「島が見えたぞー!!」という仲間の声に、柄にもなく部屋に閉じこもってたおれは意を決して立ち上がった。深呼吸をしてから部屋の扉を開け、一歩を踏み出す。

おれには、好きなやつがいる。好きになった理由なんて分からねェ。新しく家族になったおれにみんなは優しいけれど、あいつだけは、ナマエだけはちょっと違う気がして。声色とか視線とか態度とか、そういうモンが、他の家族とちょっと違う。ただそれだけだ。ただそれだけのことが気になって、いつの間にか目で追うようになった。気がつくと姿を探すようになっていた。…気が付いたら、好きになってた。

おれと同じ目の色なのに、なんでナマエの目はあんなにもおれと違うんだろう。おれと違って、柔らかくて、優しくて、キラキラしてて、キレイだ。
ナマエにそのキレイな目で見られるとどうすりゃいいか分からなくなる。照れくさくて、でも嬉しくて、もっと近づきたくなるし、ちょっと離れたくもなる。むず痒い感覚。

好きだって分かったなら、可能性があるなら、こ、告白、とか、するべきなんだろう。好きだって伝えて、返事をもらって、それから──。

「──、…〜ッ!!!」

その時の自分を想像すると大声で叫んで頭をかきむしりたくなる衝動にかられる。照れくさい。恥ずかしい。こんなこと想像する自分に、その後を期待しちまう自分に。

叫び出すのをすんでのところで耐えて、はぁ、と息を吐き出して、また深呼吸。心臓爆発するんじゃねェかって思って胸のあたりを押さえる。ドキドキというより、バクバクしていた。
強ェ敵に立ち向かっていくときも楽しくてドキドキするけど、これは違うドキドキだ。だってこんなにも心臓がうるさかったことなんて今までに一度もない。

まずはナマエに会って、邪魔が入らねェように二人で島に行って、デート、とか、してみたり、それからそれから──。

「んで?惚れたきっかけは?」
「…まァ単純に、一目惚れ、だな。可愛いだろ?」

ナマエを探すために動かしていた足がぴたりと止まる。ナマエと、サッチの声だ。一目惚れ、という単語に、え、と小さな声が漏れた。

「ん〜…、まァ趣味は人それぞれだ」
「おいどういう意味だそりゃ」

足音を立てないようそっと近づいて壁に張り付き、開けっ放しの扉から聞こえてくる声に耳を傾ける。
ナマエ、は、好きなやつがいるのか?
──好きなやつがいたっておかしくねェよな。おれだってナマエのことが好きだし、けど、ナマエには他に好きなやつがいる。ナマエが一目惚れしちまうぐれェかわいいやつ。誰だろう。新しく入ってきた年下のナースとか、ナマエとよく話してるナース長か、それとも…兄弟の誰かか。可愛いっていうならハルタあたりか。おれは可愛くねェから、たぶん違う。

「は〜…おれも新入りのナースちゃん狙うかな」

告白する前に振られた。そう思ったらどんどん落ち込んできて、はぁ、とため息が出る。
サッチの声がだんだんと近付いてきて、おれの横を通り過ぎるときに目が合った。聞いてたろって笑ったサッチがおれの頭をぐしゃぐしゃ撫でてきても払い退ける元気はない。

「あ、エース。一緒に島見て回らねェか?今ちょうど祭りの時期らしいぜ」
「そりゃいいな。おれもナースちゃん誘って行くか」

ひょいと後から顔を出したナマエに心臓が嫌な音を立てて、少しだけ逃げ出したくなる。
いつもなら喜んでついてくところだけど、今ばかりは素直に喜べなかった。
おれじゃなくて、その好きなやつ誘えばいいのに。サッチだって、ナマエに好きなやつがいるって知ってるなら、そっち誘えよって言やァいいのに。

「エース?」
「…行く」

でもおれは、わかってても頷いちまうんだ。
ナマエに好きなやつがいたって、おれはナマエのことが好きだから。
頷いたおれに見せるナマエの嬉しそうな笑顔が、どうしようもなく好きだから。
今はちょっとくるしいけど、切なくなったりもするけど、でも、好きだって気持ちは変わらない。自分の気持ちを伝えて、返事をもらって、あとのことはそれから考えることにする。
おれも男だ。覚悟を決めようと、最初で最後になるかもしれない"二人っきり"に臨んだ。





