※自動人形主


私はオートマタと呼ばれる人形だ。
人とは違う構造で動く自動人形。与えられた命令は即時行動し、速やかに完遂する。
爆撃や空気汚染などどんな環境にも耐える人工皮膚と人工皮膚血液を有し、人よりも美しく、そして強くをモットーに開発された。
私を作った博士は自らの知識と最新技術を活かして処理速度向上のため自ら考え行動するようプログラムすることに成功した。他のオートマタにはない機能だ。一体を作り上げるのに膨大な時間と資金を要するため量産には向かない。

符号はナマエ-A000。型番の意味を持つそれを博士は名前だと言った。私をナマエと呼び、人間と同じように接する。
外見は人間と大差ない。表情も声色も全て人と変わらないようプログラムされている。

人に見えるよう人と変わらない姿に私を形作った博士は一体何をお考えなのか、憶測することはできるが博士の口から直接答えを聞かない限りは100%の真実にはなりえない。

「考えてごらん、僕が君を作った理由」
そう博士は言った。
日常をより快適に過ごせるよう私をお作りになったのでは。そう言うと博士はイエスともノーとも答えず苦く笑う。
「世界は広いんだ。君が見て、記憶して、それを僕に見せてよ」
博士はこの研究所から外に出ることはない。飽きることのないよう人工の太陽や自然が設備されてはいるがこの施設は感情を有する人間にとって退屈なのだろう。
息抜きを欲していると判断して最も有効な方法を説明すると博士は「そうじゃないよ」と笑う。「外の世界を見ておいで」そう言って私を送り出した。
それを命令と認証した私はそれ以上の会話は不要と判断し、研究所に備えつけられたテレポーターを起動する。転送先は研究所の外だ。
私に与えられた命令は「全世界を記憶し、それらを博士に見せる」こと。
世界地図のデータを頭の中で広げ、世界を見て回る効率のいい方法を何十通りと演算する。

「行ってらっしゃい、ナマエ」

テレポーターが作動し、外へと転送される直前、新しい実験を思いついた時のような楽しそうな様子でひらひらと手を振る博士が見えた。



転送が完了し、肌に感じる風と嗅ぎ慣れない香りに目を開くと見たこともない場所にいた。
遠くに見える小高い丘は研究所の近くにあるものと似ているが数値化されたデータと一致しないためここが全く別の場所であることがわかる。
どうやら博士がテレポーターの転送先を変えてしまったらしい。博士ならば私がテレポーターに足を踏み入れる僅かな瞬間に設定を変更することも可能だろう。

転送先が違っていてもここが外であることに違いはなく、命令が遂行できないわけでもない。
博士に与えられた命令を最優先事項とし、研究所とは違った景色を見渡して記憶する。
この映像を博士に送れないか試してみたが通信系統は全て切られているようで応答はない。
全世界を見て回ったとしても容量にはまだ余裕があるため、全てを記憶することは可能だ。切られた通信は重大な問題ではないと判断して足を進める。

サークルストーンが敷き詰められた道でアイスクリームを手に楽しそうに笑う子供たちとすれ違った。これも記録の対象になる。人間も町の一部で、人がいなければ町にはなりえない。

目に入る光景と人工皮膚が感じ取った風や温度、住人の服装など様々なデータから憶測するに転送された場所はノウゼンという名称を持つ夏島だ。季節は秋。皮膚を撫でる風は少々生温く、冬でも比較的安定した気温を保つため芯まで凍るような冬島の厳しい寒さをノウゼン島の住人が体感することはない。
町の名前はペンタス。この土地特有の星形の花を多く咲かせることからこの名がつけられた。
開拓者が入植して町作りを行なったおかげで住人同士の横の結びつきが強く、人情に厚い。有事の際には素早く対応できる豪胆な性格の者が多く、犯罪数も少ないため他の島と比べると比較的暮らしやすい町であると言える。



