※喰.種→海賊
※ボルサリーノ「中将」
※ 赫子(カグネ): 喰/種(グー. ル)の特殊能力



朝起きて、人間と共生して過ぎた年月が恩人に拾われた時の年を越えたことに気がついた。そして疼く衝動に赤目が治まらず、部屋の中をぶち壊して死ぬほどの後悔もした

「切り替えるんだ・・・私は、今日も人間として生きるのだから。」

でも叶うなら、そう、許されるなら。そこまで考えて、潮時かもしれないと真っ白な紙を引っ張り出す。手遅れになる前にと、頭の中に響く声に追い立てられながら

そのお手紙を渡せたのは、その日の午後になってからだった

「そうだねェ〜・・・」

煙草の熱を灰皿に押し付けぐしゃりと消した私の上司は、つい先ほどお渡した手紙から手を離し頼り無げに床に落ちようとするそれが消滅するくらいにレーザーを撃ち込んだ。相変わらず、容赦のないことだ

「当然こんなものは却下な訳だけどォ、理由くらいは聞かないこともないよォ〜?」
「いえ。受理されないのでしたら、この件に関して中将にお話する事は何一つとして御座いません。」
「オォ〜そうかァい?理由によっちゃあわっしも広ォい心で承諾するかもしれないだろォ〜・・・?」

気になるだろォなどと笑いながら詰め寄る上司に逆らえない理由は幾つもある。それぞれが重く、無視することができない事案だ
それでも、この方から離れられないのなら知りたがる理由は述べられない。私はもう一度懐から封書を取り出し、頭を下げながら差し出した

「どうぞ、お納めください。」
「懲りないねェ〜・・・」

無惨に破られ紙吹雪となった手紙が床に落ちきる前に予備があるとまた懐から手紙を取り出した私は、微かに動いた眉にあ、と小さく声を漏らす
ピュンと、光ったと認識した次の瞬間に私は壁へと全身を埋め、は、と小さく小さく息を吐き出した

「もう一発いくかァい?」
「いえ、お構いなく。」

揺れた頭で考え取り出した四通目の退職願を退職届に書き直す私の手ごと、レーザーが貫く。それはもう、蜂の巣も真っ青に

「そうじゃねえことくらいわかるだろォー?」
「違いましたか。」

それではと懲りない私の、とりあえずは無事の片手が光速で踏み潰される。蜂の巣から回復した私の手がだめ押しのように手紙を取り出しかけ、それは心臓ごと一閃、貫かれた

「あんまりわっしを怒らせねェ方がいいよォ〜?」
「私はボルサリーノさんを思ってこれを、ぅぐっ!」

光の速さという重さで踏まれた腹にこの世界は化け物揃いだと考えた私を、守るようにこの世界で唯一の能力である赫子が上司へ向く
諫めるように背からぞると出た凶器となる肉体を撫で、まだまだあった予備の手紙全てに穴が空いているのを確認した私は、また書くしかないかと頭を鷲掴みにされ上司と目をあわせられた
いつもより優しげな笑みは不機嫌の象徴。いくら再生するといっても、致命傷は致命傷。首が飛べば、死ぬ
私は軽くないはずの体を蹴り飛ばされ宙に浮き、息を詰めた

「八尺瓊勾玉〜・・・!」

赫子で急所だけでもと庇った私は床に体を打ちつけながら光の弾丸の嵐に目をきつく瞑り、止むのとほぼ同時に瞬間移動を果たした上司は眩く自身を照らし眇めた私の目を撃ち抜く。悶絶する私の胸ぐらをつかみ宙に浮かせた上司が、まるで子どもに言い聞かせるように私の耳元で囁いた

「もう二度と、わっしから離れようとなんてしちゃあダメだよォ?」

優しくて甘くて、そして本能を刺激される響き。それがとても苦しいと知ったのは、もううんと前のことだった



もうぜんぶこわしてしまいたい



早く言っちまえば、わっしはそれをすぐに実行させてやんのにねェ・・・インペルダウンにでも放り込んでさァ

「で〜?理由を教える気になったかァい?」

ぐぎゅるると情けなく鳴る腹を押さえながら伏き首を振る化け物は、前回の食事からふた月目に入る断食に真っ赤な目で時折わっしを睨む
すぐに頭を抱え唸って壁なり床になり頭をぶつけだす様に、知らず知らず笑みが深くなるのも仕方ない
カグネという名の背から生える物質で滅茶苦茶になった部屋の中は、まるで小さな世界をぶち壊しているように悲惨。その中でうずくまる化け物は、世の中を憎んで恨んで呪う珍しい孤独な生物だ

