※桃組プラス戦記→海賊


オレは確か文化祭を楽しんでいた筈だったのに、是は一体どういう事だ。
密林、ジャングルと言っても過言では無い景色を目の当たりにして早数十分、ようやっと開いた口が塞がったけど未だ脳内は混乱したまま。
鼻を擽る潮の香りから近くに海の存在を感じるし、此処は…学園の外なのか…?
海に面した県、それか島?
でも、そうだとしても有り得ないだろこんな展開。
ついさっきまで、オレはお昼がてら商業科エリアの屋台村で食べ歩きしてたってのに…。
宵藍案の何もかも巨大屋台、あれは良かったなー。
巨大たこ焼きめっちゃうまかったし、…ちくしょう、巨大焼き鳥も食べてみたかった。
もしかしてさぼってたからバチが当たったのかもしれねーや。
文化祭を楽しんでいたと同時に、オレは所属学科でもある専科の文化祭の出し物が嫌でさぼってた訳だし。
だって運気グッズの販売や水晶占いならまだしも、闇オークションは手伝えないわ。うん。
しかもまた怪しげな薬なんか作っちまってよ…警備委員会に見付かったらまた取り締まりされるってのに。
思い出したら呆れて溜め息が出て来そうになったけど
今となってはもう文化祭がどうのこうのと言ってる場合じゃ無かったわ。

そうして額にやっていた手を目隠しみたく目元まで下ろして、オレは自分の置かれた状況に殊更嘆いたのだった。


専科――専門知識修得科は、呪術師や薬師の血を引く一族の子供が一番多い学科だ。
でも其処の科に居るオレは呪術師でも薬師でも無い。だけど、愉快で怪しげなクラスメート達と同じくオレもインドア派の人間。
だから、此のジャングルを突破とか、あまつさえ制覇なんて出来ない。出来る訳ない。論外だ。
まあ体育科の奴らとか農業科の奴らとかさ、ああいうタフネス達ならこんなジャングルなんてお茶の子さいさいなんだろうけどね。
…オレはそんな体力馬鹿じゃねーから無理だわ。
そう拾った小枝でガリガリと地面に落書きしながら、愚痴愚痴と心中で愚痴を零す。
文化祭の喧噪からどうしてか見知らぬジャングルに来てしまって、特に何もする事無く半日が過ぎた。
空を見上げればもう夕暮れに染まった時分。
是からどうするべきなのか悩む。
もうこの際混乱するよりも自棄になるよりも取り敢えず気の済むまでいじけようと決めて今に至るけど、ずっとこのままという訳にはいかない。
流石に帰り方を模索しないと文化祭が終わってしまう。
だってまだ遊んでない色んなエリアが沢山あるんだ。
今は夕方、もうそろそろで閉会の筈…急がないと。
腕を組んで目をつむってみても、鳥の鳴き声しか聞こえてこないし妙案は浮かばない。
こうなったら、帰る方法を地道に探すしか道は無さそうだ。
閉会式には間に合わなくても、今日中に帰れれば頼み込んだら宵藍から屋台の余り貰えるかもしれないし。
絶対に学園に帰ってやる。
そう意気込んだものの、虚しく朝を迎えてしまった。
そして分かった事、此処は島だった。
コバルトブルーの海に囲まれた、獰猛な野生動物もいなければ島民もいない無人島。
太陽の日差しを受けてさらさらと白く輝く砂浜が眩しい。
砂浜から少し離れた日陰に座り込んだまま、ぼーっと白い雲を目で追う。
気付いた時には見詰めていた其れは見事なたこ焼き型の雲になっていた。
余程お腹が空いてるんだな、と自嘲気味に笑いが落ちる。
自覚した途端に腹の中がギュルリと鳴って空腹感が其の存在を色濃く主張しだしてきた。
はあ、と今の此の現状に口から溜め息が落ちていく。
昨日島中を駆けずり回ったお陰で着ていた制服は汗や汚れで酷い有り様になってしまったから、地べたに座り込むのも抵抗なんてなくなった。
背もたれ代わりに背後の幹に凭れて、そっと目を閉じた。