広い島を隅から隅まで見て回り、日が沈み朝日が昇るまでの景色を記憶する。
初めて見る顔だと島民の何人かに声をかけられ、世界中を旅しているのだと答えると宿や酒場の場所、町の見所などを説明された。
オートマタである私は休眠や食事を必要としないため各施設を利用することはない。
脳にインプットされた世界中のデータは博士がこの日のために集めたものだろうか。

私に声をかけた島民に礼を告げて景色が一番綺麗に見える場所へと足を運ぶと徐々にいびきが聞こえてきた。
目的の場所に近くにつれ大きくなる音の発生源を確認するとそこには一人の男が仰向けに寝転がっていて、そばには男の頭から落ちたであろうテンガロンハットが転がっている。

「対象を確認。一枚の手配書と容姿の一致を確認しました」

"火拳"のエース。ルーキーでありながら希少と言われる自然系の悪魔の実、メラメラの実の能力を有している。
"東の海"に存在するドーン島からひとり出航し、スペード海賊団を結成した後驚くべき早さで初頭手配された。その後も懸賞額は上乗せされ続け、現在の懸賞金は二億ベリー。今後も上がることが予想される。

目覚めた"火拳"が攻撃行動をとるなら速やかに排除する。任務に支障をきたさない範囲内ならば放置しても問題はないと判断し、一番綺麗な景色が見れるその瞬間を待った。

しかし不安定な要素がひとつある。
私は作られたオートマタ。
この瞳は無限に存在する色彩を正確に分類することで約750万色ほどの認識が可能となっている。それに比べて人が認識できるとされている限界は約187万5000色。言語で分類できる色はそれよりも遥かに少ない。
人よりも多くの色彩を分類する私の瞳は人間と作りが違う。
瞳に映る像をデータの中の映像と比べて比較的綺麗な分類に入ると認識しても人は時に私の理解の範疇を超える。
綺麗ではないものを綺麗だと言い、綺麗なものを気にくわないと言う。博士はそういう人だ。

斜めに差し込む夕陽が水平線の彼方へと落ち、大気を割いて景色を赤く染め上げる。この景色を人は、博士は綺麗だと思うだろうか。

「………、」

暮れる夕陽の中で僅かに空気が揺らぐ。
どうやら"火拳"が目を覚ましたようだ。
視線を移すと寝起きの顔でこちらを見る"火拳"と目があった。

「この景色は人の目に綺麗に映りますか」
「……は???」

それが、私と彼が初めて会話をした日。


世界を見て回るには航路か空路しかない。おそらく移動中も博士の命令は有効だ。
最新型のオートマタといえど飛行機能は備わっていないため一番最適なのは航路だろう。
船の入手経路を思考していると海賊をやらないかと誘われたため海賊を選択した場合の未来に起こりうる様々な障害を予測する。任務完了まで効率のいいルートを模索しなければならない。
世界中を見て回るための船を今から工面するには少々時間と資金がかかる。船から船へと乗り継げば比較的短い期間で世界を見て回ることができるだろう。海賊船、商船、奴隷船、貨物船、軍艦、種類は問わない。
障害と効率双方のメリットとデメリットを計算した上で効率が勝り、"火拳"の誘いに頷くと彼は博士とは違った笑みを見せた。
夕陽に映える笑顔が印象的で、人によって笑い方は違うのだと記憶する。

「そういえばおめェ名前は?おれはエース。スペード海賊団の船長だ」
「私の符号はナマエ-A000です。ナマエとお呼びください」
「ん??フゴウ??」
「私を識別するための記号、名前のようなものです」

初対面の挨拶として多く使われる会話を実践するとデータ通り相手に通用することがわかった。
言葉の意味を理解できずに眉を寄せる彼に自分がオートマタであることを告げると表情はさらに複雑になり、なんだそりゃ、と疑問を返される。
最新型のオートマタは世界に出回っているわけではないため知名度も低い。それらを考慮して会話をしなければならないことを学ぶ。
人形でも機械でも別に構わねェと言い、その日のうちにスペード海賊団の船員に紹介された時、私は任務以外のことを考えなかった。それ以外の思考などオートマタには不要なものだと、そう思っていたから。