たどり着いたのは街の商店街、空は暮れ始めてあちこちに吊るされている提灯に灯りが灯る。陽気な音楽が絶えず聞こえて、道行く人はみんな浴衣っていう服を着ていた。
人がごった返してる中、屋台っていう店を見ながらナマエと人の間を縫うように歩く。一体どれだけ人がいるんだ。神輿が向こうに来てるとかで少しだけ人の通りが減った隙を狙ってナマエの隣に行くと「大丈夫か?」なんて声がかかって、今までにないぐれェ近い距離に思わずドキドキしちまう。

「だ、大丈夫だ。人が多いな、ここは」
「祭ってのはそういうもんだ。食いたいもんがあったら言えよ、買ってやるぞ」

食い逃げはするなよ?なんて笑ってるナマエに、しねェよとぶっきらぼうに返してテンガロンハットのクラウンを押さえる。顔があつい。
ナマエの笑顔を見ると体温が上がってあつく感じる。
きっとおれの炎よりも、あつい。

「!?なんだ!?」

遠くのほうで大砲みてェな音が聞こえて、直後おれの心音をかき消すほどの大きな音がした。びっくりして上を見るとでかい火花が円を描きながらあちこちに散って、夜の空に吸い込まれるように消えていく。
また大砲の音がして、ドーン、と音を立てて空に広がる火花。さっきとは違う色だ。周りのやつらは空を見上げて嬉しそうに手を叩いたり「たまやー」だとか「かぎやー」だとか言ってる。おれにはその意味はよく分からねェけど、あの火花の名前みたいなモンだろうか。

「ナマエ、ありゃなんて言うんだ?」
「花火だよ。綺麗だろ?」
「へェ、派手でいいな」

初めて見るその花火ってやつをナマエと一緒に見上げる。
赤、青、黄、緑、オレンジ。形も色もそれぞれ違う花火が次から次へと空に浮かんで、名残惜しそうに消えていく。

「!!」

空を見上げてたおれの手をナマエが掴んで、また心臓が跳ねた。
なに、と少々上擦った声を出すと、神輿がくる、と言って手を繋いだまま道の端へと移動する。あつい。

「ほらエース、あれが神輿だ」

ワッショイ!ワッショイ!と活気のいい声がたくさん近付いてくる。金ぴかの神輿よりもナマエのほうが気になって、ちらりと横顔を盗み見る。おれも担ぎてェなァ、なんて聞こえてきた。確かに楽しそうに見える。

繋いだ手はすぐに離れてしまったけど、心臓のドキドキはおさまってくれなかった。
ナマエに触れた手をぐっと握りしめて神輿から視線を落とす。なんだか、なんだかこれって。

「…デートみたいじゃねェか」
「ん?何か言ったか?」
「い、いや!何でもねェ!!」
「?そうか」

ぼそりと呟いた言葉は微妙に聞こえちまってたらしくて、神輿を見ていたナマエの目がおれに向く。慌てて首を横に振るとナマエは不思議そうな顔しながらも納得してくれた。

ナマエの視線がおれから通りに戻っていくのを少し寂しく感じる。
おれだけ見てろよって、言えたらいいのに。
そう思った瞬間ナマエがまたおれを見て、タイミングのよさにどきりと心臓が跳ねた。

「しかし、こうも人が多いとはぐれちまいそうだなァ。手でも繋ぐか?」
「…手!?手って…、ガキじゃねェぞおれは!」
「はは、そうだな。悪い悪い」

突然言われた言葉に一瞬理解が遅れて、照れくささを隠すために唸るとナマエは悪びれもなく笑う。
通り過ぎた神輿の後を追うように人がたくさん流れこんで、通りを埋め尽くす頃には、あ、と思う間もなくナマエとの間に距離ができていた。

「ナマエ!!」

手を伸ばしても届かなくて、間に入り込んできたアトモスぐれェでかい身長のやつに視界まで塞がれる。やばい。そう思って必死に人混みをかき分けて進んで、目をあちこちに向けてナマエを探したけどナマエよりばかでかいやつがゴロゴロといる中でおれより少し高い身長のナマエを見つけ出すことはできなかった。
やばい。どうする。
探しに行ってもこの人混みだ、ナマエを見つけるのは難しいし、むやみやたらに動くと余計分からなくなるだろう。でもここでじっとしてるのも性に合わねェ。場所を選ぶが、空に向けて炎出せば一発でおれを見つけられる。
探すか、と一歩踏み出したところで、がし、と後ろから肩を掴まれた。

「エース!」
「!!ナマエ!」

ちょうどお前を探しに行くとこだったんだ、そう声に出そうとしたのに、ナマエはまたおれの手を掴んで、通りよりかは人通りの減った屋台の裏側へとするする移動していく。
心臓が跳ねて落ち着かない。触れられたところがあつい。
シャッターが下りている店の前にたどり着いたところでぱっと離れた手。

