真っ白な大理石の床に色鮮やかなステンドグラス越しの光が落ちる。
その中に烏のように真っ黒い衣装を纏った青年が跪いている。
胸の前で手を組んで小さな声で祈りの言葉を口にしている。
ずいぶん昔に作られたはずのこの聖堂は現在ドレスローザ王室の管轄下に置かれている。
かつては多くの聖職者が所属していたこの聖堂も今は青年のためだけに存在している。
こつり。
一つの足音が聖堂の中にひどく反響する。
「ナマエ」
低く愛おしい声で呼ばれる名前。
青年を示すたった一つの言葉。
ゆっくりと振り返った青年、ナマエはその形の良い唇で愛おしい男の名前を紡いだ。
「ドフィ」
春の小鳥のさえずりを思わせる声が聖堂に反響して落ちる。
そして、胸の前で組んでいた手を解くと立ち上がった。
「どうしたんだい、今日は君にとって大切な日だろう?」
大切な日。
それがナマエからの皮肉であることをドフラミンゴは知っている。
弟のロシナンテを殺した日。
それが今日なのだ。
「フッフッフ!おれに“大切な日”なんざ必要ねェよ……なァ、ナマエ」
「全く…いつも言ってるだろう。おれの祈りの時間を邪魔しないでくれって」
溜め息と共に困った顔をしてドフラミンゴを見上げるナマエはそれでも彼の大きな手に触れた。
愛おしい男の無骨な手がナマエの髪に触れる。
丁寧に手入れをされた髪がステンドグラスの光を浴びて、色鮮やかに染まる。
美神がその姿をいたずらにヒトの地に見せたような美しい姿にドフラミンゴは喉を鳴らして笑った。
聖堂に似つかわしくない不遜な笑い方だった。
「なァ、ナマエ。お前はいつまでお祈りを続けるつもりだ?お前がいた場所はすでに残骸と化した。……還る場所なんざねェんだよ」
「おれが死ぬまで」
ナマエらしい答えにドフラミンゴはくしゃり、と色の光が散りばめられた髪を撫でた。
死ぬまで。
ヒトはいつかは死ぬ。
ドフラミンゴも、今を謳歌している国民達も、そしてナマエも。
「確かに還る場所なんておれにはもうないよ。だから、祈るんだ」
祈る、ということをドフラミンゴはしたことがない。
生まれてからのただの一度も。
全てを破壊し尽くすことが目的だった。
そんな中、ある小さな村で出会ったのがナマエだった。
略奪と陵辱の限りを尽くした村の真ん中で、その時もナマエは祈っていた。
うつくしい。
不覚にもそう思ってしまった。
月夜に照らされる青白い小さな身体がドフラミンゴに気付かないままに祈り続けている。
小さな声で祈りの言葉を呟きながら、ナマエはその最後にこう呟いたのだ。
誰もおれを愛してなんてくれない、と。
「ならば、お前は何のために、誰のために祈る?」
ナマエの髪を撫で続けながらドフラミンゴはそう問い掛けた。
色素のない白く長い睫毛に覆われた淡い色合いの瞳がドフラミンゴを見上げた。
「愚問だね、ドフィ」
美しく弧を描いた唇。
まるで天界から落とされた天使のように美しく笑うナマエ。
細長い白い指がドフラミンゴの唇を撫でる。
答えを焦らすナマエに焦れたドフラミンゴがむっとする。
こうなったら、この後どうなるのかナマエは嫌というほど知っている。
こういう少し子どもっぽいところも好きだなぁ、とナマエは思う。
「ドフィのために決まってるだろう?ドフィの幸せとドフィと一緒にいられることを祈るんだ」
ナマエは本当に美しく微笑んで、ドフラミンゴの唇に自分の唇を重ねた。
それは、どんなステンドグラスよりも美しい色彩を持って色鮮やかな光に包まれていた。