「マジで何処なんだよ此処は…」

そう独りごちたオレを馬鹿にするみたいに、烏の鳴き声だとは到底思えない鳴き声がジャングルのそこかしこから聞こえる。
南の島か何処かかよと内心突っ込みを入れて、感触を確かめるようにゆっくりと瞼を持ち上げた。

「……――、」

夢じゃ、ない。
潮の香りも、波の音も、肌を焼くように照りつけている太陽も、其れからオレの肌を守ってくれてる日陰も全て本物。
だけど仰ぎ見た空は、明快な程澄んだ青空で、此の青空だけはオレの元居た筈の場所と同じだった。

「……文化祭、終わっちまったんだろうな」

頑張ったけど、駄目だった。
此の世界と元いた場所の時間の流れが同じなら、もうとっくに文化祭は終わってしまったんだろう。
昨日の内に帰る方法を見つけたかった――。
朝日を迎えて此の青空を見上げるまで、ずっと未練がましい気持ちが胸の中で渦を巻いていた。
今、もう其れが無いのは、屹度この世界が綺麗だったから。
オレの心は其れだけ満たされてしまったんだ。

未だに、帰る方法は見付からない。
一週間ほぼ水と果物だけで無人島を過ごしていたオレにとって、目の前の『其れ』には強い興味しかなかった。
オレの前に舞い降りてきた綺麗な青い炎を纏う鳥は、なんと人間の姿に形を変えたんだ。
プロのマジシャンでも変装の達人でもこんな芸できないよ、と讃辞を贈ろうとしたけど、オレの口から出た言葉は「……ぁ」という酷くか細くかすれたものだった。
一週間飲まず食わずでは無かったものの、そう言えば声を発していなかったと思い出して、今の自分は『無力』なのだと今更気付いた。
自分の失態に血の気が退いていくのを感じる。
鴇羽に合わせる顔がない。こんな事になるなんて…一族の恥だ。
妹のような存在のあの子を思い起こしながら固まるオレに、青い鳥だった男性は「お前ェ声が出せねェのかよい?」と不思議な語尾で訊ねてきた。
首を縦に振って肯定の意を示すと、「…そうかい」と特徴的な金髪を揺らした男の人はぽふんとオレの頭の上に手を乗せてその大きな手で頭を撫でてくれた。
声が出せない事に一瞬不安に駆られたけど、頭に乗せられた手に何故だか安心してしまって、根拠は無いのに大丈夫かもしれないと思ってしまったんだ。
其れは久し振りに自分以外の他の誰かが傍にいる事への安心感からだったのか、はたまた別の理由からだったのかは分からなかった。
自分をマルコだと名乗った男の人は海を指差してニヤリと怪しげに微笑んだ。
その笑顔が余りに不気味でぞわりと背が粟立つ。
極悪人面、其の言葉がぴったりだと思った。

「いいか。おれの指の先をよく見とけよい」

マルコの言葉にこくりと頷いて、言われた通りに指し示された指の先を辿る。

「彼処にな、おれ達白ひげ海賊団の船が停泊してんだよい」

歌うように機嫌良くそう言ったマルコに、そうなんだと頷きかけてピシリと固まった。
遠くに見える大きな白い鯨を模した船は、ゆっくりとゆっくりと此の島に向かっているのが見える。
だけどオレは、マルコの発した単語の所為でわー!白鯨の船だ!と感動する事が出来なかった。

「でだ」

「………」

今、マルコは海賊って言わなかったか…?

「お前も一緒に連れてくよい。」

……は?

「ひっ、――っ!」

唐突に俵担ぎのように肩に担がれて視線が一気に高くなる。
驚いた拍子にやっと声がでた事にほっとするのも束の間、マルコが走り出したから舌を噛まないようにぐっと口を閉ざした。
するとばさり、という羽根の音と共に視界がぐわりと回る。
目を白黒とさせていると一瞬の内にマルコは青い鳥の姿になっていて、オレは両肩をがしりと掴まれ空を飛んでいた。
余りの出来事にキャパオーバーしそうになったけど、何十メートルも高い位置から見下ろす海が壮大で美しくて惚けてしまった。
生まれて初めて空を飛ぶ体験をしたオレは、自分を海賊だと名乗る不思議な人――マルコに攫われた。
きらりと照りつける太陽が暑かった。

