※受主、トリップ主


僕の身体は、上半身が人間で、下半身が魚という格好。人間ではなく、僕は所謂人魚という種族なのです。
人魚なので、必然的に海暮らしになりましたし、神秘的な青い世界に心惹かれて自然と虜にもなりました。
海王類や鮫などのおっかない方達は怖いのですが、色とりどりの小さな魚さん達は愛らしくて好ましいです。
いつぞやは、チョウチョウウオに似た魚さん達と、くるくると一緒に泳いで遊びました。その子達はまだ成魚になりきれていなかったので、たぶん子どもの魚さん達だったのかな?と思います。
兄弟がいっぱいいていいね、とたくさん遊んだあとの休憩タイムの時に、そうふよふよとたゆたいながら僕は彼らに微笑みました。そうしたら、子どもの魚さん達は恥ずかしそうに嬉しそうにキャッキャッとはしゃいでしまって……僕の周りをグルグルと回り始めたものだから、僕は目を回してしまい、ほんの少しだけ離れた岩場で様子を見守っていらした親御さん達に助けてもらわなかったら、きっと僕は倒れ伏していたことでしょう。
悠々自適に旅をしていた頃は、そんな可愛らしいエピソードもあり、なかなか楽しかったものです。一人で気ままに流浪していると、色んな場面に出会え、そして体感して、心が踊りました。例えるなら、そうですね……好奇心がスキップでダンスしているといった感じで。
ですが独りきりで寂しいときもありましたし、恐ろしい体験をしたこともありました。そんな時は岩陰に三角座りで身を隠して落ち込むのですが、毎度僕はきらめく水面に慰められて、ゆっくりと元気を取り戻していましたよ。
またかーまたしょんぼりーのしてんのかい?ナマエくん?、はいー……そうなんです、また落ち込んでいるのですー……。君はしょんぼりーのするのがほんと好きだよねぇ〜、魚なら泳いで発散しなさいよー。魚なのは下半身だけですって、無茶言わないで。なんて、脳内捏造会話をせっせかこしらえて、海面と喋った気になってケラケラと笑っていました。
海の中での生活は、人魚の身体には居心地が良過ぎるのですが、僕自身はそれに困ってしまいます。
……いつか人間に戻れたその時、僕は地上でちゃんと生活ができるのかなって。
一人旅をしながらのんきに生活したり、一方では先の見えない未来に悩んだりと、さまざまな事がありましたが、そんな僕は、今では白ひげ海賊団の船員になっています。
バチャンッ――と音をたてて、海に沈んできた、かっこよくて綺麗なおじさんに、心を奪われてしまったのが事のはじまりでした。

おじさんはマルコという名の海賊でした。
僕は身体が人魚に変わる前は、大和魂の生きる日本で日本人をやっていたので、おじさんの名前を聞いて『……え?』となってしまいました。
だって、最後に『こ』のつく名称といえば、その『こ』にあてがわれる漢字は子どもの『子』。『○○子』。
それは主に女性の名前に使用されるものでした。かつて日本人だった僕には、そういう先入観があったのです。おじさんの名前を紹介された時、僕の耳にはあの某アニメの賑やかなオープニングテーマが流れた気がしました。
慌てて、そんな馬鹿な。とすぐにうろ覚えテープの再生を停止しましたが、今でもたまに思い出し笑いをしてしまうくらいにはあの日の事はツボに入っております。
お名前にも度肝を抜かれた訳ですが、僕は、彼――マルコ隊長に、一目惚れをしてしまいました。
顔で惚れるなんて、なんて浅ましいことでしょう!この恥知らずっ!頭を強かに打ち付けたのですかナマエさん!?と、この世界に僕のおばあさまがいらしたら、僕はきっとそんなふうにめっためたに叱り飛ばされていたでしょう。おばあさま怖い……。
でもね、おばあさま、確かに僕は海に沈んでいくマルコ隊長の外見に、最初こそ、見惚れてしまったけど、今ではもうそれだけじゃなくて……特にオーラが凄まじくて、気にあてられて偶に呼吸困難になることがあります。マルコ隊長のあのオーラは逞しい漢の存在感がたっぷりで、なのに大人の男の色気もあり、マルコ隊長とは迂闊に目も合わせられません。
人間から人魚になってしまった挙げ句、酷い恥知らずにもなってしまったし、大和撫子なおばあさまの孫という立場である事が、とても申し訳無く思います。
ですがおばあさま、同姓に懸想してしまった僕ですが、身も心も軟弱になってしまいましたが、僕は最善を尽くしましたよ。

