任務から帰ってきたばかりなのに元気に外で遊んでいるサボをボーッと眺めていると振り上げたサボの足先が燃え、炎になって地面に燃え広がった。任務先でメラメラの実を食ったのは本当らしい。
途端に湧き上がる野次馬の歓声につられるように「おー」なんて声が出たが外にいるサボには聞こえやしないだろう。

視界の一部でごうごうと燃える引き込まれそうな炎に目をやって、それからまたサボに視線を移すとさっきまで仲間と笑っていたはずのサボと目が合った。
まさか声が聞こえていたかと思ったがいやいやどれだけ距離があると思っているんだとすぐに思考を打ち消す。

「ナマエー!!」

そもそもおれを見ているとは限らねェし、と思っているとおれの名前を呼びながら元気よくブンブンと右手を振るサボ。
おれの幻覚でしかないが左右に大きく揺れる犬の尻尾が見えそうだ。

ひらひらと手を振り返すとにっこりと嬉しそうに笑って手のひらに浮かべた炎を空に打ち上げる。
ロケット花火よりも勢いの強い炎が存在を主張するように空の青を真っ二つに切り裂いた。
そんな派手に打ち上げなくても見えるって。

「あー…まいった」

はあ、とため息をついてから窓枠に寄りかかってガシガシと頭をかく。
未来ある参謀総長に告白されたのは数ヶ月前の話だ。
…いや、あれは告白なんてものじゃなかった。
「あ、おれはお前のこと好きだから」となんてことのないようにいつもと変わらない表情で任務の打ち合わせが終わったタイミングで言われて一瞬なにを言われたのか理解できなかったぐらいだ。
あまりにもあっさりしてたものだからあれは聞き間違いかと思って流そうとしたんだがそれからというものサボのアピールが加速し始めた。
おれを口説いたって何も出てこねェってのに。

おれとしては好かれることは嫌ではないし、好き好き言われてるとその気になってくるものだが、だからといってそう簡単に流される気もない。


そう思い続けて早3ヶ月。
さてどうしたものかと頭をかかえ、思考をスッキリさせるためにポケットからタバコを一本取り出す。フィルター部分を窓枠にとんとんと当ててからお気に入りのジッポで火をつけた。

小さく燃え始めたタバコの葉。
かすかに香る香水と口の中に広がる慣れた味にほっと息をつく。
嫌じゃないと思い始めていることが何よりの問題なんだと、ため息の代わりに煙を吐き出した。




「ナマエ」

さて仕事するかと書類片手に部屋を出て歩き出したところで能力のお披露目を終えたらしいサボと鉢合わせする。
サボがここに来るときは大抵おれに会うためで、こうして用事もなくおれのところに来るのはもはや何度目になるのか覚えちゃいない。

「なんだ」

これから仕事なんだということをアピールするためこれ見よがしに書類を抱え直す。
これで伝わるとは思っていないが案の定サボは意に介した様子もなくおれに近付いてきた。わかっていても近付いてくるだろう。サボはそういうやつだ。
それ以上構うんなら食っちまうぞと脅しても大歓迎だと返されるだけだからヘタなことは言わないに限る。

「そろそろ返事を聞きてェんだが」
「…あー…」

前にそう言われたのは1ヶ月も前だったか。
さすがにこれ以上引き延ばすのも悪いし、今まで以上に真剣なツラして言われればはぐらかすわけにもいかない。
どうするかと思考しているうちにサボはどんどんおれに近付いてきて、いい返しが思い浮かばないまま視線をあげた時にはすでにパーソナルスペースを越えて迫っていた。

「近ェぞ」
「こうでもしなきゃ逃げるだろ」

なんだか追い詰められている気分だ。
おれの顔の横にサボの腕が伸びてきて壁に触れる。女が喜びそうな体勢だ。
だが生憎とおれは男だし、そのくらいでギャーギャー言うような歳でもねェ。この距離感も随分と慣らされてしまった。

「なあ、返事は」

こいつはたぶん、確信してる。
おれがなんて答えるか、おれがどんな気持ちを抱いているか。そうならざるを得ないようにした。参謀総長ってのはつくづく怖いもんだ。
だが数ヶ月も返事しなかった手前妙に意固地になっちまって、おれの唇は頑として動かない。
こんなに口下手だったか?おれ。


何考えてるか分からないツラでおれを見るサボの視線は動かない。ただじっと答えを待ってる、そんな感じだ。
…ため息を吐き出すことは簡単にできるのになァ。

これ以上ため息が出ないように口を閉じてサボの胸ぐらを掴む。
まるでこれからすることが分かっているかのように動かないサボに近づいて唇を寄せた。

「…ッ」

触れた瞬間サボの唇が震える。
意外と柔らけェなと思いながら離れるといつも以上に目を丸くしたサボがおれをじっと見つめていた。

「これが答えだ」

確かめるように指先で唇に触れるサボに少しばかり恥ずかしくなり、顔を背けて「さて仕事仕事」と横を通り抜ける。柄にもないことをした。

「ほら」
「お、悪いな」

冷静になるため取り出したタバコを咥えてジッポを探すと横から火のついた指先を差し出される。キレイな火だ。
礼を言って火をもらい、ジリジリと燃えていた指先の炎が消えるのを眺めながら香りの乗った煙を吐き出した。

「ちゃんと言えって」
「お互い様だろ」

なんてことのないように告白してきたのはそっちだろ。
不満そうな声にぶっきらぼうに返すと腕を引っ張られて反射的に目を向ける。真っ直ぐにおれを見るサボと目が合った。

脇に抱えてた書類が落ちる音が聞こえる。
逃げられない。本能でそう感じた。

「おれはナマエが好きだ」

サボの視線は刺激的だ。吐き出した煙ごときじゃその強い視線を遮ることはできない。
見透かされそうだ。

「ナマエは?」

掴まれた腕の力は緩まない。
そう聞かれたら好きって返さないわけにはいかねェだろうが。

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