「なァやっぱり手ェ繋がねェか。さっきみたいにはぐれるのも嫌だし」

はぁ、とため息をついたナマエがおれの顔を覗き込む。
ナマエにとっちゃ手を繋ぐことなんてたいしたことでもないんだろう。おれだってはぐれんのは困る。けど、だからって。

「…でも、おれは…」

ナマエの好きな人。顔も名前も知らねェけど、そいつのことが頭をよぎった。
なんでナマエはそいつを誘わなかったんだろう。男同士のほうが気遣いがいらねェから楽だって前にラクヨウが言ってたけど、それだろうか。

「…いや、違うな」
「?」

さっきよりも深いため息が聞こえて顔を上げると、ナマエはバツの悪そうな顔して頭を掻いていた。何が違うんだ、やっぱ好きなやつのほうがいいって言うのか?
そう思いながら次の言葉を待っているとナマエはまたおれを見る。キレイな目だ。

「おれがお前と手を繋ぎたいから、繋がないか?」
「……!!?」

は、と空気みてェな声が漏れて、自分でも赤面してるって分かるぐれェ顔が熱くなる。照れくさそうな顔したナマエなんて、初めて見る。
おれと手を繋ぎたい、って、だっておめェ、他に好きなやついるんじゃねェのか。

「…好きなやつがいるんだろ?なのに、おれと繋いでどうするんだよ」

だっておれ、知ってるから。一目惚れするくれェ可愛いやつが好きだって。
おれは一目惚れされるほど顔がいいわけでもねェし、可愛くもねェ。そいつの代わりに、ってんなら願い下げだ。

いつの間にか下がっていた顔を上げるときょとんとした顔のナマエが見えてまた視線を下げる。
そんな、そんなこと言って。

「勘違いされて惚れられても知らねェぞ」

もう、手遅れだけど。
おれが知らない、ナマエの好きなやつにもそういうことを言うんだって、手を繋ぐんだって、それを想像すると、よくわからねェけど胸のあたりがヘンな感じがする。おれのに、おれだけのものになってくれねェかなって思う。

ナマエに好きなやつがいるって知ってるけど、でも、振られてもいいから想いは伝えたい。

「お前に惚れられるならむしろ大歓迎だ」
「…ッ、だから!そういうの!!…やめろよ…」
「なんで」
「好きなやついるんだろ?そいつに言えよ」

ナマエに向けられる笑顔に、本当に勘違いしそうになる。
もしかしたら、少しでもおれのこと好きなんじゃないかって、まだ諦めなくてもいいんじゃねェかって、思っちまう。

「!?」
「だから言ってるじゃねェか」

じわりと目尻に浮かんできた涙を下唇を噛むことで耐えているとナマエの手がおれに伸びて頬に触れてきた。真正面に見えるナマエの顔に、頬に触れるナマエの熱に、その言葉の意味に何が何だかよく分からなくなって、だからこういうことは好きなやつにするもんだって、ナマエの手をはがそうとしたその時だ。

「何勘違いしてるのかは知らねェが…おれが好きなのはお前だよ、エース」

え。
いや、だって、そんな、ありえない。
だっておれは可愛くねェし、だって。

「お前に一目惚れした」

掴んだままだったナマエの手を引き剥がすのも忘れて、は、え、と意味もない言葉を繰り返す。指の腹で頬を撫でられる感触。
狼狽えているおれがナマエのキレイな瞳に映って、うそだ、と無意識のうちに言葉が出た。
嘘じゃねェよ、そう言い切ったナマエの目はどこまでも真剣で、おれだけを見つめている。ナマエの目には、おれしか映っていない。

「好きだ、エース」

がやがやと聞こえていた周囲の音が瞬間的に全部遮断されて、ナマエだけに意識が集中する。
やわらかく微笑んだナマエに促されるように、おれも言わなきゃ、と緊張でかわいた喉を震わせ、おれの頬から離れていこうとした手をがしりと掴んだ。

「…ナマエ!!」
「ん?」

まるで答えなんかわかりきってるかのようなナマエの表情。続きを促すように頬を撫でられて、おれは叫ぶように声を張り上げた。

「お、おれも、ナマエが好きだ!!」

そう言うとナマエは笑って、知ってる、って言いながらおれの頬を両手で包む。
祭りの喧騒の中、一瞬だけ重なった唇に目眩がした。

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