マルコ隊長を恋人にする事ができましたのですから――。


「ナマエ、ナマエ。起きるよい」
「ふ……ぅ……?」

ペシペシと頬を優しく叩かれる感触に導かれて、耳を擽る低い声音に、柔らかな目覚めを感じる。

「まだ寝ぼけてるねい」
「……?」

ふわふわした心地に、ぽーっとしたまま、ぼんやりをする事、またたき十数回目。
ハッと我に返る。

「あっ、お、はよう、ございます……マルコ隊長」
「ああ。もう朝飯の時間だが、食えるかい?」
「は、はい、くえます……っ」
「じゃあ着替え持ってくるから、ちょっと待ってろい」

脳が覚醒するまで、優しく頬を撫でていてくれていたマルコ隊長の手が、最後にすりすりと動いてから離れていく。

「……あ」

ぬくもりを追って自然と零れ落ちた声にさえ、マルコ隊長は気付いて、甘く微笑んでくれた。

「〜〜っ」

一気に頬が火照っていく。
どうしよう、隠れる場所がどこにもない。
ピチャ、パシャ、と視界のあちこちで小さく水飛沫があがる。寝床にしている水の張られた樽の中で、あわあわしかけ、でも暴れて樽ごと倒れるわけにはいかない事にハッとする。
暴れ狂う衝動をどうにもできない代わりに、キュッと両肩を抱き締めて身を小さくした。
息を整えてから、恐る恐る見上げる。

「すぐ戻るよい」
「……はい」

フッと笑ったマルコ隊長は、僕の頭を撫でてから、背を向けて行かれてしまった。
見上げた時、目だけは、どうしても合わせられなかったけれど、マルコ隊長はたぶん、優しい目をしていたと思う。そんな感じが、したから。

「ぅ〜〜……っ」

わああああああああ!
マルコ隊長かっこいいよおお!
バシャバシャバシャバシャ。
叫べないから、尾鰭をびったんびったん細かく震わせてしまった。
マルコ隊長のあのかっこよさは神々し過ぎて直視できませんって。顔を両手で抑えて、溢れる興奮をどうにかこうにか静めるのに徹する。

「ほらナマエ、ばんざいだ」
「んっ……」

言葉通りすぐに戻ってきたマルコ隊長に吃驚して、パッと指と指の間の隙間を開けてしまった。不意打ちで固まりかけるも、マルコ隊長からの指示に、身体はすぐに反応してくれた。
両脇に手を差し入れられて抱き上げられ、ポイポイと手早く脱がされ水気を拭かれ着替えさせられる。
マルコ隊長に触れられている事実に、とっくに僕は赤面ものだけれど、この作業はマルコ隊長の独断でほぼ日課になってしまったのだから、僕はこの苦行に堪えねばなりません……。
毎朝死ぬ死ぬと思いながら朝のこの儀式をしているけど、今日こそ僕は昇天するのでは無いでしょうか……?
うっ、マルコ隊長の腹筋が目に眩しいです。