スペード海賊団としてやや早足で世界を回り、四季により移り変わる景色やそこで暮らす人間の表情や仕草を記憶する。
人の中で過ごすというのはオートマタの私にとっては初めての経験だ。研究所には博士しかいないため、人間のデータは与えられた知識と博士だけが全てだった。
だが改めて複数の人間を観察してみると新たな発見が多いことを知る。私の脳には次々と真新しいデータが書き加えられた。

嵐に見舞われた時の船員の焦った表情やそれを乗り越えた時の笑顔、敵と対峙した時の不安げな表情や倒した時の嬉しそうな笑み、大きな魚を釣り上げた時、島を見つけた時、酒場に行った時、様々な景色と共に人間の様々な反応を記憶する。
人との付き合い方や船上での知識を学び、そして博士が他の人間と比べて変わり者であることを知った。研究所の中にいたままでは知り得なかったことだ。


「海軍の軍艦だ!」
「お前ら、行けるか」
「いつでも!!」
「任せとけ!!」
「ナマエは?」
「既に準備は完了しております。突撃のご命令を」

"偉大なる航路"に入る頃には私の手配書も出回り、賞金稼ぎや海軍に追われる身となった。任務には数%の支障にしかなり得ない。
オートマタであるが故、パーツが揃えば容姿や声の改造も可能だろう。
マシンガンを手にスペード海賊団の仲間と旅をする。

隣を見れば笑顔を浮かべる仲間がいる。
僅かに熱を帯びる人工の心臓。温度の上昇を感知した。原因は不明。特定の温度まで上昇した後安定。故障の原因となるオーバーヒートには至らないため冷却は不要。
スペード海賊団として過ごすうちに何度も感じた温度の上昇は心臓だけではなく全身に至る。それに心地よさを感じた時点で私の脳にはエラーが発生していたのだろう。

「お前、笑うようになったな」
「…笑う、ですか」
「ああ」
「昔はこーんな仏頂面してたのによォ」
「今のほうがおれは好きだなァ」
「おれも」

笑う。
目元を緩ませ口の端を持ち上げる行為を人はそう呼ぶ。
感情と共に生じる表情の変化は主に人間に見られる行動だ。
私が、笑う。
笑顔は表情のプログラムに組み込まれているがそれを表面化する必要はない。今まで故意的に笑ったことなど一度もなかった。

「…私は笑っているのでしょうか」
「ん??自覚がねェのか?」
「笑ってるだろ?」

楽しい。嬉しい。おかしい。
笑顔はそういった感情を表に出した結果。
機械の体に感じる熱が、これが"楽しい""嬉しい"という感情ならば、オートマタの私も人と同じように感じることができるということ。仲間たちと、同じように。

「ほら、また笑ってる」
「──はい」

この感覚が楽しい、嬉しいということ。
確かに記憶した。




月日は流れ、船から船へ。
スペード海賊団は白ひげ海賊団に吸収され、また新たな仲間と景色と共に航路を行く。

"楽しい"
"嬉しい"
"おかしい"
記憶が、感情が増える。
瞳に映る景色はより鮮やかに美しく。
研究所を出たばかりの頃よりも優れたものを博士にお届けできるだろう。



そう、思っていた。あの時は。
今の私の瞳に映るのは今まで記憶したどんな景色よりも酷い。綺麗とは言い難い。
人の手により建造された建物は脆く崩れ去り仲間が血を流し傷つき倒れ、そうして人間の生が終わる瞬間。この記憶は博士に見せるべきではない。記憶の削除を。
できない。何故。




「エース」

心なんてあるはずがない。
表情や声色の変化は博士の手でプログラムされたもの。私自身に感情はない。
目から溢れるものもプログラムによるものだ。声が震えるのもそう。
ただのプログラム。
そう言い聞かせなければ人工の心臓が潰れてしまうように思えた。

「エース」

呼吸はない。さきほどまで確かに聞こえていた心臓の音も。
生命活動は既に停止している。いくら呼んでも反応はないだろう。
もう目覚めないと分かっているのに名を呼んでしまうのは一体。