「他より燃費の悪いその体で、狩りが出来て罪に問われないのは誰のおかげだろうねェ〜・・・」
「ボ、ボルサリーノ、さんの、」
「そうだねェわっしのおかげだよォ・・・こぉんな化け物を飼えるのも餌場をやれんのも、全部わっしだけだよねェ?」
「うう゛うっ、う、」

自分を少しずつ食べながら凌いでいくのももう限界だろう。わっしは人肉しか糧に出来ない難儀なこの化け物を、苛む原因である食糧であり恩人だ
右も左も、天と地すらひっくり返ったかのように常識を知らず常識で測れぬこの化け物を、助けてやったのはわっしだからね
食べ物をやり寝床を与え、清潔を保たせ仕事も揃えたんだよォ

「それで〜?・・・なぁんでまた、わっしから離れようと思ったんだァい?」
「あ゛、ァ、ボルサリーノさんっ、にげ、にげでっ、」
「オォ〜・・・わっしが逃げねェとわっしを喰らうのかァい?」
「たべないっ、たべたい!イイニオイ、ニンゲンたべるっ、たべ、いやだ、いや、ボルサリーノさんは、ダメっ、あはははは!ニンゲンっ、ニンゲン、ひねってつぶしてちぎってやろうかっ!肉のぶんざいで私たち喰種にたてつきやがってェエ!」

定期的に討伐中に食事を許可して、鈍らねェようにカグネとやらの相手もしてやる。読み書きを教え人としての常識を学ばせた
親を知らない雛鳥にわっしが絶対で唯一なんだと刷り込むことなんて造作もない。だから、退職願なんてものは受理してやらねェよォ?例えその倒錯がわっしに向いてもね

「そろそろわっしでもいいから喰いたくなる頃だろォ〜・・・いいよォ、喰っちまっても。」

涎を垂らす飢えた獣。その赤眼にわっしが映り、四足の獣が獲物を捕らえるように床へと押し倒される。背から生える異形の力がギュルギュルと集まり槍のように形を成してわっしに向けられた

「ッ、ン゛、ぐぅぅっ、」

わっしのスーツに涎やら鼻水やら涙やらを垂れ流して必死になる化け物があまりに哀れで庇護欲を掻き立てるもんだから、わっしは仕方なく懐にしまっていた手のひら大の肉を取り出す
まるで尊いものを見たかのように目を見開いた化け物は、恐る恐るそれに手をのばし包みごと口へと押し込んだ

「んぐっ、むぐ、ぐ、」

生肉を食べているひどい水音。そしてごくんと喉が上下し衰弱死寸前の顔に生気を取り戻した化け物を、わっしは見上げたままぼろぼろと大粒の涙を落とし始めた姿にオォ〜よしよしと声だけをかけてやる

「ボルサリーノ、さん、ッ、私っ、ボルサリーノさんを私・・・!」
「わっしは見た目通り無事なわけだけどォ、ナマエは随分とやつれちまったねェ〜?ほら、狩りに出かけるよォ〜・・・丁度良い、手頃な討伐令が下ったからねェ〜。」
「ボルサリーノさんを傷つけたくないっ、いやだ!私はボルサリーノさんが、ボルサリーノさんだけが好きで・・・!」
「わかってるよォそれくらい。わっしもナマエがだぁい好きだよォ〜・・・とぉってもねェ〜・・・。」

ほっとした顔をつかまえ額に口づければ、化け物は蕩けるような笑みでわっしの名をまた呼んだ

「よかった・・・ボルサリーノさんが、無事で・・・」

光人間であるわっしの体を心配するのは、この愚かで愛しい化け物くらいだよォ

食欲と破壊衝動に身を焦がす気狂いの化け物。その残虐性がなりを潜めている間は、この化け物はわっしのもの。勿論、そんなもんが見えた日にはわっしが直々に引導を渡してやるんだけどねェ〜

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