「よし、メシに行くか。サッチ達が待ってるよい」

「……ぜぇ……ぜぇ……は、はい……」

いきてた。
マルコ隊長に手ずからお着替えさせられて、僕、まだ生きてた。今日こそ死ぬかと思った。

マルコ隊長の片腕に抱き上げられて、食堂に向かうと、サッチ隊長が笑顔で「おはよーナマエ、今日は鼻血だすなよ」と注意してきましたので、昨日の自分の失態を思いだして顔面蒼白になりました。土下座する勢いで「あああ昨日は本当にすみませんでしたっ!!」と頭を下げたら、マルコ隊長の腕から転がり落ちかけて半回転した所で抱え直されました。

「……すみません。マルコ隊長」
「ちったあ落ち着け。サッチの顔よく見てみろい。怒ってないだろ?」
「そうだぞナマエ。いくらおれがかっこいいからって転がり落ちる事は無いんだから」

よしよしとまた頭を撫でられて、恥ずかしくなる。
僕とマルコ隊長、恋人同士なのに、頭なでなでなんて、まるで小さな子ども扱いだよ……。
年の差のせい?
それとも僕はまだまだ子どもですか?まさか名ばかりの恋人……?

「ん?どうしたナマエ」
「マルコ隊長……」
「なんでそんな悲しそうな顔してるんだよい」
「僕……僕……そんなに、子どもっぽいのかなって思って……それで、悲しくなって」
「どういうことだ?」

不思議そうな顔をして、心配そうに頬を撫でているマルコ隊長の手のひらを、頭の方にすり寄せて「僕を、子ども相手みたいに、撫でるから……」と正直に告白した。

「……それは、わるかったねい」
「僕、小さな子どもみたいに、可愛がってほしい訳じゃ、ないんです」
「ああ」
「えっと、あの、ですね……」

常では目も合わせられないマルコ隊長の瞳に、今この時だけは、抗う事なく、引き寄せられるように見詰めた。カラカラになった気がする喉を抑えて、声を振り絞って。

「すき、なんです……。恋とか、愛とか、そういう意味で……僕を、可愛がってほしい、です」

伝わるかな……?
マルコ隊長、僕の言いたい事、分かってくれるかな……?
マルコ隊長からの返答が予想できなくて、ビクビクしながら、その時を待つ。
だけれどその瞬間は、案外早かった。「はあ〜っ」とマルコ隊長の口から吐き出された溜め息に、ヒクリと呼吸は逃げ出して、僕の身体は構えるように強張ってしまった。

「せっかく、我慢していたってのに……いや、だがそのせいでナマエが悲しむよりは……」
「あ、あの……?」
「ナマエ。もう、手加減しないからねい?」
「っ、は、はいっ!よろ、よろしく、おねがいします……!」

向けられた、いつもより温度を感じる甘やかな熱い眼差しに、胸の辺りがキュンッと疼いて、キューって締まる。
好きな人の目をみて話すのは、こんなにも甘く苦しい。
目の縁に溜まっていたらしい涙を指で掬い取られて、ゆるゆると髪を撫で梳かれる。その手の気持ちよさに、ホッと一心地をついていた時、何故かとても近くにマルコ隊長のお顔があって……。
近くなっていくマルコ隊長の瞳に見取れていたら、するりと鱗のある下半身をなだらかに撫でられて、マルコ隊長の腕の中でピクリと身体が跳ねる。

「ひゃんっ!」
「じゃ、いただきます」
「えっ?……っ?!……んっ、んーっ!!」

そして僕は、マルコ隊長に今まで以上にメロメロにされたのですが、この時にはもう、食堂には僕とマルコ隊長の二人だけだったらしいです。

『ナマエ。種族、人魚。一番隊末端隊員。不死鳥マルコの精力剤。賞金――……』
なんて、そう遠くない未来で少しばかり失礼な手配書が出回る事になろうとは、幸せを満喫していた僕は、そんな事、微塵も思いもしなかったのです。


「おれのテリトリーがリア充に侵された……ちくしょう」
「あいつらサッチなんて目に入ってなかったもんな」
「朝っぱらから砂糖漬けかよ……ケッ」
「ナマエ可愛いからまあ許されるけどねー」
「マジそれな」

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