せな心地で。

たったひとりのためのハッピーエンド


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