連れて来られた船には見るからに海賊やってます風の男性が沢山いた。
否、風じゃなくて本物の海賊が。
オレの中での海賊像は悪役悪党悪人だったけど、此の白ひげ海賊団はそうでもないらしい。
だってこんな男子高校生一人を笑顔で歓迎してくれるなんて、イメージとのギャップが随分とあるように思う。
コックさんらしき人からジュースを手渡されて、感謝の言葉もそこそこに慌ててグラスに口をつけた。
喉を通る冷たく甘い清涼感に一気に体が元気になったみたいだった。

「良い飲みっぷりだな。ちょっと待ってろよ、直ぐ旨いメシ作ってきてやっから」

「、んぐっ」

コックさんはそう言うと直ぐに走って何処かへと行ってしまったからオレは何も返事を返す事が出来なかった。
船に乗せてもらえた上、ご飯も頂けるなんて本当にいいんだろうか。
隣でオレを見下ろすマルコを伺うように見上げると、いい笑顔で「ああ、楽しみにしてろよい」と言われてしまった。
駄目だ、意思疎通ができてない。

「違うよ、そうじゃなくて。本当にご飯食べてもいいの?オレこの船の人間じゃないんだよ?」
「ああ?何言ってやがんだよい。お前ェも今日からオヤジの息子だって言われただろい」

呆れたように言われた其の言葉の意味が分からなくて首を傾げると、「もうお前は白ひげ海賊団のクルーって事だよい」と告げられる。
其処で漸く意味が分かって、オレは久方振りに大声で驚き一色に叫んだ。
此の世界じゃない元いた世界に帰る方法を探しているとマルコには船に着いた時に言った。
帰りたいけど見付からないと。なのにどうして、帰る方法が分かったら元の世界に帰ってしまうかもしれないオレを海賊の仲間に?
そう驚くオレをマルコは優しい表情で見ていた。
其の微笑に何故だか胸が大きく高鳴った。

「おれがお前ェをあの島から奪った。もうお前ェは、あの島にもてめェの世界にも縛られなくていいんだよい」

「……え、」

「お前は自由だ」

「…――っ」

ドクン、と嫌な音がした。
ドッと体中から汗が噴き出す感覚がする。
どうして。今此の時に――。
脳裏を過ぎったのは生徒会長のあの言葉だった。脳にこびり付いたあの方の口癖が記憶の蓋をねじ開ける。
『――僕の可愛い小鬼さん達』そう言って綺麗に妖しく微笑むあの方はオレ達の…。

「名前、教えてくれよい」

「っ、え…あ」

マルコの声にハッと我に返る。
フラッシュバックするあの方の記憶に翻弄されていたみたいだった。
何だか不思議な感じがする。
オレ達鬼が生まれた時から持ってる、ずっとずっと遥か昔から魂に刻まれたあの方への呪縛を、マルコの一言が砕いてしまった。
絶対に無理だと思ってた。そんな事は有り得ないって。
でも世界が違うなら有り得てしまうのかな、なんて。

「…そうだな。自己紹介、してなかったな」

すぅ、と深呼吸してマルコと向かい合う。
青空を背にしたマルコは凛としていて格好良くて、憧れる。

「オレは海棠ナマエ。紅藤鬼の生まれ変わりだ。オレの苗字でもあるんだけどマルコは海棠の花を知ってるか?
春の代表花の一つで淡紅色の花を咲かせるんだ。花言葉は…恥ずかしいから言えないな」

いつかオレを見つけた退鬼師に出逢えたら言おうと考えていた科白を言う。
するとどうしてかマルコが「カイドウ…」と呟いて眉根を寄せた。
気になってマルコの名を呼べば、難しい顔を解いて「いいや…何でもないよい」と首を振られた。

「言霊使いなんだ、オレ。喉を潰されない限り、力になれるよ」

「そりゃあ面白そうだねい。だけどくたばるのは許さねェ。ナマエはおれが鍛えてやるよい」

オレの識らない色に、世界が色付いていく。
愛譚学園と鬼社会がオレにとっての全てだったけど、其の根底を覆される位に此の世界に惹かれてしまった。
独りで迎える夜明けはもう終わりだ。
是からは、マルコが隣にいるから。

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