「──生命活動の停止を確認しました」

胸が痛いのは、何故。
私の知らないプログラムがあるのか。それともこれも感情の一種か。
呼吸にあたる行動がうまくいかない。バグが生じている。早くメンテナンスを。

『ナマエ!』

人工の心臓が埋め込まれた胸が痛む。
記憶の中のエースが私の符号を、名前を呼ぶその笑顔が、血を流しながらも笑顔で地に伏せたエースと重なった。

命令されるがまま幾度となくこの手で殺めた人間。見慣れているはずの死に動揺する。何故だ。
何故こんなにも胸が痛い。何かに締め付けられるような痛み。
私には理解ができない。

教えてくれエース。
これは何だ。これに何と名をつければいい。

「──くるしい」

胸に宿った熱が、この痛みが感情なら。
こんな思いを味わうくらいなら感情なんて知らなくてよかったのに。






「──只今戻りました、博士」

全てが終わり、私は研究所へと戻った。
私がいない間に研究所の壁は一面の海に塗り替えられていた。寄せては返す波は三次元化されたホログラフィーによって正確に再現されている。
鮮やかなはずのそれが色褪せて見えるのは実像ではなく映像だからだろう。

「おかえり、ナマエ。どうだった?」
「──博士のご所望の品はここに」
「うん、ご苦労様」

私の記憶から取り出した、世界の色彩溢れる膨大な量のデータがおさまった小さな媒体を博士へと渡す。私が研究所を出てからこの目に映したもの全てが記録されているそれ。

「任務完了しました」

博士が受け取ったことを確認し、私に与えられた最も優先されるべき任務は完了した。
ならば私が次にすることはひとつ。
踵を返してテレポーターがある部屋のさらに奥へ。めったに使われることのないそこは一見するとただの壁で、複雑なパスコードがなければ扉が出現しない仕組みになっている。
この研究所最大のセキュリティシステムを有する場所に眠る科学の結晶を求め、ただ進む。

「…あれ、次の命令は?聞かなくていいの?」

博士の問いに振り返る。
私を見る博士はどこか楽しそうな表情をしていた。

「次の優先事項は既に決定しております。彼の未来を獲得すること、これは私が私自身に与えた任務です」

一刻も早く行動しなければならない。胸に宿る熱が、痛みが私を急かす。
全ては終わったことだと切り替えられない。処理速度の低下を自覚している。メンテナンスをしなければ。だが彼の未来は何よりも優先すべき事項だ。
それがどんなに無理で無謀なことか、脳が弾き出した幾通りの計算された数値が告げている。
それでもこの胸は、熱は、心は、彼を助けたいと一心に叫んでいるから。

「…そう。行ってらっしゃい、ナマエ」

背中に受けた博士の声には様々な感情が入り混じっていた。人は声だけで感情を表現することができる。

『ナマエー!』

博士の手のひらで再生された私の記憶。
彼が私を呼ぶ声に思わず足を止めそうになるが、あれはただの記録でしかない。振り向いたとしてそこには薄い平面に映る彼がいるだけだ。実体ではない。

「最優先事項が上書きされました。即時対応します」

彼が生きる未来を、必ず手にしてみせる。






「──感情が芽生えたのは僕の狙い通りだけど、まさかここまでしちゃうなんて予想外」
「でもねえナマエ。…変えられない運命もあるんだよ」

複雑なパスコードをいとも簡単に開き、出現させた扉へと消えた自動人形を見て親とも言うべき存在は悲しそうに笑う。
部屋の奥に眠るタイムマシンは人類の希望にも絶望にもなり得るものだ。
過去の全て、未来の全てを変えられるわけではないと知っている男は自分の手のひらに乗る小さな媒体から浮かび上がる映像に視線を落とす。

『オートマタ?なんだそりゃ』
『オートマタとは自立して動くことのできる機械仕掛けの人形です』
『機械??人形??お前がか?』
『はい』
『…おれには人間に見えるが…』
『人よりも美しく、そして強くをモットーに開発されておりますので、外見は人と変わりありません』

小さな媒体が再生した映像は、人形に心を与える一番の要因となった人物を鮮明に映し出していた。

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